電車で苦くて甘いヒミツの関係

電車で苦くて甘いヒミツの関係

5．5

　少し足がふらついてしまってるような気がする。
　力を込めて踏ん張っていた上に、二度もイったのだから、朝からだいぶやり過ぎてしまった感がある。

「おはようございまふっ」

　扉を開けた瞬間人にぶつかった。
　最後の言葉が「まふ」ってなった。恥ずかしい！
　顔に血が登っていく。耳が熱い。絶対に顔が真っ赤になってる。
　顔を上げづらくなっていたところで、上から声が振ってきた。

「ごめん、大丈夫？」

　落ち着いた心地の良い声と、私を抱き留める腕。その既視感に、恥ずかしさも忘れ思わず顔を上げる。

「……課長……」

　そんなわけないのに、一瞬「彼」かと思ってしまった。

「どこか痛かった？」

　課長を見上げたまま立ちすくんでしまった私を心配してくれているようで、ようやく我に返る。

「すみませんっ」

　慌てて課長の腕から飛び退くと、「あっ」という課長の叫び声が聞こえた瞬間、ゴチンと私の身体は後ろの柱に当たる。

「いたっ」

「三井さん、気をつけて……」

　頭も背中もぶつけて、痛さと恥ずかしさにうずくまりたくなる。心配そうに手を伸ばしてきた課長の手が頭を撫でた。一瞬指先が頬をかすって、どくんと心臓が跳ねる。

「だいじょうぶですっ、すみませんっ」

「こらこら、そんなに慌てたらまたぶつかるから」

　苦笑いしながら、課長がゆっくりと離れていく。
　課長に触れられるだなんて緊張してしまうけれど、離れていく感触が寂しい。

「……そんなに力一杯逃げられると、傷ついてしまうね」

　困ったように笑う穏やかな顔から、冗談とも本気ともつかない言葉が聞こえて。

「逃げたんじゃなくって、課長にご迷惑をっ」

　思わず声を上げると、課長が声をこらえるように肩をゆらして笑った。

　あ、この笑い方、今朝の彼と、似てる……。

「冗談だよ。でも、ありがとう」

　課長はそう言って私の肩をぽんぽんと叩くと、扉を出ていった。
　パタンと閉まった扉。
　誰もまだ来ていない課の室内。

「うわぁ………」

　小さな声を上げて、私は恥ずかしいのか、嬉しいのか、いたたまれないのか、ついでにやっぱり足にきて居たのか、座り込んで頭を抱えて、たぶん真っ赤になっている顔で、ぐちゃぐちゃの気持ちを整理した。