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3章

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 けれど、ふとした瞬間、彼の声がよみがえり、彼の笑顔が心に浮かぶ。よみがえるその瞬間は、ひどく鮮やかで声も姿も鮮明だ。なのにその一瞬を過ぎれば、瞬く間に輪郭さえつかみ所なく消えてゆく。
 その度に寂しさと懐かしいような愛しさが込み上げる。

 会いたい。正臣さんに、会いたい。

 心の中で、若い頃の自分が訴え続ける。それに耳を傾け、「もうすぐだ」と言い聞かせる。

「私も、会いたいよ」

 口に出して呟けば、感情にしっくりくるその言葉。そうすることで過去の感情ではないのだと、今日もまた不思議な気持ちで実感する。
 理屈で感情は抑えられない。どれだけおかしいと断じても、会いたいと思う気持ちは存在する。

 この想いは愛ではないのかもしれない。
 ルカはいつしか、自分の感情をそう感じるようになった。
 ルカが愛する正臣という存在は、本物の正臣自身とは違う、記憶で作り上げた夢の存在なのかもしれない。と。
 それだけ記憶は遠くなり、その存在はあやふやになっていた。

 繰り返し繰り返し思い出す記憶は、薄れた写真をなぞって上書きしたような偽物なのかもしれない、そう思うようになった。彼との思い出の鮮明さが、返って記憶の不確かさを突きつけてくる。
 人は人の姿に、勝手に自分の理想を詰め込み、それが本物であるかのように錯覚する。ルカもまた何度も誰かの理想をかぶせられ、思っていたのとは違うと去られたことがある。ルカの正臣に対する気持ちも、その思い込みと同種だと言われても、否定できない。

 三十年以上も前の感情だ。思い込みとどう違うのかなど、もはや自分でもわかるはずもない。
 そもそもルカが正臣と過ごした時間など、一年ほどの僅かな物だ。それで彼の全てを知った気になるなど、思い上がりも甚だしい。
 この執着じみた感情が、当時の幸せな気持ちへの依存ではないと、断言できる要素はどこにもない。

 けれど、依存でもいいのだ。私の思い込みでもいいのだ。
 ルカはそう噛みしめるように思った。
 いくら理屈を積み上げて、これは恋情とは違うと自分を戒めても、募る思いは消せなかった。むしろ彼でなければ駄目だと気付かされるばかりだ。
 なにより、正臣からルカに向けられた想いが、突き放されたあの瞬間まで込められていたと気付いてしまった以上、この気持ちを捨てる理由はなくなった。
 正臣に愛されていたという事実だけで、苦しさもなにもかもが報われた。


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