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3章
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しおりを挟む一時期は放蕩を尽くしたルカを、それでも信じて力を貸してくれている者達がいた。ルカが立ち直った理由など、正臣に会いたい、それだけだった。けれど、そんな思惑を知らないとはいえ、ルカの東国への思いに共感し、共に目指してきた仲間達だ。
今となってはルカの肩に掛かる、何千という従業員の生活につながっていた。
ルカが今、会社を年単位で離れることは、自分自身が許せなかった。
『為すべき事を成せ』
別れの日、正臣が言った言葉だ。
『足もとを疎かにするな。前を見据えろ』
耳の奥で、彼の声がする。
ええ、正臣さん。わかっています。
ルカは密やかにその声に応える。
誰かを蔑ろにして行ったところで、きっと彼は受け入れてくれない。さっさと帰れと追い返されるのが、簡単に思い浮かんでしまう。
十九歳だったあの時、東国を出るしかなかったように、今もまた自分の身より守りたい物があった。それらを捨てて、身勝手に彼の元に向かうなど、できるはずがなかった。
ゆえにルカのできることといえば、東国へ……正臣の元へ行けるだけの環境を作り上げていくことだけだ。
力をつけ、足場を固め、安心して任せられる仲間を育てる。それを着実にやっていくことだ。
この想いは何だろうと、時々考える。
正臣に向かう感情が恋なのかと言われると、ルカにはよくわからない。たった一年程度を共に過ごした相手を、会うこともなく思い浮かべるだけで十年も二十年も乞う、この感情は。
はじめは確かに恋だった。愛だった。だが、今となっては、失われた物への執着や憧憬じみていると思う。いや、依存なのかもしれない。
愛情や恋情だというには、過去になりすぎている。だが一時期の憎しみや恨み辛みも合わさって、ただ想いばかりが積み重なっている。
恋でも愛でもないとして、執着や憧憬じみていたとして、それに依存していたとして、だからどうしたのかというと、特に何も変わらないことではあるが。
感情に付ける名前が変わったところで、正臣を求める気持ちは、何も変わらないのだ。
けれど、時折、この感情にラベルを貼りたくなるときがある。ただただ正臣を愛していたあの綺麗な恋というラベルを、今も自分のこの心に貼り付けたいのだ。彼に会ったとき、愛していると、胸を張りたいのかもしれない。
けれど、色褪せた恋情も愛情も、増してゆく執着も憧憬も依存も、混ざり煮詰まって、何物とも知れぬ物となった。そんな感情を、はたして愛と呼んでいいだろうか。
この過ぎ去った二十年を経て、おぼろげになってゆく記憶は、親の顔さえ曖昧にしてゆく。
両親の顔は手紙のやりとりのついでに、写真を送り合っていたため、記憶をたどれるが、東国で親しくしていた者達などは、ぼんやりとした輪郭が残る程度だ。正臣の顔も、本当に覚えているのかどうかすら危うい。目を閉じれば思い浮かぶ。けれど、それが正しいのかどうかを確かめる術がない。
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