162 / 163
後日談
番外編5 ある老人の話2
しおりを挟む
「もう、からかって!」
老紳士達も、彼女たちも和やかに笑っていたが、ふと、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「あの、……どちらだとしても、よかったです」
視線を浴びた彼女は、ちょっと恥じらうように笑った。
「その、恋人でも、友人でも、家族でも、大切な人に会いたい気持ちは同じです。おふたりが再会できてよかったです。……桜は、見えましたか?」
あれから半年近くたち、桜の時期はとうに過ぎていた。今、一緒にいるということは、約束が果たせたのかもしれない。期待を込めて二人を見つめた彼女に、一条が目を瞬かせた。
「ああ、一緒に花見をした」
にこりと笑った二人に、彼女は表情を輝かせた。
「よかった!! 念願、叶いましたね……!」
ね、と友人達を振り返る彼女に、他の彼女たちも頷く。
そしてそのまま訪れた沈黙に、彼女はいたたまれなくなったように、小さくなってもごもごと言い訳をはじめる。
「……その、勝手なことを言ってすみません! ずっと、おじいちゃん待ってたから、会えたらいいなって、ずっと思ってて、だからその、すごく楽しそうにしてたから、嬉しくなっちゃって……」
しぼんでいく彼女の声に、老人二人が微笑ましそうに笑っていた。
「おや、昔話だったというのに、気を遣わせていたようだ」
一条がカラリと笑って、「ありがとう」と笑みを浮かべる。と思えば、隣の西国紳士も柔らかな笑みで彼女を見ていた。
「お嬢さん、ありがとう。あなたのような優しい方に出会えて嬉しいな。……この街は、三十年前も、私のような異国の者に優しかった。厳しい時期を超えた今も、あなたがたのように優しい人を育んでいるんだね」
洒落た帽子を取って、「ありがとう」と優雅に礼をした西国の紳士に、彼女たちは、きゃあと歓声を上げた。
東国では見ることのない優雅な仕草は、せいぜい見かけるのは芝居ぐらいの物だ。それを、舞台の演者もかくやという、見栄えのいい老紳士が目の前でやったのである。奇をてらう様子もなく自然に優雅にやられては、心躍る物があった。自分たちの父親と同年代ではないかと思うのに、随分と違うものである。
ではと挨拶をして、また二人の老人は連れだって去ってゆく。
その後ろ姿を眺めながら、彼女たちはまたこそこそと噂に興じた。
「西国の方って、ホントにあんな挨拶するのね!」
「おじさまだけど、ドキッとしちゃった!」
東国の着物姿の老人と西国の紳士というのは、異色の組み合わせである。だが、並んで歩く姿は、なぜか馴染んで見える。親しげな様子は、何年も交流がなかったとは思えないようなしっくりとした物だ。
老後はこちらに身を落ち着けたという西国紳士の姿を、彼女たちはこれから先、十数年目にすることになる。それはいつも、この日のように一条と連れ立って、穏やかに過ごす姿だった。
三十年ほど前に、この国で戦争があった。彼女の生まれる前の、遠い時代の話だ。彼女はその時代の爪痕を、彼らの姿に重ねる。
長い時を経て再会した二人が、恋人なのか友人なのかなど、それは彼女の知るところではない。ただ、二人並んで過ごす姿をを見かけると、時折彼女は思い出すのだ。静かに一人で佇み、桜を見上げる一条の姿を。
彼女はそれを、苦しい、戦争の爪痕のように感じていた。
今、彼らは離れていた時を埋め合わすように過ごしている。いつ見かけても、一緒にいる。
そのことに、得も言えぬ安堵を覚える。
彼はもう、一人で桜を見上げることはないのだ。
一条とは顔見知り程度の赤の他人だ。だから彼女ができるのは、ひそかに願う程度。
どうか二人が、少しでも長く、たくさんの幸せな時間を過ごせますように。
老紳士達も、彼女たちも和やかに笑っていたが、ふと、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「あの、……どちらだとしても、よかったです」
視線を浴びた彼女は、ちょっと恥じらうように笑った。
「その、恋人でも、友人でも、家族でも、大切な人に会いたい気持ちは同じです。おふたりが再会できてよかったです。……桜は、見えましたか?」
あれから半年近くたち、桜の時期はとうに過ぎていた。今、一緒にいるということは、約束が果たせたのかもしれない。期待を込めて二人を見つめた彼女に、一条が目を瞬かせた。
「ああ、一緒に花見をした」
にこりと笑った二人に、彼女は表情を輝かせた。
「よかった!! 念願、叶いましたね……!」
ね、と友人達を振り返る彼女に、他の彼女たちも頷く。
そしてそのまま訪れた沈黙に、彼女はいたたまれなくなったように、小さくなってもごもごと言い訳をはじめる。
「……その、勝手なことを言ってすみません! ずっと、おじいちゃん待ってたから、会えたらいいなって、ずっと思ってて、だからその、すごく楽しそうにしてたから、嬉しくなっちゃって……」
しぼんでいく彼女の声に、老人二人が微笑ましそうに笑っていた。
「おや、昔話だったというのに、気を遣わせていたようだ」
一条がカラリと笑って、「ありがとう」と笑みを浮かべる。と思えば、隣の西国紳士も柔らかな笑みで彼女を見ていた。
「お嬢さん、ありがとう。あなたのような優しい方に出会えて嬉しいな。……この街は、三十年前も、私のような異国の者に優しかった。厳しい時期を超えた今も、あなたがたのように優しい人を育んでいるんだね」
洒落た帽子を取って、「ありがとう」と優雅に礼をした西国の紳士に、彼女たちは、きゃあと歓声を上げた。
東国では見ることのない優雅な仕草は、せいぜい見かけるのは芝居ぐらいの物だ。それを、舞台の演者もかくやという、見栄えのいい老紳士が目の前でやったのである。奇をてらう様子もなく自然に優雅にやられては、心躍る物があった。自分たちの父親と同年代ではないかと思うのに、随分と違うものである。
ではと挨拶をして、また二人の老人は連れだって去ってゆく。
その後ろ姿を眺めながら、彼女たちはまたこそこそと噂に興じた。
「西国の方って、ホントにあんな挨拶するのね!」
「おじさまだけど、ドキッとしちゃった!」
東国の着物姿の老人と西国の紳士というのは、異色の組み合わせである。だが、並んで歩く姿は、なぜか馴染んで見える。親しげな様子は、何年も交流がなかったとは思えないようなしっくりとした物だ。
老後はこちらに身を落ち着けたという西国紳士の姿を、彼女たちはこれから先、十数年目にすることになる。それはいつも、この日のように一条と連れ立って、穏やかに過ごす姿だった。
三十年ほど前に、この国で戦争があった。彼女の生まれる前の、遠い時代の話だ。彼女はその時代の爪痕を、彼らの姿に重ねる。
長い時を経て再会した二人が、恋人なのか友人なのかなど、それは彼女の知るところではない。ただ、二人並んで過ごす姿をを見かけると、時折彼女は思い出すのだ。静かに一人で佇み、桜を見上げる一条の姿を。
彼女はそれを、苦しい、戦争の爪痕のように感じていた。
今、彼らは離れていた時を埋め合わすように過ごしている。いつ見かけても、一緒にいる。
そのことに、得も言えぬ安堵を覚える。
彼はもう、一人で桜を見上げることはないのだ。
一条とは顔見知り程度の赤の他人だ。だから彼女ができるのは、ひそかに願う程度。
どうか二人が、少しでも長く、たくさんの幸せな時間を過ごせますように。
10
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる