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後日談
それから
しおりを挟む「まだ私が一番うまいのか」
難儀なやつだな。年老いたあの人は、そう言って笑った。
あの人を取り込んで、どのくらい経っただろう。
十年、二十年……。
晩年二人で過ごした山小屋には、旅に出ても年に一度は帰ってくるようにしている。
旅がいいか隠匿ぐらしがいいか。
悩んでいると、両方したいときにすればいいだろうと、あの人は笑った。
あの人が死ぬ前、お願いされたことがある。
ここに年に一度は戻ってくること。俺が消えるときは、ここで。その2点だ。
契約にはおよばないと言われたが、あの人がお願いなど珍しかったから、絶対に守ると誓った。
死んだ後も俺を縛り付けたいと思ってくれたのだろうか。だとすればあの人らしくない願いだと思ったが、理由など、どうでも良かった。あの人が願った事なら叶える、それだけだ。
あの人は、交わした契約を破棄するなとは、ついぞ言わなかった。契約相手が死んでしまえば、破棄するのはそう難しくはない。死んだあとならあの人以外から精気を得るというのも致し方なしとでも思われたのか。
……いや、きっとあの人は、俺の命を惜しんでくれたのだろう。
そして、反面、わかっていたのだろう。俺にその気がないことを。破棄せぬまま最後まで過ごすだろうことも。
俺を信じて、あの人は俺に委ねたのだ。
破棄なんて、するはずがない。あの人とつながっていた証だ。
俺は、あの人が好きだった。あの人だけでいいと思うぐらい、好きだったんだ。
そうして息絶えたあの人は、もはやあの人ではなくなった。
残されたあの人の入れ物を抱きしめた。あの人だけど、あの人ではない体は、酷く冷たかった。
あの人が欲しかった。でもこの入れ物はあの人ではなくなった。けれど紛れもなくあの人がいた証で、あの人の名残りでもある。朽ちさせるのは嫌で、泣きながら己の内に取り込んだ。
俺が消滅せずに生きているということが、あの人がいたという証そのものだ。
二人分で生きていると己に暗示して、色んなところに旅をした。そして、二人で最後を過ごした小屋へと戻る。
指折り数えて二十三年かと、感慨に浸る。
取り込めば、一緒にいられる感覚が持てるのではと期待した。けれど、あるのは彼の気配の残り香だ。
ないよりは、満たされる、その程度の。
あの人から得た精気を少しづつ使い続けて今まで生きた。
それも、そろそろ尽きようとしている。よく保たせた。旅先では色んな人から優しい精気をもらって過ごした。少しでも長く、あの人の生気と共に有りたかったから。けれど、少しでも早く、消えたいような気もした。だから旅をした。
そして時々、酷くあの人の精気を消費するのが惜しくなって、この小屋に戻って、ただあの人との記憶を延々と思い返し、懐かしい幸せに浸ってじっと過ごす。
あと一年か、それとも半年か。己に残る時間を推測する。
人の姿に化け続けることさえできなくなった体は、まともに動くことすらできず、生存本能か、残り香のような精気を、ゆっくりゆっくりと消費してゆく。無理に消費するのも面倒で、時に任せてその時を待っていた。
愛してるだなんて、言われたこともない。好きだという言葉ですら、まともに聞いたこともない。可愛いと、いい子だと、お前だけだと優しく笑ったその声と、伝わってくる感情と、その眼差しだけで十分だった。
言葉にされなくとも、愛されてたのだと思う。
俺の執着に気付いていたあの人は、自分の身を賭して世界を守ろうとしただけかもしれない。きっとあの人はそれを否定しないだろう。そして笑って「私が欲しいのなら、仕方がないよな」などというのだ。
鷹揚で、強かな人だった。冷酷な計算高さも持っていた。
けれど、そこには確かにあの人の愛情もあった。
幸せでたまらなくなる優しい優しい精気が、与えられていた。それはどんな言葉よりも雄弁だった。
あの人は最後まで、俺の味覚をガバガバだと言って笑っていたけれど。
すぐにかわいいとか言うくせに、それを俺が指摘すると、知らんふりするのだ。
変なところで照れ屋な人だった。
俺はそんなあの人の照れ隠しに怒ってみせては、笑い返してくる姿を見るのが好きだった。
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