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2章

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 ルカは今一度溜息をついた。

「……たしかに敵にはならないでしょうね。あなたは、もう同じ土俵に立つつもりはない様に見えるし。あなたは意地悪だ。でも、私のことを嫌ってはいないように見える。なにより正臣さんのことを大切に思っている。あなたは……彼を心配しているのでしょう? あなたは、私を揶揄する者達とは根本的に立ち位置が違う。絡んでくる意味も。だから私は、あなたにやり返したいとは思わない。あなたは正臣さんを大切に思っているだけだ。……私があなたを嫌うことはないよ。むしろ好ましく思う。自らの足で立つ女性は美しいから」

 わかってるんだぞ、だからこれ以上言ってきても無駄だぞと、釘を刺す。
 まあ、と目を見開いた彼女は、楽しげに声を上げて笑った。いつもの作られた笑みではないそれに、ルカの方が驚いた。

「そんなかわいらしいことを、こんなかわいいお嬢様に言われてしまったら、これ以上の意地悪はできませんわね。残念ですこと」

 コロコロと笑って、彼女はルカを見つめた。柔らかく弧を描いた目元は、今までと違って柔らかい。

「あの方は、いつの頃からか、女性と深く付き合うのはやめるようになりました。結婚をするつもりもないとおっしゃって。……軍人なんて、どんなに偉ぶっても儚いものです。いつ戻ってこなくなるか、わかったもんじゃありません。いろんな人を見てこられた方です。子を残すことが救いになり得ないと、場合によっては地獄にすらなると、思うようになったのだろうと、思ったものです。なのにお嬢様がいらして、諦めていた何もかもが壊されました。……あなたと私と、何が違うのでしょう。そう思うと、いじめてしまいたくなりました」

 彼女の言葉を聞きながら、ルカは俯いた。得も言えぬ申し訳なさが込み上げる。
 よもや、性別が違うなどとは言えない。ルカは賢明にも口をつぐんだまま頷いた。
 いじめられたくはないが、男にとられているのだから致し方あるまいと、本人には絶対言えない納得をする。
 彼女は静かに続けた。

「お嬢様。人は、いつまでも側にいるとは限りません。それは、あなた様が国に帰っても帰らなくても、今のご時世、誰にでも言えることです。先がわかっているか、わかっていないかだけの違いでございます。共にいられる時間を、どうぞ大事になさいませ」

 これは、彼女なりの激励だ。今までの、ルカに言っているように見せかけた、正臣のための言葉ではない。ルカへの励ましだ。
 真っ直ぐと見つめてくる彼女の瞳に、ルカは息を呑む。本当に、なぜ正臣は彼女を選ばなかったのだろうと思った。彼女は、きっと本当に強い人なのだろうと思った。そんな彼女を、ルカはやはり好ましく思うのだ。

「……少しだけ、いいですか」

 ルカは囁くと、自分より小さな彼女をそっと少しだけ振れる程度に抱きしめた。そして頬と頬をほんの少し触れ合わせる。東国の女性に普通に触れ合うのは失礼な気がして、だから、込められる親愛をそっと触れるだけの挨拶に込めた。
 そして、もう会いたくないからこれが最後になりますようにと、少しだけ祈りも込めておいた。

「あなたに、幸せが訪れますように」

「……ふふ、お嬢様も」

 礼をして彼女は去った。
 正臣との関係が人にどう思われようと、正臣さえ受け入れてくれるのならどうでもよかった。彼を傷つけるものでないのなら、それでいい。だから彼の隣から離れるつもりは、一欠片もない。

 彼女の心配なんてくそ食らえだ。ああ、でも、やはり、彼女は毒のようだ。

 ルカは泣きたい気持ちで彼女を思い出す。美しくて好ましいのに、優しさすらルカを苦しめる。
 私が正臣さんと共にいられる時間は少ないのだ。

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