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上司・M氏の失敗
1 だが神はいた。
しおりを挟むあ・や・ま・り・そ・こ・ね・たー!!!!
ようやく山岡の後処理の目途が付いて、帰り着くなりベッドにダイブする。それから、ありとあらゆる後悔に苛まれながらゴロゴロと身もだえてみた。
あそこまで追い詰めたのはオレだという自覚もあったから、いつかは謝ろうと思ってた。なのに全部篠塚に責任押しつけたみたいな言い方をしてしまった……!
もう後悔しかない。
帰ってくるまでは出来るだけ考えないようにしていたけど、ひとたび思い返してしまうと、あれもこれもと後悔が襲ってくる。
あの状態で追い返したから怖くなってるかも。罪だけ突きつけられて罰を待つ状態にしてしまったかも。
篠塚の心情を想像して胸がきゅっとなる。
うーあー! ごめんよ篠塚ぁ!
起こってしまった何もかもに後悔しかない。
最後のハメ撮りデータを咎められる事なく持ち帰れたのだけが、今回の収穫だ。
つい先日カメラの位置を調整し直したから今回の動画は期待していただけに、なんとしてでも持ち帰りたいと思っていたのだ。
取り出す時、篠塚に止められたり奪われたりしたらどうしようかと思っていたが、なぜか無反応だった。何という幸運。
思い起こせば、篠塚との初めて記念日となった日。
脅迫のために動画を撮るという神業プレイを見せつけた篠塚の手腕に、オレは感銘を受けた。まさしく天啓だと思った。
そうだ、動画が欲しければ撮れば良いじゃない!!
ついでに、いざという時の牽制にもなる。篠塚がうっかり堕ちちゃわないように、篠塚を守る為にも、オレもハメ撮りデータを持っておくべきではないかと!! そう、篠塚のために!!
またやるならどこかなと考えて、やはり資材室が無難であると当たりを付けたオレは、その中で最も見つかりにくい場所を確認して、カメラを設置した。
本当に次があるかどうか分からないのに、数万円をつぎ込むフライング具合であった。
ちょっと浮かれすぎたかと設置しながら反省をしたが、その数日後、二回目のセッションに至ったので、オレの読みは間違っていなかった。さすが篠塚、空気を読める男。
どんな時であっても、オレの期待を外さないその能力に、感激したものだ。
今回の、このカメラ最後を飾る仕事は、オレと篠塚の初めての対面座位! だいしゅきホールドプレイ。どさくさに紛れてちょっと欲望を出し過ぎたかと思ったが、まさかの篠塚も抱きしめ返してくれるという、すばらしきハプニング。
神はいると思った。
このデータは何が何でも持って帰る。それ以外の選択肢はなかった。
でも篠塚は、オレの行動に反応できないほどショック受けてたのかな。
そう思うと、しょんぼりする。
ごめんよ、篠塚……。でも、これだけは渡したくないんだ……オレとお前の愛のメモリー……。最後の……。最後の……最後かぁ……。
改めて考えると、怒濤の一日だった。
着替える気力も風呂に入る気力も湧かず、ベッドに転がって天井をぼんやりと眺める。
ついに恐れていたときがやってきたのだ。
篠塚が仕事にまで脅迫を持ち出した。それだけはしないで欲しいと願っていたのに。
オレは篠塚からの要求が個人で納める範疇を超えたら、何としてでも終わりにすることを決めていた。
仕事の問題もさることながら篠塚の事が心配だった。理性の制御が看過できないレベルにまで失われているという事だから。オレがそこまで篠塚を歪ませたという事だから。オレの身勝手でこれ以上あの子を傷つけないように終わらせなければならない。
やり方がどうだと躊躇する段階を越えたのだ。それはオレが私情を挟む隙を許されない、力尽くででも止めなければいけないと思う一線だ。
篠塚とのお突き合いは、タイムリミットを迎えたのだ。
泣く。でもそれが自分で定めた線引きだ。篠塚を想うのなら感情に流されて譲ったらいけないところだ。
もう少し上手く躱せる事が出来たら、もう少し続けていられたかな。
などと夢見るものの、いや……とここ最近を思い返して溜息をつく。篠塚の行為はかなり危うくなっていた。どちらにしろ限界だったのだろう。
楽しかったよ、篠塚。本当にオレは幸せだったんだ。たとえお前に嫌われていても。でも、できればあと十年続けたかったなぁ……。その頃にはオレの性欲も減退しているかもしれないから……。
もうちょっと……いや、ちょっとじゃねぇな、もっと大幅にがんばって上司いじめ(性的な)に精を出して欲しかった。
それにしても今回の件、なんで篠塚があそこまで強固に山岡の尻ぬぐいをやりたがっていたのかが分からない。
確かに手際が悪くてイライラしてた素振りはあるが、無理に奪い取る程かといわれると、そうでもない。旨味もなければ篠塚に不都合があるわけでもない。
物によっては篠塚に頼んでも良かったのだが、今回のあれは少しばかり都合が悪かった。
篠塚には問題ないが、山岡にどうしてもやらせたい仕事だったのだ。
なんと間の悪い……。他の仕事なら喜んで頼んだのに、なんでピンポイントにそっちを欲しがったんだよ、篠塚……。
入社当時と違って篠塚は自らできそうな仕事を率先してやるようになっている。頼もしさがうなぎ登りで、正直なところかなりあてにしている。
今回のことも篠塚なら確実に、山岡より上手くまとめてくれただろう。しかもオレが手助けをする必要もなく丸投げしても問題ないレベルで。
けれど、それではダメなのだ。
仕事が済めば良いという問題ではない。目先の事だけ見て解決するのなら、俺か篠塚が手を出せばそれですんなりと話しを運べただろう。
しかし会社というものは集団で動いている。一人突出した者が問題が起きる度に対処してゆくようでは、それ以外の者がやれる仕事すら、能力の高い者に依存してしまう危険性をはらむ。全体のレベルを上げようと思えば、その場その場では効率の悪い方法をとることも必要になる。
オレや篠塚がやって早く上手く片が付いたとしても、それでは山岡の対処能力は上がらない。俺や篠塚が手を離せないとき、対応出来る人材を確実に育てる必要がある。
山岡は突発な出来事には反応出来ないが、コツコツと経験を積み重ねることで対処法を覚えていくタイプだ。一回失敗すると、その時必要になった情報や対処ひとつひとつをよく考え、似たような場合に備えて精査している。よって同じような出来事に遭遇したときには、前回の失敗は何だったのかと言うほど、問題なく対処出来るようになるのだ。
今回の事も手間はかかったが、確実な対処法を身につけてくれるだろう。
せっかく篠塚のおかげで山岡に手を掛ける事が出来たのだ、無駄にするつもりはない。
現状、課内で「課長のオレじゃないと回せない仕事」であった物が、「課長の仕事だけど、篠塚なら安心して七割がた頼める仕事」がいくつかある。今回の対処はオレの仕事を篠塚に多く振り当てた事で、山岡を見ている事が可能となった。そうじゃなかったら、今回の事を全部山岡にやらせるのは無理だった。さすが篠塚、頼りになる。
こんな若手に頼んじゃうオレ、ダメすぎー。と思いながら謎の信頼感で頼んでみたら、普通にやり終えやがった。
普段ならもっとベテランに頼むが、どうしてもオレへの確認作業が増える。その点篠塚は、オレが小姑のようにねちねちと三年かけてオレ好みの仕事を仕込みすぎてしまったために、何も聞いてこないのにほぼパーフェクトだ。むしろところどころオレがやるより出来が良い。泣くぞ。
篠塚がほんと普通に天才。そんな男を完全にオレの秘書的な使い方してしまって申し訳ない。でも手間と知識が必要な雑事でもさらりとやってのける篠塚、最高にカッコイイ。日々惚れ直している。
ともあれ山岡だ。篠塚に負担を掛けてでもオレはアイツを仕込みたかった。彼の作るマニュアルは、この課の誰もが参考にできる上に応用力もある。説明も分かりやすく頼る人も多い。
そんな彼にできるだけ多くの対処パターンを身につけさせたいのは、上司として必然である。自ら学ぶ意志が少なくストレスに弱いのが非常にもったいない男ではあるが、基本的には優しくて面倒見の良い、安定感のある人材だ。
そして今回の失敗レベルであれば、山岡なら身につけていける内容だ。少し面倒だし、めったにない状況ではある。だからこそ山岡の出番だ。一度徹底的に困ったなら、その後の吸収力がハンパない彼だからこそ。……困る前に身につけない彼の性質が、非常に残念である。
山岡は篠塚とは全く違うタイプだ。
不測の事態が突然起こったとしても、既存のやり方にとらわれずに機転を利かせて対応していける篠塚には、山岡の手順はさぞかしまどろっこしく見えるだろう。しかし人には仕事のやり方に向き不向きがある。頭の作りが根本的に違う篠塚には、まだ理解しづらいだろうが。
篠塚の頭の働かせ方は万人向けではない。対して山岡やオレは完全な万人向けだ。篠塚が秀才だとか天才だとかいうタイプだとしたら、山岡やオレは完全な凡人ということになる。
篠塚の頭の良さはうらやましいが、理解者は少ないだろうなと思う。篠塚を心酔するヤツは山ほど出てくるだろうから困りはしないだろうけど。
オレは全体の意見のとりまとめは得意だがトップダウンでやっていくのには向いてないため、一人一人の能力値を上げていきたい派だ。
そこへいくと篠塚は完全なワンマンタイプだよなぁ。篠塚が社長になったら会社は急成長するだろうなぁと思う反面、次代の生育がなされないままで、引退したら駄目になりやすそうだとも思う。
オレみたいなのはそもそも社長には向いてなくて、可もなく不可もなく発展もなくひたすら安定を求めていく完全な凡人タイプだ。そのかわりオレがいなくなっても、課の連中はそれなりにやっていけるようになってるんじゃないかと自負している。
この場限りに通用する篠塚の発想で今回の失敗を切り抜けても、山岡に成長の余地はない。むしろ以降の失敗で篠塚に丸投げしたがるようになるだろうことを考えると、悪化すると考えてもいい。難儀なことだ。
だからあの時、納得がいかない様子の篠塚にどう説明したものかと考えた末、諦めた。
天才肌のお前に仕事任せたら凡人の能力が伸びないんだよ、とか言えるか。そんな説明、オレが涙目になるのと同時に山岡も撃沈する。……ナシだ、ナシ。いろいろ考えた末、上手く説明できる言葉が見つからず、適当に流すことにしたのだ。
篠塚に頼める物は全部頼んだし、もう十分すぎるほどやってくれたから帰るように言った。
そこまでの一連の流れを思い返して、改めて思う。
あれの何がいけなかったのか、何が逆鱗に触れたのか、やっぱりよくわからない。
とりあえず話の流れから、篠塚があの仕事が欲しいが為にキレたのだと、理解はした。ただ、どうしてあんな仕事を篠塚が欲しがったのかが、全く理解できない。アイツのキャリア考えても、特に必要ないだろう。旨味が少なすぎる。
一番考えられるところで、仕事の邪魔をしたかった……つまりオレへの嫌がらせか。でも、アイツがやっても邪魔にはならないしなぁ。むしろ仕事早いし。課の一部がばたばたしてる中、帰りづらかったのか? イヤ、そんなタマじゃねぇよ。篠塚は必要なければ気にせず帰る。
どれだけ考えても篠塚の怒りポイントが理解不能すぎる。
もっとも理解できたところで、起こってしまったことはなかったことに出来ない。
これから、どうすっかなぁ……。
思うより早く関係が切れてしまい、呆然とこれからの事に思いを馳せる。
悲しすぎて気分だけが落ち込んでゆく。
篠塚とのめくるめく無理矢理プレイが、終了いたしましたのお知らせ……。
思いだしただけで涙がにじむ。オレから終わりを告げるとか、どんな罰ゲーム。
実はあの時のアレ嘘だよ、もっとやろうぜ……って話持って行けないかな……無理だ、アイツ嫌がらせでオレを犯してただけだし。嫌がらないオレとのセックスに価値がなさ過ぎる。価値ないのに、嫌いなおっさん犯し続けるバカはいねぇよ。
あー……もう、ダメだ。お互いが弱み握り合ってる状態って分かった以上、篠塚がオレに関わってくる事はないだろう。脅しを実行したら、オレを道連れに自滅する可能性があるわけだしな。
泣く。全力で泣く。
結局は元の状態に戻るのか。
いや、元の状態に戻ったら駄目だな。オレがあそこまで篠塚を追い詰めたんだという事を、いい加減に重く受け止めなければならない。前みたいに浮かれて関わろうとして篠塚を追い詰める事がないよう、距離を取る必要がある。良い思い出をもらえたんだし、篠塚の近くにいるのにもだいぶ慣れたし、以前より適切な距離と関わり方が出来るだろう。
実際、関係を持ちだしてから、日常の会話は割と普通にできるようになっていた。当たり障りのない軽口も、イヤミじゃない声かけも確実に増やせていた。照れてしまって顔は強ばってしまってたかもしれないが、その程度は我慢してもらうとして。
これを機に、なんとしてでもオレの態度を改善させないとな……。ノンケに男掘らせた贖罪になるかどうかは分からんが。
性欲の対象じゃない存在を、怒りだけで犯せるとか、どれだけ追い詰めてたんだ。
そのことをオレは真摯に反省しないといけない。オレだって女抱けとか言われても、性的な接触は普通に気持ち悪い。その嫌悪感を越える怒りだろ? 篠塚のストレスが、想像を絶するわ。
まてよ。上司のおっさん抱いたとか、頭冷えたら後悔しか残らないんじゃないのか……?
あ、想像してへこんだ。
ま、その時はその時。とりあえずは、これからなんとか関係改善を目指しますか。
後悔と決意を胸に抱いて挑んだ翌日、思いも寄らない先制攻撃を受けた。
「……課長には、ご迷惑をおかけしました」
うそん。
篠塚から差し出されたのは、退職願。
「……は?」
それ以上言葉が出なくて、頭が真っ白になった。
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