敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

３章

１３８ ３－１２

　年を重ねていくごとに、月日の流れは緩慢になり、しかし足早に過ぎてゆく。
　物事は思うように進まないのに、気がつけば、一年、二年が瞬く間に過ぎるようになった。見据える先が五年十年単位になる。
　身動きがとれない時の流れの中に身を置いた時、ふと思う。
　今ルカが、周りの状況を把握し、五年、十年先を見据えて想定しているように、あの頃の正臣も、五年、十年先が見えていたのだろうと。

　あの頃、すぐに東国に戻れると思っていた自分は、無知で愚かだった。あの頃のルカにとって、世界は瞬く間に変わっていくし、一年一年がとても長い時間だった。三年先はずっと未来で、五年も経つ頃には世界は変わっていると、当然のように思っていた。

　それは、ある意味では正しく、ある意味では間違っている。変わるときは突然変わるが、保身に走る者達の時間の流れは、とてつもなく遅い。のらりくらりと変化を厭い、古い考えに固執し、十年、二十年かかるのだ。
　今のルカもまた、その流れが理解出来るようになってしまった。まどろっこしい改革であろうと、唐突に行えば反発が生まれる、変化を恐れる者がいる、混乱がおこり割かれる人員に現場は更なる混乱を生む。

　あの頃のルカが想定した「長い時間」は、ほんの五年、長くても十年もかからない未来だった。十九のルカにとって、自分が二十歳を超え、二十代半ばになる頃という時間は、時代が変わるほどの、遠い遠い未来だった。

　四十も超えた今のルカには、それが見通しの甘すぎる希望的観測だったとわかる。あの激動の時代、戦争、もしくは鎖国の流れが見えていた状況で、十年で戻れるはずがない。
　けれど、あの当時のルカがそれを指摘されたところで、理解するのは難しかっただろう。十年「も」あれば、色々変わっているだろうと、絶対そう思ったはずだ。

　だから正臣さんは突き放すしかなかっただろうなぁ、と、今となっては苦笑しながら受け止めている。
　ルカにとっての五年が、とてつもなく長い時間だとわかっていただろうから。戻ってくるには、十年では足りないほどの時間がかかるとわかっていただろうから。

　正臣とルカでは見えていた時間が違っていた。
　あの頃はあんなに遠い未来に思えていた五年という時間が、今はすぐに訪れる未来と感じるようになっている。
　彼は「待っている」などと到底言えなかったのだと、つくづくわかる。もし忘れることを気に病んだらと思うと、それで苦しむかもしれないと思うと、そんなことを一度でも想像してしまったら、手放すしかないと思い至るだろう。

　彼のことだ。いっそ忘れてくれと願ったかもしれない。いや、願ったからこそ、手ひどい言葉を選んで突き放したのだ。自分のために苦しむことはないと、願ってくれたのだ。
　自身の人生を生きろと、正臣がルカに言ったその言葉の意味が、今は酷く重い。
　彼にそれを言わせてしまったのは、自分の無知さ故だ。

　過去を思い返せば、その度に無知であるということの残酷さを思い知る。
　あまつさえ、責めていたなどと。
　本当に、知らないということは、幸福で、残酷だ。だが、だからこそ純粋で一途だった。
　苦しかったからこそ逃げたかった。けれど、若さ故の一途さで逃げることができなかった。

　それで、よかったと思う。逃げたい気持ち以上に、彼を忘れたくない気持ちが存在していた。今もなお、変わらないほどの強い想いだ。無知であればこそ、それを守ることができたのだ。