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しおりを挟む「こんなところで、無理させて悪かったな」
繊細さに欠けてそうな大きな肉厚の手なのに、その大きな指先は柔らかく私の髪を撫でた後、壊れ物でも触るような繊細や動きで頬をつぅっとなぞる。
しばらくその手の動きに浸っていたけれど、やがて彼の手は余韻を残しながら離れていって。
そして寂しさを覚えながらも、私の膝の間から彼自身を抜き取り体を離すのを静かに見ていた。
彼が持っているハンカチを見て、そこに出したのだと理解する。
物珍しさで羞恥心も忘れて、ぼうっとしながらも思わずじっと見ていると、決まり悪げに、強面の顔が、ぐっと怖さを増した。
「ゴムないのは最初から分かっていたし、こんなところで外出しするなら、後始末のことは最初から考えて準備してたんだよっ」
照れてる……?
「……宅間さん、かわいい……」
「……は?」
眉間に皺を入れてすごまれると、とても一般人には見えないすごい顔に見えたのだけれど、不思議と怖いとは思わなかった。それどころか思わず笑ってしまって、彼の眉間の皺が更に深くなる。
にじり寄るように顔を寄せられ、あまり近づかれると、怖くはないけれど、ドキドキして動揺してしまう。
さっきまでそれよりずっと側にいてくっついていたのだけれど、あんな熱に浮かされた状態に比べるとだいぶ落ち着いてきているから、私の理性はちょっと戻って来ていて、だから緊張して動揺してしまって。
可愛いって言ったらダメだったかな、でも、怖い顔してるのに、照れてる宅間さんはなんかかわいくて、そう言うところがきゅんってくるっていうか。
「なんだよ」
目の前で彼が一般人じゃなさそうな顔で脅してくる。
怖い顔も格好いいかも……とか思ってしまうとか、もう、もうっ
「いえ……あの、そのっ……宅間さん、好きです!」
「……は!?」
ああああああ!! は? って言いたいのは私の方ですっ 何言ってんの、私っ
私は自分で自分の言葉に驚いた。一瞬活動停止した頭は、自分の言葉の言い訳をしなければと急遽フル回転を始める。
違う、そうじゃなくって、私が言いたかったのは、そんな顔しても怖いと思わないぐらい宅間さんのことが好きだなって思うって事で……あれ? それだと間違ってない気もしてきた……?
パニックになってあわあわしていると、目の前の宅間さんも目を見開いて固まっている。
それを見て、今度は急激に私の頭は落ち着いてきて、今、ちゃんと伝えなきゃっていう衝動に駆られる。
そうだ、大体こんなのって、後になるほど言いにくくなるし、今ならなんか言えそうな気がする!
混乱と動揺で、もう自分が何をしようとしているのか、理解できて無くて、ちゃんと告白するのが正しいことのように思えてきた。それはとても正常な判断とは言い難くて。でも、きっと私は、彼を前にすると、ずっとまともな判断なんてできて無くて。
会社で声をかけられてから、ずっと。ただ、衝動だけでここまで来ていて。
私は身体を起こすと、肩に掛かっている彼のコートを握りしめて覚悟を決める。
でも口を開くと、「あの」とか「その」とか言うだけでうまく言葉にならない。
激しくなる動悸に、不安を覚えて彼を見上げると、彼は口をつぐんだまま私の言葉を待つように、難しい顔で私を見ていた。きっとそれは真剣に聞いてくれている顔。私は彼のコートの端をきゅっと掴んで勇気を貰った。
「あの……、私は、ずっと、前から宅間さんのこと……気になっていました。でも、今日、ほんとに好きに、なりました」
心臓が、私をゆらすほどどくんどくんと鳴っている。
恥ずかしさや照れはあるけれど、少しだけほっとして彼に目を向けた。
目が合ったとたん、彼は我に返ったようにはっとして、そしてぐっと息を飲んで身を引く。
思いもよらない彼の反応に、私は固まった。
私は何か悪い事を言ったのだろうか。
けれどそうではないことはすぐに分かった。
「なんでそんな事が言える。俺がやったことは、レイプって言われても仕方ないようなことだろ」
目を逸らしながら彼が低く呟いた。
まさか、彼は自分の行動を悔いているのだろうか。
そんな彼の様子に私は戸惑う。こんな反応をされるとは思っていなかったから。だって彼が始めたことだった。
どうしてさっきまでみたいに軽く返してくれないの? なんで今更そんな……。
戸惑っているのは私の方だ。なのに、なんで彼の方が苦しそうな顔をしているんだろう。
目も、合わせてもらえない。
それがすごく悲しく思えた。さっきまでの私をいいようにあしらって笑う宅間さんに戻って欲しかった。
だから何とか笑顔を作るとその重い空気を誤魔化そうとした。
「でもっ、宅間さんはずっと逃げ道はくれていました。だから、その、そんなところがいいなぁって。だから、私が、して欲しかったというかっ」
彼から滲む罪悪感のような感情に、私は、そんな事を気にして欲しくなくて、一生懸命言葉を探す。とんでもないことを口走っているような気がしたけれど、それどころではなかった。だって彼の表情が固まったまま動かなくなってしまっていたから。
そんな私の様子を、彼はじっと見つめていて。
しばらくの沈黙の後、彼が深い溜息をこぼした。
「そう思わせるのを狙ったのかもしれねぇぞ」
「じゃ、じゃあ、成功ですね! おめでとうございます!」
私が手を叩いて笑うと、彼が顔をしかめた。
「なんでそうなる」
「え、え、だって……っ」
だって、この人がそんな事をするわけがない。仮にそうだとしても、かまわない。人間きっと誰だってそのくらいのずるいところはあるし、そのずるいところだけが全てではないから。ちょっとのずるさと大半の優しさと。私は彼の比重は優しさに傾いていると信じてる。だから、どうでも良い。
だから気にしないで。さっきみたいに笑って。
じっと見つめていると彼から溜息が漏れた。
「お前は、俺を我に返すのも、俺を浮かれさせるのも、上手すぎる」
怒ったような声で呟いてから、彼がぐっと私を抱き寄せる。
「俺も今日、お前のこと本気で好きになったよ」
私の頭の上から聞こえてくる声は、意外にも力なくて。
でも、確かに抱きしめてくれていて。その手は、やっぱり優しくて。
ドクドクと聞こえてくる彼の心臓の音を聞きながら、その安心感に包まれて微笑む。
「じゃぁ、一緒ですね!」
笑って呟けば、彼がクスっと笑ったのが聞こえた。
「そうだな」
そう言って抱きしめてくる腕に力がこもって。
うれしい。
頬がゆるむ。彼がやっと笑ってくれたのが嬉しい。
私は彼の腕の中で思った。
きっと、こういうのを幸せって言うんだ。
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