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1章

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 まず目に入ったのは、後ろを向いたままの正臣の後ろ姿だ。だが、何か様子がおかしい。声をかけたのに動かない。
 よく見ると、その肩が小刻みに震えていた。

 ……んん?
 泣いてる? 怒ってる……?
 いや、だがしかし、漏れてくる正臣の喉の音は、違う。そんなんじゃない。これは……。

「くっ、ははははは! そんな成りしてお前男なのか! は、はははは! だとすると何だ? もしかして年齢も詐称か?」

 まさかの大ウケであった。
 訳がわからなくなる。なぜ彼は笑っているのか。なぜ笑えるのか。一瞬ショックで頭がおかしくなったのかとすら思った。
 どう受け取ったら良いか分からず、彼の元に歩み寄れば、正臣もルカに向き合った。

 笑っている。普通に笑っている。ルカの顔を直視するなり吹き出すのはどうかと思う。意味がわからない。
 間違いなく面白がっている様子に動揺しつつ、ルカは躊躇いつつ質問に答える。

「違います。年はホントに十九だし……」

「男にしてはずいぶんと童顔だな」

 クククッと笑いを堪えながら正臣が、ルカの髪をなでつけて顔をのぞき込んだ。

「そう、でしょうか」

 こんな風に近しい動作は珍しい。動揺しつつ、楽しげな正臣の目を見つめ返した。
 馬鹿にされている、とは思わなかった。
 正臣と向き合えばわかる。そこにあったのは、許容だった。
 なぜ、そんな表情でこんな裏切りを軽く笑い飛ばして受け入れられるのか。ルカにはわからなかった。

「……怒って、ないんですか?」

「なぜ? お前が生きるためにしたことを、なぜ怒る必要がある。まあ、笑ってしまったがな。悪かった。あまりにも様になっていて男だなどと疑いもしなかった。容易にだまされた自分がおかしくてな。どうか怒ってくれるな。大変だっただろう……よく頑張ったな」

「……そん、な……」

 なんだ、それは。

 ルカは心臓がつかまれたような衝撃を覚えた。

 あなたは騙されていたのに。なぜ、私をいたわっているんだ。
 どうしてあなたがそんなことを言う。この国の軍人なのに。私はあなたにとって何者かすらわからない異国民なのに。敵かも、しれないのに。
 思いもよらない言葉の数々に、ルカは呆然と立ち尽くした。

 どれだけ考えても、なぜ彼が笑っているのか分からない。なぜ、そんな風に受け止めてくれるのかわからない。なぜ、自分が仕方なくこんな格好をしていると迷わず思ってくれているのかが分からない。騙していたのに、欠片ほども責めてこない彼の気持ちが分からない。

 だって、私は、あなたを騙していて……。

「なん、で、怒らないんですか……」

 予期せず、涙がボロボロとこぼれる。

 だって私は、あなたと別れなきゃいけなくて、嫌われなきゃいけなくて……なのに、そんなことを言われると、私はもっともっとあなたを好きになってしまうじゃないか。
 私は、この国から追われているのに。あなたの側にいたら、きっとあなたにとって不利な存在になってしまう人間なのに。あなたは、それがわからない人ではないだろうに。

「……二人を、守るためだろう」

 ルカは想わず顔を上げた。突かれた核心に、驚きで息が止まる。
 正臣の躊躇いのない断言が信じられなかった。
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