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上司と部下の出した結末
4 ツンデレ天使光臨
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自分が傷ついてないから自分の犯した罪ばかり数えて、篠塚に対しては悔いればそれでいいという以上に特に思うところはなかった。
が、こうして篠塚が言葉にしたのを改めて聞くと、相当酷い。人としてどうなんだという域だ。もし篠塚がこれをオレ以外の人間にやっていたのなら、話を聞いただけでもその行為に嫌悪感しか湧かないだろう。
篠塚の行為が相当に酷い物であるということを、オレは理性では分かっていた。けれど今の今まで実感が伴っていなかった。オレ気にしてないし別にイイじゃん? ……という感覚が全てだった。
人の言葉で聞くということは、それだけで客観性が伴う。
ようやく、篠塚の後悔が腑に落ちた。
もしかしたら、オレが感じてた以上に篠塚のやってたこと、酷いのか?
そうだ、おそらくそうなのだ。
そう気づくと、笑いがこみ上げてきた。
「そう言われりゃあ、そうだなぁ……。篠塚? びっくりするぐらい否定する要素がないな」
ぐっと篠塚が顎を引いて、口元に力がこもる。眉間に皺が寄って……それは泣くのを堪えているような表情だ。
くっく、と笑っていると、投げやりにも、あきらめにも似た気持ちがこみ上げてくる。
オレが篠塚を拒絶したとして、そっから先篠塚は真っ当に恋愛出来るのか。
そう思った時、ワンクッション、オレと付き合うのもアリかも知れないと思ってしまった。
この思い詰め方を見ると、誰か抱く度にオレを強姦したことを思いだして悔いるのではないかと思えた。それとも付き合うこと自体を罪悪とでも感じるだろうか。
そんなことになったら、かわいそうだ。そんなのオレは望んでない。
そうなるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
篠塚は償いたい。オレは許したい。
もしかして付き合うという形は、ひとつの答えになり得るのだろうか。
贖罪にも、免罪にも。どちらもを内包した、二人の決断に、なり得るのだろうか。
不安は山のようにある。というより、不安しかない。オレはカミングアウトして生きる気はない。人の目が気になる質だし、人と付き合うのも下手だし。男と付き合うというのはそれだけでリスクが高い。不安になる要素しかない。
けれどオレと付き合うことで篠塚が救われる部分があるのなら。
オレと付き合うことで篠塚が自分を許すことが出来るのなら、それで良いんじゃないだろうか。
オレは篠塚が好きだし、篠塚はオレのことを好きだと思い込もうとしているようだし。
最終的には別れることになるだろうが、きっとオレとの付き合いは、篠塚のマイナスだけにはならない。治療だ、治療。そんでもって、最終的に篠塚が伴侶となる女性を大切にできるようになるのなら、それもまたアリなのかもしれない。
それならオレとの付き合いは、篠塚にとってマイナスにならない。そう自分に言い聞かせるように繰り返す。
言い訳だ。
分かっている。こんなのは、オレが篠塚といたい言い訳に過ぎない。
それでも、だ。篠塚の隣にいることを、望んでもいい口実となるのなら、それに縋りたいと思い始めている。
好きだと言ってくれたのがうれしかった。その好意が、本当であれば良いと願った。尊敬と贖罪と情とがごちゃ混ぜになった好意は酷く危うくもあったが、それでもよかった。
篠塚がオレを好いているというのなら、そこにある感情がどうあれ、その好意を享受したかった。
仮にこの決断が篠塚にとって不幸への足がかりだとしても、それでもオレは夢を見たかった。不幸な結末がどれだけ存在したとしても、不幸なだけでは決してないと信じてみたかった。篠塚にも得るものがあるのだと、歪めたことへの贖罪ぐらいにはなるかもしれないと。
それに、もしかしたら、そのうちに本気でオレにほだされてくれる未来だってあるかもしれない。オレと共にあることが許される未来が。篠塚と一緒に幸せになる未来が。もしかしたら、あるかもしれない。
次から次へと自分に都合の良い期待が込み上げる。
楽観視する愚かさを噛みしめたばかりだというのに、オレは愚かにも、また夢を見る。
期限を付けようか。
篠塚がオレを捨てたらそれまで。
その時がくるのは、数ヶ月先か、1年先か。それとももう少し先?
オレの夢はそれで終わる。
そこまで考えて、ふっと気持ちが楽になる。
それまではこの幸運をありがたく享受しよう。
その時が来るまでオレは全力で篠塚といられることを楽しむのだ。先のことを憂うことを放棄して。来たるべき日が来れば、それはその時にまた決めることだ。悩んでも仕方のないことは、悩まない。
どうせオレにとってデメリットなんてほとんどない。別れる時に、ちょっと泣いたら良いだけだ。
その程度のこと。
それまでに篠塚からもらう幸せでおつりが来る。篠塚にとって黒歴史になるんだろうが、自業自得だ、その時はオレを恨みながら諦めろ。
覚悟を決めてしまえばどうということのない問題だ。選択肢は二つ。
今問題のないことに先回りして悩んで、楽しめる筈の時間を、悩みに苛まれながら苦しく過ごすか。
それとも考えることを先延ばしにして、それまでは思いっきり楽しんで、困ったその時に悩むか。
そんなの、後者一択に決まってる。だいたいオレは、決めたことをぐだぐだと思い悩むのは趣味じゃない。誰が好んで苦しみたいものか。どこのマゾだ。オレはマゾじゃない。楽に楽しく生きたい。
深い息を吐く。細かいことは困った時その場で考えればいい。起こってもいない悪い予想を悩むのはばからしい。予想はするだけして、その時に対処すればいいだけだ。今オレがするのは、篠塚の人生の汚点になる覚悟であり、オレの人生を、今の瞬間を楽しむ覚悟だ。
じゃあ、いまオレが出来る事なんて、アホみたいに浮かれることぐらいじゃないか?
頭を切り換えてしまえば、こみ上げるのは篠塚に求められている喜びぐらいだ。
「お前、人生踏み外すぐらい、オレのことが好きだって言うのか?」
言質は取っておこうかと、期待に浮かれきって笑うオレに、篠塚が拗ねるようにムッと眉間に皺を寄せる。
「……そうですよ。あなたのことが好きすぎて、おかしくなりそうです。あなたが認めてくれないことに逆恨みして、あなたの関心を向けてもらいたくてバカなことをして……!! 俺は……っ」
え? そこまで? 素直になりすぎた篠塚がほんとにかわいいんだけど、どうしよう。
ドS俺様の風格ある篠塚もかっこよかったが、やっぱりこれはこれでいい。俺様な攻めが、俺の前でだけ甘えて拗ねる……最高かよ……。篠塚が、どこまで行ってもオレの好みすぎて、辛い。
……無理、ほんとに無理。篠塚がゴーサイン出してるのに、諦めるとか、ほんと無理……。
さっきまでオレ、ほんとに、よく我慢したな。
「……お前、本気で言ってんのか?」
念のため、最後のだめ押しをしておく。
「……分かってます、俺の言葉に信用がないことぐらい……」
「いや? 信用してるけどな。念ぐらい押しておきたい内容だろう?」
篠塚がここまで言うからには、こいつもそれだけ覚悟しているということだろう。演技だとしたらすごいけど、さすがにそれはないと思っている。
こいつは俺を本気で好きだと思い込んでるし、言ってる言葉は、今篠塚の中にある本心からの物だろう。そこを疑う気はない。
「信用できるんですか?」
「お前が、オレの期待を裏切ったことは、一度たりともないからな」
鷹揚に頷いてみせる。
仕事で脅してきて関係を終わらせようと思った時は、希望を一度なくしたが、帳消しどころか、更にその上を行く展開にしてきたしな。
……付き合うとか……予想だにしてなかったわ。さすがオレの期待を越えていく男、篠塚。
「……あなたを強姦したことは、期待を裏切ったんじゃないですか? どう言い訳しても、あなたが俺を好きでも、許したとしても、して良いことじゃないはずです」
性癖にマッチしてて最高でした。むしろこれからおかわりしたいです。
という本心は全力で隠して、篠塚を傷つけない言い訳を必死で考える。
「惚れた男に抱かれて、役得だったとでも言っておこうか。……知ってるか? セクハラは、された人間がセクハラだと感じると成立するんだ」
肩をすくめてみせれば、篠塚は反論することなく口ごもり困ったような顔になる。言外に込めた、行為を肯定的に受け取っているというメッセージは、無事届いたようだ。
必死に問いかけてくる姿は、本当に自分が許されているのか確認しているのだろう。
お前は心配しなくていいと、今のオレは全力受け入れ体勢だ。篠塚の必死さがかわいくて、今のところ変な毒はたぶん吐いてないし、良い感じ!
「じゃあ、山岡さんのことは……呆れたから、オレを、見放したんじゃ、ないんですか?」
まさか、そこに話しが戻る、だと? それはお前にとってどれだけ重要なんだ。
「……それだけどな。お前、アレは何が気にくわなかったんだ。お前の欲しがるような仕事じゃなかっただろう?」
「……っ」
たいした事情なんかないだろうと思っていたのに、予想外に言葉に詰まる篠塚を見ると、追求するのもはばかられる。
まさか、山岡のこと嫌いなのか?! いや、結構上手くやってるよな、主に山岡がお前を頼る形で……それが原因か!
「いや、言いたくないなら、いいけどな」
まあ、山岡が気に入らなくて仕事取り上げたら山岡喜びそうだし、日常的には特に問題ないだろう。そうだ、放っておこう。
オレにとってはどうでも良いことだったので、そのまま流そうとした瞬間、篠塚が吐き出すようにつぶやいた。
「……課長が、俺より、山岡さんに目を掛けてるから……っ」
「それはない」
すまん、山岡。つい正直に即答してしまった。
「でも、俺には、簡単な指示でその後は声を掛けられることもないのに、山岡さんには……」
「お前にわざわざ声を掛ける必要がないだろう」
簡単な指示で十分かっちり仕上げてくるのが分かっているのに。
篠塚の言いたいことが分からず、つい考え込むと、篠塚がうつむいて、「やっぱり、俺に手を掛けるつもりは、ないじゃないですか」と、つぶやく。
なんだそりゃ。
「お前はオレが指示しなくても基準以上に仕上げてるじゃないか。出来てると分かっているヤツの進捗見てどうするんだよ」
むしろ出来ているにもかかわらず話しかけたい一心で必要以上に手を掛けてきたっていうのに。そのせいで篠塚は追い詰められたというのに。こいつは、俺が手も口も出しまくったのを、忘れていないか?
「俺は……っ、課長に、気に掛けてもらいたかったです」
「は?」
かけてただろうが、構いたかったって、そう言ったよな、オレ。
「それで、出来てるの見せつけて、自慢したかったです」
「あ゛?」
ふざけんな。そんな手間……かけたかったけど、お前がオレを寄せ付けなかったんだろうが。
篠塚の訴えが、意味が分からなすぎる……つまりどういうことだ、と頭を整理しようとした瞬間、爆弾が落とされた。
「それで、俺も、褒めてもらいたかったです」
…………篠塚が、オレを殺そうとしている。
胸が撃ち抜かれた。直撃だ。オレの息が止まった。
オレの顔を見て一瞬言葉に詰まった後、ぼそぼそと拗ねたようにつぶやいた篠塚の顔がじわじわと赤くなっていく。
かわいすぎか。天使か。それともオレを悶え殺そうとしている小悪魔か?!
なんだこれ。ほんと、何なんだ、これは! つまり、アレだろ! あの時の山岡事件は、篠塚の嫉妬か! かわいすぎか!
クッソ、ドS攻め様と思わせといてかっこよさをアピールしてたかと思えば、プライベートではかわいさを前面に押し出してくるだと?! オレは、いつか、篠塚に萌え殺される……!
「……子供か」
「……っ、どうせ子供ですよ! 課長は俺以外には優しいくせに、俺にはいつも出来てないとこの指摘ばっかして……!! それで、拗ねて、癇癪起こして……っ」
挙げ句、強姦した、と。どんな子供だ、おい。最低じゃねぇか。
オレの篠塚がかわいすぎて、辛い。
目元を抑えたまま天を仰ぐ。落ち着け。落ち着くんだ。
ふぅ、吐息を吐いてから、何とか自分を持ち直す。
クソみたいな言い分が、オレへの執着かと思うと、気分がいい。そんな自分に笑えてくる。
ほんと、篠塚が今日もオレの天使。
が、こうして篠塚が言葉にしたのを改めて聞くと、相当酷い。人としてどうなんだという域だ。もし篠塚がこれをオレ以外の人間にやっていたのなら、話を聞いただけでもその行為に嫌悪感しか湧かないだろう。
篠塚の行為が相当に酷い物であるということを、オレは理性では分かっていた。けれど今の今まで実感が伴っていなかった。オレ気にしてないし別にイイじゃん? ……という感覚が全てだった。
人の言葉で聞くということは、それだけで客観性が伴う。
ようやく、篠塚の後悔が腑に落ちた。
もしかしたら、オレが感じてた以上に篠塚のやってたこと、酷いのか?
そうだ、おそらくそうなのだ。
そう気づくと、笑いがこみ上げてきた。
「そう言われりゃあ、そうだなぁ……。篠塚? びっくりするぐらい否定する要素がないな」
ぐっと篠塚が顎を引いて、口元に力がこもる。眉間に皺が寄って……それは泣くのを堪えているような表情だ。
くっく、と笑っていると、投げやりにも、あきらめにも似た気持ちがこみ上げてくる。
オレが篠塚を拒絶したとして、そっから先篠塚は真っ当に恋愛出来るのか。
そう思った時、ワンクッション、オレと付き合うのもアリかも知れないと思ってしまった。
この思い詰め方を見ると、誰か抱く度にオレを強姦したことを思いだして悔いるのではないかと思えた。それとも付き合うこと自体を罪悪とでも感じるだろうか。
そんなことになったら、かわいそうだ。そんなのオレは望んでない。
そうなるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
篠塚は償いたい。オレは許したい。
もしかして付き合うという形は、ひとつの答えになり得るのだろうか。
贖罪にも、免罪にも。どちらもを内包した、二人の決断に、なり得るのだろうか。
不安は山のようにある。というより、不安しかない。オレはカミングアウトして生きる気はない。人の目が気になる質だし、人と付き合うのも下手だし。男と付き合うというのはそれだけでリスクが高い。不安になる要素しかない。
けれどオレと付き合うことで篠塚が救われる部分があるのなら。
オレと付き合うことで篠塚が自分を許すことが出来るのなら、それで良いんじゃないだろうか。
オレは篠塚が好きだし、篠塚はオレのことを好きだと思い込もうとしているようだし。
最終的には別れることになるだろうが、きっとオレとの付き合いは、篠塚のマイナスだけにはならない。治療だ、治療。そんでもって、最終的に篠塚が伴侶となる女性を大切にできるようになるのなら、それもまたアリなのかもしれない。
それならオレとの付き合いは、篠塚にとってマイナスにならない。そう自分に言い聞かせるように繰り返す。
言い訳だ。
分かっている。こんなのは、オレが篠塚といたい言い訳に過ぎない。
それでも、だ。篠塚の隣にいることを、望んでもいい口実となるのなら、それに縋りたいと思い始めている。
好きだと言ってくれたのがうれしかった。その好意が、本当であれば良いと願った。尊敬と贖罪と情とがごちゃ混ぜになった好意は酷く危うくもあったが、それでもよかった。
篠塚がオレを好いているというのなら、そこにある感情がどうあれ、その好意を享受したかった。
仮にこの決断が篠塚にとって不幸への足がかりだとしても、それでもオレは夢を見たかった。不幸な結末がどれだけ存在したとしても、不幸なだけでは決してないと信じてみたかった。篠塚にも得るものがあるのだと、歪めたことへの贖罪ぐらいにはなるかもしれないと。
それに、もしかしたら、そのうちに本気でオレにほだされてくれる未来だってあるかもしれない。オレと共にあることが許される未来が。篠塚と一緒に幸せになる未来が。もしかしたら、あるかもしれない。
次から次へと自分に都合の良い期待が込み上げる。
楽観視する愚かさを噛みしめたばかりだというのに、オレは愚かにも、また夢を見る。
期限を付けようか。
篠塚がオレを捨てたらそれまで。
その時がくるのは、数ヶ月先か、1年先か。それとももう少し先?
オレの夢はそれで終わる。
そこまで考えて、ふっと気持ちが楽になる。
それまではこの幸運をありがたく享受しよう。
その時が来るまでオレは全力で篠塚といられることを楽しむのだ。先のことを憂うことを放棄して。来たるべき日が来れば、それはその時にまた決めることだ。悩んでも仕方のないことは、悩まない。
どうせオレにとってデメリットなんてほとんどない。別れる時に、ちょっと泣いたら良いだけだ。
その程度のこと。
それまでに篠塚からもらう幸せでおつりが来る。篠塚にとって黒歴史になるんだろうが、自業自得だ、その時はオレを恨みながら諦めろ。
覚悟を決めてしまえばどうということのない問題だ。選択肢は二つ。
今問題のないことに先回りして悩んで、楽しめる筈の時間を、悩みに苛まれながら苦しく過ごすか。
それとも考えることを先延ばしにして、それまでは思いっきり楽しんで、困ったその時に悩むか。
そんなの、後者一択に決まってる。だいたいオレは、決めたことをぐだぐだと思い悩むのは趣味じゃない。誰が好んで苦しみたいものか。どこのマゾだ。オレはマゾじゃない。楽に楽しく生きたい。
深い息を吐く。細かいことは困った時その場で考えればいい。起こってもいない悪い予想を悩むのはばからしい。予想はするだけして、その時に対処すればいいだけだ。今オレがするのは、篠塚の人生の汚点になる覚悟であり、オレの人生を、今の瞬間を楽しむ覚悟だ。
じゃあ、いまオレが出来る事なんて、アホみたいに浮かれることぐらいじゃないか?
頭を切り換えてしまえば、こみ上げるのは篠塚に求められている喜びぐらいだ。
「お前、人生踏み外すぐらい、オレのことが好きだって言うのか?」
言質は取っておこうかと、期待に浮かれきって笑うオレに、篠塚が拗ねるようにムッと眉間に皺を寄せる。
「……そうですよ。あなたのことが好きすぎて、おかしくなりそうです。あなたが認めてくれないことに逆恨みして、あなたの関心を向けてもらいたくてバカなことをして……!! 俺は……っ」
え? そこまで? 素直になりすぎた篠塚がほんとにかわいいんだけど、どうしよう。
ドS俺様の風格ある篠塚もかっこよかったが、やっぱりこれはこれでいい。俺様な攻めが、俺の前でだけ甘えて拗ねる……最高かよ……。篠塚が、どこまで行ってもオレの好みすぎて、辛い。
……無理、ほんとに無理。篠塚がゴーサイン出してるのに、諦めるとか、ほんと無理……。
さっきまでオレ、ほんとに、よく我慢したな。
「……お前、本気で言ってんのか?」
念のため、最後のだめ押しをしておく。
「……分かってます、俺の言葉に信用がないことぐらい……」
「いや? 信用してるけどな。念ぐらい押しておきたい内容だろう?」
篠塚がここまで言うからには、こいつもそれだけ覚悟しているということだろう。演技だとしたらすごいけど、さすがにそれはないと思っている。
こいつは俺を本気で好きだと思い込んでるし、言ってる言葉は、今篠塚の中にある本心からの物だろう。そこを疑う気はない。
「信用できるんですか?」
「お前が、オレの期待を裏切ったことは、一度たりともないからな」
鷹揚に頷いてみせる。
仕事で脅してきて関係を終わらせようと思った時は、希望を一度なくしたが、帳消しどころか、更にその上を行く展開にしてきたしな。
……付き合うとか……予想だにしてなかったわ。さすがオレの期待を越えていく男、篠塚。
「……あなたを強姦したことは、期待を裏切ったんじゃないですか? どう言い訳しても、あなたが俺を好きでも、許したとしても、して良いことじゃないはずです」
性癖にマッチしてて最高でした。むしろこれからおかわりしたいです。
という本心は全力で隠して、篠塚を傷つけない言い訳を必死で考える。
「惚れた男に抱かれて、役得だったとでも言っておこうか。……知ってるか? セクハラは、された人間がセクハラだと感じると成立するんだ」
肩をすくめてみせれば、篠塚は反論することなく口ごもり困ったような顔になる。言外に込めた、行為を肯定的に受け取っているというメッセージは、無事届いたようだ。
必死に問いかけてくる姿は、本当に自分が許されているのか確認しているのだろう。
お前は心配しなくていいと、今のオレは全力受け入れ体勢だ。篠塚の必死さがかわいくて、今のところ変な毒はたぶん吐いてないし、良い感じ!
「じゃあ、山岡さんのことは……呆れたから、オレを、見放したんじゃ、ないんですか?」
まさか、そこに話しが戻る、だと? それはお前にとってどれだけ重要なんだ。
「……それだけどな。お前、アレは何が気にくわなかったんだ。お前の欲しがるような仕事じゃなかっただろう?」
「……っ」
たいした事情なんかないだろうと思っていたのに、予想外に言葉に詰まる篠塚を見ると、追求するのもはばかられる。
まさか、山岡のこと嫌いなのか?! いや、結構上手くやってるよな、主に山岡がお前を頼る形で……それが原因か!
「いや、言いたくないなら、いいけどな」
まあ、山岡が気に入らなくて仕事取り上げたら山岡喜びそうだし、日常的には特に問題ないだろう。そうだ、放っておこう。
オレにとってはどうでも良いことだったので、そのまま流そうとした瞬間、篠塚が吐き出すようにつぶやいた。
「……課長が、俺より、山岡さんに目を掛けてるから……っ」
「それはない」
すまん、山岡。つい正直に即答してしまった。
「でも、俺には、簡単な指示でその後は声を掛けられることもないのに、山岡さんには……」
「お前にわざわざ声を掛ける必要がないだろう」
簡単な指示で十分かっちり仕上げてくるのが分かっているのに。
篠塚の言いたいことが分からず、つい考え込むと、篠塚がうつむいて、「やっぱり、俺に手を掛けるつもりは、ないじゃないですか」と、つぶやく。
なんだそりゃ。
「お前はオレが指示しなくても基準以上に仕上げてるじゃないか。出来てると分かっているヤツの進捗見てどうするんだよ」
むしろ出来ているにもかかわらず話しかけたい一心で必要以上に手を掛けてきたっていうのに。そのせいで篠塚は追い詰められたというのに。こいつは、俺が手も口も出しまくったのを、忘れていないか?
「俺は……っ、課長に、気に掛けてもらいたかったです」
「は?」
かけてただろうが、構いたかったって、そう言ったよな、オレ。
「それで、出来てるの見せつけて、自慢したかったです」
「あ゛?」
ふざけんな。そんな手間……かけたかったけど、お前がオレを寄せ付けなかったんだろうが。
篠塚の訴えが、意味が分からなすぎる……つまりどういうことだ、と頭を整理しようとした瞬間、爆弾が落とされた。
「それで、俺も、褒めてもらいたかったです」
…………篠塚が、オレを殺そうとしている。
胸が撃ち抜かれた。直撃だ。オレの息が止まった。
オレの顔を見て一瞬言葉に詰まった後、ぼそぼそと拗ねたようにつぶやいた篠塚の顔がじわじわと赤くなっていく。
かわいすぎか。天使か。それともオレを悶え殺そうとしている小悪魔か?!
なんだこれ。ほんと、何なんだ、これは! つまり、アレだろ! あの時の山岡事件は、篠塚の嫉妬か! かわいすぎか!
クッソ、ドS攻め様と思わせといてかっこよさをアピールしてたかと思えば、プライベートではかわいさを前面に押し出してくるだと?! オレは、いつか、篠塚に萌え殺される……!
「……子供か」
「……っ、どうせ子供ですよ! 課長は俺以外には優しいくせに、俺にはいつも出来てないとこの指摘ばっかして……!! それで、拗ねて、癇癪起こして……っ」
挙げ句、強姦した、と。どんな子供だ、おい。最低じゃねぇか。
オレの篠塚がかわいすぎて、辛い。
目元を抑えたまま天を仰ぐ。落ち着け。落ち着くんだ。
ふぅ、吐息を吐いてから、何とか自分を持ち直す。
クソみたいな言い分が、オレへの執着かと思うと、気分がいい。そんな自分に笑えてくる。
ほんと、篠塚が今日もオレの天使。
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