密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか

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「あ、触ったら、駄目でしたか……?」

 嫌なことをしてしまったのだろうかと、身をすくめると、彼は迫力のある顔ですごむように笑った。

「いや、かまわねぇよ。ただ……ちょっとそそられるよな」
「そそら……ひゃぁ!」

 意味が分からず尋ねようとしたところで、目の前でつかまった指が彼の口元へと運ばれていった。

「なに?! やっ、なんで、ゆびっ」

 彼が指をぺろりとなめた後、私の中指と人差し指が彼の口に食べられてゆく。
 温かくて柔らかな彼の口内の感触に、思わず身体がこわばる。
 食べられた指に舌が這わされる。

 私、変だ。

 指を舐められ、吸われ、甘噛みされながら思う。
 ゾクって来るこの感覚が、もっともっと欲しい。
 くすぐったい感覚によく似ているけれど、それだけじゃない別の感覚。やだって言いたくなるけど、やめられるともういちど欲しくなる。
 今この瞬間もゾクゾクするような感覚が私を襲っている。
 彼に触れられる度に感じるこの感覚。さっきからずっと私を襲い続けているこれは、やっぱり「気持ちいい」っていうことなのだろうか。

 だとしたら、指なんて舐められて、気持ちいいなんて、私は感じてるって事かな。指なんかで感じるって、私、おかしいのかな。

 指を舐められているだけなのに、身体が熱くなって、息がまた上がってくる。
 この大きな倉庫の片隅は怖いぐらいにシンとしていて。静かな分だけ、ドクドクと鳴る自分の心臓の音が鮮明になる。

 こんなところで、指を舐められて、私は感じている。

 つかまえられている場所が指先だけという状況が、変に私に現状を実感させる。
 私はドクドクと鳴る心臓の音を聞きながら、目の端で広がる倉庫の広さをとらえつつ、その指を舐める彼の姿に見入っていた。
 咥えられていた指が抜かれ、今度は指の股から先端までゆっくりと舐めあげられるのを、見せつけられて。彼の舌がべろりと私の指をなぞりながら、その鋭い目が私を真っ直ぐに見据える。

「あっ、あの、……やっ」

 恥ずかしい。彼の濡れた柔らかな舌の感触に感じてしまっているのを知られるのが恥ずかしい。
 一本一本丹念に、舌を這わされ、指の股を攻めるように舐められて。恥ずかしいのに、やめてもらわなくちゃと思うのに、彼を止められない。つかまった腕を引き抜けない。強く掴んでいるわけでもない彼の手をふりほどけない。
 彼の舌が辿った後は、彼の唾液で濡れた線がひんやりとして、そのくせして、舐められた感触がじんじんと残って消えない。

「……ぁっ」

 指を舐められているだけなのに、それをする彼の表情が男の色気を含み、彼の唇からのぞく舌の動きがなまめかしくて、私の胸はドクドクと音に聞こえるほどに強く打ち付けてくる。
 私は動いてもないのに、息が上がっていく。

「……はぁっ」

 熱い。
 指が、胸が、頬が、吐息が、熱く私を犯してゆく。

「……エロい顔」

 恥ずかしくて、熱くて、涙がにじむ。

「やだ……っ」
「何が?」

 彼の熱い吐息と共に、低い声が思考力を失わせ私を追い詰める。

「だって……指、だけなのに、変っ」

 気持ちいい。ズクズクと身体が疼く。私の身体の中心が何かを求めて足りないと疼く。

「もっと変になるぐらい、感じろ」

 感じるって何を?
 もう、彼のやること全てに意識が奪い取られて、まともに何も考えられない。

「ほんとに感度いいな。最高だ」

 ちゅっと指先を吸われただけで、大げさなぐらい身体が震える。

「もう、我慢できねぇ」

 彼の低い声が、熱いぐらい熱を帯びているように感じるのはどうしてだろう。私の頭が沸騰するぐらい熱くなっているからだろうか。

「膝すりあわせて、誘いやがって」

 彼の指が閉じられたふとももの間に差し込まれる。
 そうされて初めて気付く。自分が無意識に身をよじって、疼きに耐える為に膝をすりあわせていたことに。

「力抜け」

 彼の指が太ももの間をなぞり足を開くようにと促してくる。触られた部分から震えが走り、またその奥がズクンとうずく。
 この疼きは、きっとこの指先が進む先で満たされるのではないかと期待させるには十分で。

 私は好奇心と、そして疼きへの渇望が押さえきれず、足をゆっくりと開いた。
 クスっと笑う息づかいが聞こえて、目を向けると強面の顔がすごく優しい目をして私を見つめていた。

 嬉しい、と思ってしまう。
 恥ずかしさも戸惑いも、この優しい目を向けてもらえるのなら、何もかも受け入れたくなる。
 指先が内股をなぞり、無防備な秘された場所へと伸びてゆく。

「ひんっ」

 布越しに彼の指が、私の隠された割れ目をなぞった。
 初めて人に触られたその場所は、恐ろしいほどに敏感で、布越しに緩くなぞっただけだというのに身体が跳ねるほどの衝撃があった。

 ゆるゆると指先が布地の上をなぞる。それがぬるっとした質感を持って私を襲う。
 初めての感覚だけど、わかる。濡れている。私の身体は、彼を受け入れる準備をしている。
 ソフトなタッチなのに痛いぐらい胸を苦しくする指先。信じられないほどそこは疼きを訴えてきて、なのに物足りないようなもどかしさが私を切なく襲う。もっとその指先に、触れられているそこを押しつけたくなるような衝動。

 気持ちいい……っ

 理性も何もが焼き切れそうな感覚の中で思った。この、訳の分からない苦しい感覚を、気持ちいいのだと、私は一種の敗北感を覚えながら受け入れた。

 気持ちいい、もっと欲しい。

「……っ、宅間、さんっ」

 気持ちよすぎて苦しい。助けを求めるように彼を呼ぶ。切実なほどに彼を求める。彼がしているのに、彼に助けて欲しい。この苦しく甘い責め苦が辛くて、でも、もっとと身体が渇望する。

「宅間、さん……」

 求める気持ちがそのまま彼の名前となる。吐息と共に漏れる私の声に、彼が動きを止めた。

「……?」

 閉じていた目を開けると、驚いたような顔をして彼が止まっている。
 私が何か、変なことでもしたのだろうか。
 とたんに込み上げてきた不安は、直後浮かべた彼の笑みによって消え去る。顔立ちの険しい彼が、黙っていると怒っているようにしか見えない彼が、信じられないほどに柔らかな嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 それが私に向けられている。苦しいぐらい胸がぎゅうってなって、でも、すごく嬉しくて、幸せで。
 思わずうつむいた私の耳元に彼が顔を寄せてきて。

「……ひなた」

 囁かれたのは、私の名前だった。低い声は彼の印象そのものの妙にドスのきいた声で。でも、その声が、とても優しく私の名前を呼ぶ。
 なんで、私の名前……。

 驚いて顔を上げる。だって、私と彼は接点なんてほとんど無くて。私は彼のようにそんなに話題にあがるようなことはない地味な事務員で。
 すぐ目の前に、近すぎるほどの距離で彼の顔がある。

「なんで、名前……」

 私の問いかけに、彼がにやりと笑う。

「男としては、気になった女の名前ぐらいチェックするもんだろ」

 しゃあしゃあと言ってのけた彼が、ニヤッと私の反応を窺うように見つめてきて、私はというと、その言葉が思いもよらなくてぽかんと彼を見つめ返していた。

 ……気になる、女……?

 頭の中で繰り返して、その直後、意味を理解した私は、ぼんっと一気に顔が熱くなった。

「う、うそ……っ」

 恥ずかしくて、でも嬉しくて、でも信じられなくて、動揺してまた変な動きをしてしまう。目のやり場がない。間近に彼の顔があって、でも見つめられなくて、目を逸らすと左に暗い倉庫内が見えて、ちょっと怖くて目を右にやると彼の大きな胸板が見えていたたまれなくて。手で顔を隠そうとしたけど彼の身体が目の前にあってできなくて、また下ろして、そしたら手のやり場に困って。
 え、手ってどこに置いたらいいの?
 動揺して挙動不審になっている私の頭の上で、ハハッと笑う彼の声がして。

「やっぱり、お前、可愛いな」

 頭のてっぺんにキスされた。

 あああああっ恥ずかしいのですがっっっ

 くすぐったいような嬉しい気持ちが同時に込み上げる。
 今の間際のエッチなことより、こんなやりとりの方が恥ずかしく感じてしまう。そして何より愛おしくて幸せだった。
 だって自覚してしまったから。
 うすうす分かっていたことだけど、切ないぐらい痛い胸の痛みが、今なお一層訴えてくる。

 私、この人のこと、好きだなって。

 彼のすること一つ一つが、好きだなって思う。彼のしてくれること何もかもが、嬉しいって思う。印象とは裏腹な信じられないぐらい優しい笑顔を向けられる度に幸せな気持ちがこみ上げる。泣きたいぐらい嬉しくて、信じられないぐらい一気に、私の気持ちは彼に引き寄せられている。
 こんな状況はおかしいから、見ないふりをしていた。流されてるって思いたかった。でも、彼に気になっているって言われて、私はようやく自分の気持ちを素直に受け入れる気になった。


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