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3章
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一つ見えてしまえば、ルカは自らの求めた約束の残酷さにも気付いた。
十九という若さでは想像できない、年月というものの辛さを、今のルカは知っている。軍人として生きてきた彼も当然知っていただろう。今のルカ以上に命がけの出会いと別れが常に密接に関わる生活だ。
人の心は移ろいゆく。それを留めることなどできない。きっと約束をしてしまえば、移ろいゆく心は縛り付けられ、身動きのとれない苦しさに晒される。想いが強ければ強いほど、変わる自分を許せなくなる。
あっさりと忘れられる者はいい。だが、そうでない者もいるのだ。
戦にかり出され、裏切られた者も見てきただろう。死に別れた者も見てきただろう。約束に縛られ、手に入る安らぎを拒絶する者の苦しみだって見てきただろう。
約束は、守っても守らなくても、残酷に人を傷つけうるのだ。真剣に願えば願うほど、叶わなかったとき傷を深くする。当てがないのであれば、なおのこと。
ルカ以上に、多くの人との出会いと別れを目の当たりにしていたはずだ。
ならば尚更、約束の残酷さを知っていたはずだ。あてどない将来を約束する辛さを知っていたはずだ。
正臣が安易に約束の言葉を言えなかったのも道理。
私は、愛されていた。そして正臣さんは私の本気も受け止めてくれていたのだ。
気付いた事実を、何度も何度もルカは噛みしめる。
忘れていた若かりし日々の感情を、何度も掘り起こす。
幼く慕うばかりだったあの頃、ただただ愛情を与えてくれていた正臣を思い出す。
どの瞬間も、正臣を疑えるところなど、なかったではないか。与えられた何もかもがルカのためだったではないか。正臣がついた嘘でさえ、ルカを守るための物だった。いつだって正臣はルカのことを愛してくれていた。
思い返せば、答えはそこにあった。何を自分は不貞腐れていたんだと、目が覚める思いがした。正臣が約束してくれなかったのは、間違いなく彼に愛されていたからだ。ルカの愛を信じてくれたからだ。
誰が待つかといった言葉は、彼の愛の言葉だ。
もし、正臣が待つと言ったのなら、ルカは決して迷わなかっただろう。言い換えれば、迷うことすらできなかったはずだ。正臣がルカに約束をしたのなら、絶対に守ると信じていた。そう思えるだけのものを与えられた。
結果、迷うことを許さない自身の理性に、苦しんだだろう。
彼の本意に疑念がもたげても、ルカは正臣を責めることができず、自分を責め、苦しむ事になったはずだ。ともすれば今以上に苦しんだかもしれない。
時間という物は、記憶を曖昧にする。心を変えてゆく。感情の確かさを信じるには、あまりにも無慈悲だ。
その中で信じ抜くことは、もはや不可能に近い。ましてや十代という、変化の大きな年齢ならば、なおのこと。
込み上げる疑念を抑え込んで信じ抜くのは、きっと心を破綻させる。迷うことを自分に許さない状況ならば、おそらく耐えられなかった。
それは実際にルカが味わってきた苦しみとは、また別の種の苦しみだ。だが、正臣のせいだと詰り、移ろう自分を許して心を保って来たルカには、信じ抜く苦しさは、途方もなく恐ろしい物に思えた。
守らねばならぬ約束ほど、人を苦しめることもあるのだ。
十九という若さでは想像できない、年月というものの辛さを、今のルカは知っている。軍人として生きてきた彼も当然知っていただろう。今のルカ以上に命がけの出会いと別れが常に密接に関わる生活だ。
人の心は移ろいゆく。それを留めることなどできない。きっと約束をしてしまえば、移ろいゆく心は縛り付けられ、身動きのとれない苦しさに晒される。想いが強ければ強いほど、変わる自分を許せなくなる。
あっさりと忘れられる者はいい。だが、そうでない者もいるのだ。
戦にかり出され、裏切られた者も見てきただろう。死に別れた者も見てきただろう。約束に縛られ、手に入る安らぎを拒絶する者の苦しみだって見てきただろう。
約束は、守っても守らなくても、残酷に人を傷つけうるのだ。真剣に願えば願うほど、叶わなかったとき傷を深くする。当てがないのであれば、なおのこと。
ルカ以上に、多くの人との出会いと別れを目の当たりにしていたはずだ。
ならば尚更、約束の残酷さを知っていたはずだ。あてどない将来を約束する辛さを知っていたはずだ。
正臣が安易に約束の言葉を言えなかったのも道理。
私は、愛されていた。そして正臣さんは私の本気も受け止めてくれていたのだ。
気付いた事実を、何度も何度もルカは噛みしめる。
忘れていた若かりし日々の感情を、何度も掘り起こす。
幼く慕うばかりだったあの頃、ただただ愛情を与えてくれていた正臣を思い出す。
どの瞬間も、正臣を疑えるところなど、なかったではないか。与えられた何もかもがルカのためだったではないか。正臣がついた嘘でさえ、ルカを守るための物だった。いつだって正臣はルカのことを愛してくれていた。
思い返せば、答えはそこにあった。何を自分は不貞腐れていたんだと、目が覚める思いがした。正臣が約束してくれなかったのは、間違いなく彼に愛されていたからだ。ルカの愛を信じてくれたからだ。
誰が待つかといった言葉は、彼の愛の言葉だ。
もし、正臣が待つと言ったのなら、ルカは決して迷わなかっただろう。言い換えれば、迷うことすらできなかったはずだ。正臣がルカに約束をしたのなら、絶対に守ると信じていた。そう思えるだけのものを与えられた。
結果、迷うことを許さない自身の理性に、苦しんだだろう。
彼の本意に疑念がもたげても、ルカは正臣を責めることができず、自分を責め、苦しむ事になったはずだ。ともすれば今以上に苦しんだかもしれない。
時間という物は、記憶を曖昧にする。心を変えてゆく。感情の確かさを信じるには、あまりにも無慈悲だ。
その中で信じ抜くことは、もはや不可能に近い。ましてや十代という、変化の大きな年齢ならば、なおのこと。
込み上げる疑念を抑え込んで信じ抜くのは、きっと心を破綻させる。迷うことを自分に許さない状況ならば、おそらく耐えられなかった。
それは実際にルカが味わってきた苦しみとは、また別の種の苦しみだ。だが、正臣のせいだと詰り、移ろう自分を許して心を保って来たルカには、信じ抜く苦しさは、途方もなく恐ろしい物に思えた。
守らねばならぬ約束ほど、人を苦しめることもあるのだ。
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