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3章
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しおりを挟む私は逃げていた。
わかっていた事実をあらためて思う。そして正臣は、その逃げ道を与えてくれていたのだ。
「待たない」そう言った彼は、確かにルカの未練を断ち切るために言ったのだろう。そういう側面もあったはずだ。だが、きっとそれだけでは、なかった。
正臣なら簡単だったはずだ。恋に浮かれた十九の若造など、簡単にいい気にさせて希望を与えることができたはずだ。なのになぜ、たった一言を言ってくれなかったのか。希望を断ち切ったのか。突き放したのか。
そうせざるを得なかったのか。
甥を見ていて気付いた。正臣は、幼い恋人を突き放すしか出来なかったのだ。
もし、正臣が「ルカは正臣のことなどすぐに忘れる」と思っていたのなら、突き放す必要がなかった。「待っている」と気持ちの良い言葉を吐いて送り出せばいい。
つまり、ルカの気持ちを軽くとらえていたのなら、ルカの心を信じていなかったのであれば、正臣は『待っている』と言ったに違いないのだ。そう言って適当に流せばよかったのだ。そうすれば正臣もルカも、気持ちよく別れられた。その程度のこと、正臣はわかっていたはずだ。
なのに彼は突き放した。
逆だったのだ。
突き放さなければならないと思ったのは、ルカの言葉を信じたからだ。「戻ってくる」と言ったルカの言葉を、正臣は信じたのだ。ルカなら守ると、信じてしまったのだ。
だとすれば言えるはずがない。待っているなどと、彼が言えるはずがなかったのだ。
今までなぜそんな簡単なことに気付かなかったのだ。
血の気が引いて、頭がクラリとする。ふらつく頭とは裏腹に、ずんと腹の奥が重くなる。
吐き気がした。
ルカはあの日の彼の言葉を必死にたぐり寄せた。
『誰が待つか』
彼はそう言った。
『俺は俺の人生を生きる。お前も俺に囚われず、お前の人生を生きろ』
あれは、ルカを捨てたわけではなかったのだ。
今のルカは、それに確信を持って断言できた。
あの言葉はルカのための、突き放さざるを得なかったがための言葉だ。ルカの幸せを願って放たれた言葉だ。
きっと彼は穏やかに別れたかったはずだ。幼い恋を、綺麗な言葉で、さようならと。元気でと。
なのに私が最後まで彼に執着したから。彼はそう言うしかなかった。
きっと彼はルカが長期間帰ってこられないことを、想定できていただろうから。あの頃はルカが思っていた以上に厳しい情勢だった。
私はバカだ。
あの人は、悲しげに笑っていたではないか。きつい言葉なのに、強く突き放すことができなかったあの人の気持ちを、あの微笑みの意味を、なぜちゃんと考えなかった。なぜ今まで気付かなかった。
三十七のいい年まで生きた男が、たった十九の子供の未来を、どうして縛ることができる。
今のルカから見た甥の姿が、あの頃の自分の姿だ。
あの未来に溢れたあの子を、いつ会えるともわからぬのに縛り付ける人間がいたら、許せるはずがない。
そういう事だ。
彼は、言えなかったのだ。約束などできるはずがなかったのだ。ルカを愛していたからこそ。ルカは愛されていたからこそ、正臣がルカの愛情を信じていたからこそ、どうか幸せに生きてくれと突き放されたのだ。
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