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1章
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しおりを挟むどのくらい泣いただろう。落ち着きかけては、声を出そうとしてまた涙が溢れる……というのを何度か繰り返して、ようやく、涙が止まったところで、深く息をした。
「……っ、あ、の」
気を抜けばまた涙が出そうになる。けれど、反射的な反応で、気持ちはすっきりしていた。
正臣をチラリと見てから、目を伏せる。
「嘘をついて、ごめんなさい」
散々泣いた末、ようやく落ち着いたルカは、ぽつりと呟いた。
「……嘘だったのか?」
涙をぬぐうように正臣の無骨な親指が頬を撫でる。
彼は、なにが、とは言わなかった。ルカも聞かなかった。
けれど、何一つルカの中に嘘はなかったから、彼の問いかけの意味さえ分からないまま、何度も首を横に振った。
身の上のことでついている嘘もまだある。言えないことに至ってはいくつもあった。今も、自分の立場や目的は、正臣に何一つ言うつもりはない。仮に正臣が知った上で守ってくれるにしても、正臣にまで背負わせる気はなかった。それはルカ自身の問題だ。
どれだけ信用できるとしても、正臣は軍人だ。彼には彼の背負う物がある。ルカは二人を守らなければならない。ルカの抱える事情はルカ一人の問題じゃない。無意味に自分の情報を知らせる気はない。ルカのために命をかけて付き添ってくれている二人をどうでも良いなんて、絶対に言えない。だからこれからも、正臣に逃げている立場を明かす気はない。
けれど、正臣に向ける気持ちに嘘はなかった。彼に向けた好意の言葉も表情も、全て、心からの物だ。
「でも、黙っていた……から……あなたの好意を、利用、した、から……」
「……いくらでもすれば良い」
歯を食いしばって絞り出した言葉は、彼の穏やかな表情と、静かに言い含めるように紡がれた言葉で包み込まれる。
「そんなの、ダメだ……っ」
「お前は、いつかこの国を出るのだろう? ならば、その時まで利用すればいい」
「……っ」
ルカは言葉を失った。彼は、これからもまだ、自分に付き合ってくれるというのか。男だと知ってなお、ぶれない彼の在り方に、衝撃を受けた。
でも、そんなの、ダメだ。
呆然として、首をゆるゆると振る。
だって、彼は軍人で、取り締まる側で……。だって私は男で、彼が好きなのは女の私で……。
「乗りかかった舟だ。最後まで面倒を見てやる」
あたりまえのようにカラリと笑って、軽くそう言ってのけた正臣に、ルカは安堵してしまう。駄目だと思うのに、嬉しさが込み上げる。
また込み上げてきた涙を隠すように、ルカは正臣の首筋に顔を沈めた。
正臣の手が、宥めるようにポンポンとゆっくりリズムを刻むのが、心地よかった。
果たして、この日見に来た紅葉の景色は、ルカの記憶に、全く残らなかった。むしろ、この時何をしに行っていたかすら記憶に残らなかった。
美しいと思ったはずの紅葉は記憶の片隅に追いやられ、思い出せるのは、崖の向こうの青空と、なんのとはいわないが放物線、そして、後にも先にも見ることのなかった、正臣の目を剥いた表情であった。
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