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3章
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しおりを挟む「会社の裏庭にさ、サクラを植えても良いかな」
西国に戻って一年ほどが過ぎていた。
ルカが義兄に声をかけたのは桜の苗木が届いてからだ。質問の形をとっているが、完全に事後承諾である。
なかなか帰れそうにない東国の情勢を聞くにつれ、どうしても桜を見たくなったのだ。
東国の品種と限定すると取り扱っているところがなく、いくつも園芸店を回り、ようやく桜を取り寄せる伝手のある店を見付けた。今後のメンテナンスも頼むという契約まで付け、どこに植えるかも話は付いている。
ルカが今暮らしている姉夫婦の家に植えると、そのうち家を出る予定のルカは見えなくなってしまうため、会社にした。
義兄は突然のルカの宣言に首をかしげた。
「サクラとは、どんな物だ」
「サクランボの木だよ。たぶん。でも実は食用じゃないから花木の品種なんだろうね」
こっちへ来て桜を探す内に知った事を簡単に説明する。それを聞きながら、なぜと首をかしげた義兄に、ルカはゆるりと微笑んだ。
脳裏に、正臣と見た満開の桜が誇る。
泣きたいような感傷が込み上げたのを振り切って、なんでもないように続けた。
「……春のひとときだけ、とんでもなく綺麗な花を誇らせるんだ。東国でとても愛されている木だよ」
「へぇ」
「葉もなく花が咲くから、木全体が綺麗なピンク色になるんだ。花が散るときは、ピンク色の雪が降るみたいでね、その間は東国の人たちはお弁当を持って花の下でピクニックだよ。東国の春は、いろんなところがピンクに染まって、本当に楽しそうになるんだ」
この時点でルカが譲る気がないのを察した義兄は、苦笑しながら「会社は責任持たないから自分で手入れしろよ」と釘を刺しつつ、許してくれた。
そうして会社の裏の一角に、桜の若木が一本植えられた。植えたばかりのそれに花などない。貧相な木の棒が埋まっているかのようだ。だが、ルカはそれだけで心を躍らせていた。
この木が大きくなるまでに、正臣の元に戻れるだろうか。桜の花がまぶたの裏に咲き誇る。この木は、ルカにとって正臣に会いに行くという誓いでもあり、彼を偲ぶためでもあった。
彼はルカに何も残してくれなかった。
そのことに気付いたのは、東国を離れてからだ。
ルカはたくさんの物を正臣から与えられた。優しさも愛情も気遣いも。心に残るいろんなものを見せてくれた。桜も美しい料理も、いろんな人との関わりや町の景色も。店の軒先で食べるおやつに、町中に行かないと見られない見せ物、観劇もしたし、芸能も楽しんだ。殆どが一度きりしかできなかったけど、少ない時間の中で、色々なものを与えられた。
けれど心に残るそれらは、どれも消え物や記憶に残るものばかりで、ルカの手に残るものは、なにひとつなかった。
西国に帰ってすべての荷物を片付け終わった時、自身を疑った。
彼を偲ぶ物は何もないなんて、そんなことはないだろうと記憶を探って、愕然とした。正臣は、ルカの手に残る物は何もくれなかったのだ。
写真一枚撮りに行ったこともない。写真を撮りたいと言えなかったのだと思い出す。女装姿は残したくなかったし、男装で撮るわけにもいかない。写真館に誘うには、なんとも言えない後ろめたさがあった。
正臣の情人として暮らすために買った日用品は、全て正臣の家に置き去りとなった。一緒に買った茶碗も箸も、ルカの手元にはない。カフスと一緒に買ったお揃いのマフラーと手袋こそあるが、それは自分が買った物だ。
ルカの手の中にあるのは、正臣との思い出だけだ。
気付いたとき、ひどい人だと、ぼんやりと空を眺めた。その空の先に、正臣がいるのに、詰ることも出来ない。
きっと、正臣は意図して形に残る物をくれなかったのではないかと思った。
忘れろと言われているようだと思った。
だからルカは桜を植えることを決めたのだ。正臣がくれなかった彼との関係を示す形をあえて残すために。
心に残る鮮やかなあの薄紅色の記憶を、形としてこの手の中に残してやるのだ。
だからこの木は、誓いの木だ。
必ず戻るから。首を洗って待ってろよ。絶対謝らせてやるからな。
ルカは棒きれのような桜の木に誓った。
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