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2章

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「……私が余計なことをルカ殿に吹き込んだために、申し訳ない」

 偽姉と乳母を前にするなり、正臣が深く頭を下げた。

 ルカは無事、偽姉と乳母からの承諾を得ていた。
 ルカと偽姉が同居している現状に関して、三人とも間違いの心配はしていなかったものの、やはりルカ同様、偽姉も乳母もそれなりに思うところがあったらしい。切羽詰まっていた旅路ならともかく、今は安定している。家族同然といっても、同じ屋根の下となると性別も違うこともあり、気を遣う部分も大きい。かといって「家族」を装うのなら一人別に暮らすわけにもいかず、悩ましい部分だったのだ。
 ゆえに、正臣の「情人」になることで家を出るのは良い口実だと言えば、納得してくれた。問題はルカの評判が下がることだが、それはルカが気にしていなかったため、説得するのはそう難しくはなかった。
 他にも問題がない訳でもなかったが、総合的に考えて「一条大佐」という後ろ盾は、魅力的だったのだ。

 だが、そんな裏事情を知らない正臣からすると、偽姉と乳母の了承はまさかの事態だったようだ。
 ルカが承諾を得たことを伝えると、正臣はひどく苦々しい顔で偽姉と乳母の元に謝罪にやってきた。

「お二人は、本当にそんなことを承諾してもいいのだろうか」

「……一条様は、ルカが男である事をご存じなのよね?」

「ええ。しかし……」

「……何か、問題があって?」

「ああ、ルカ殿が悪く言われることが増える。同様に、あなたがたにもその侮蔑の目が行きかねない」

 窘めるように偽姉へ忠告する正臣に、彼女は苦笑した。

「私どもは、その内この国を出る身です。この町での評判はここだけで終わり、ついて回ることのないものですわ。……むしろ一条様のほうこそ、ご迷惑をかけるのではないかと。この子、この町に来て一条様と過ごすのを楽しみにしすぎていて、ご迷惑をかけているのではありませんか? 泊まりにいきたいだなんて、子供じゃあるまいに……」

 正臣といるのが楽しい、正臣はすごいと、家で子供のように慕う素振りを見せたせいで、偽姉と乳母は、完全にルカが正臣に懐いて我が儘を言っているように見えるようだ。
 もちろん正臣の元へ行くためにわざとやったことである。とはいえ、あながち間違いではないため、いざ本人に明かされると、なんとも言えない気恥ずかしさがある。
 ルカは慌てて言い訳をした。

「だって正臣さん、全然時間がないんだから、仕方ないじゃないか……。アンナ姉さんだって、友達とお泊まり会とかしてたじゃないか。義兄さんだって結婚前男同士で夜中まで騒いで飲み歩いたりとか、泊まり歩いたりとかみんなしてただろ」

「そりゃ、友達とだからそんなこともあるけど……」

「……私も、男として気にせず過ごせる場所が、欲しい……」

「……ルカ」

 ずるい言い方だとわかっていた。乳母と偽姉は家族そのものと言っても、血のつながりはない。広くはないアパートの中で、ルカだけが一人部屋を持っている。偽姉と過ちがないように乳母と偽姉が同じ部屋だ。そういう気遣いが常につきまとっているのが現状だ。
 男として気楽に過ごせる場所に行きたいなどと言われれば、むやみに否定しづらくなるだろう。
 口先でもっともらしいことを並べ立て、適当に言いくるめていたルカの言葉を聞いて、正臣が頷いた。

「……なるほど。性別を偽らず男として遊べる場所となると、うってつけなのか……」

 正臣の顔は真剣だ。

 ……男として遊べる場所……。正臣さんが言うと意味深だよなぁ……。

 ルカは真面目な顔で頷きながら、内心ときめくのを感じる。
 正臣の溜息と、いかにも困っている様子の眉間の皺に、ルカは「お願い」と両手を合わせる。かわいく見えるのを知った上での動作だ。正臣が引きつるように顔を顰めた。
 意外に効果があったらしい。勝利を確信した瞬間であった。

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