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1章

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 弁当を受け取ってから今度こそ向かったのが桜のある丘だ。

「あまり、人がいないのですね」

「ここは、すぐ近くに寺があるぐらいだからな。そこへ行く者がついでに寄る程度だ」

「寺」

「秋は近くまで子供が栗や椎の実を拾いに来る。桜は、あまり知られていないんだ」

 ずいぶんとマイナーな場所に連れてこられたようだ。人があまり来ない場所で男と二人きりなど、むしろ女なら危険なのではないかと、ルカの脳裏を常識がよぎる。

「君は、俺と人目に付くようなところでは、くつろげないだろう?」

 それは確かにその通りである。
 いや、だが、しかし。
 ルカは何となく正臣の後ろをついていきながらふと顔を上げた。

「……」

 ルカは言葉を失った。
 目に飛び込んできたのは満開の桜だ。
 開けた場所に、立派な桜の木が一本だけあった。

「美しいだろう。周りが緑ばかりだから、なおのこと映える」

「とても、きれいです」

 ルカは立ち尽くして桜を見上げた。これは見応えがある。なぜ誰もここに来ないのか不思議だ。

「多少立派でもここにある桜は一本だけだからな、わざわざ階段を上ってはこないんだろう。だが寺の行き帰りにのぞきに来る者が度々いる。二人っきりにはならないから、安心してくれ」

 ルカの心配を当てられて思わず言葉につまる。心配していないと言うつもりはない。突然襲いかかられる心配はほとんどしていないが、言い寄られる心配ぐらいはしている。
 正臣との関係が現状維持されることは正直なところ悪くない。だがこの先、これ以上の関係に関しては受け入れられない。
 正臣から口説かれている自覚はある。そして男女が二人きりでいる事に気遣われている程度には、正臣も思うところがあるのだとわかる。
 言及されたからには、この際、釘を刺す意味でも聞いておいてもいいかもしれない。

「……正臣さまは」

 ルカは勢いに任せて言いかけたが、いざ言おうとすると、どう言葉にすればいいのか悩む。こんな事を女性がはっきり言って良い物だろうか。だが、ルカは女性の羞恥心はよくわからない。
 言いよどんだルカだったが、正臣が言葉なく促してきて、まあいいかと続ける。

「……私と、体の関係を持ちたいのですか?」

 真っ直ぐ見据えてたずねれば、ぎょっとしたように正臣が仰け反った。

「ずいぶんはっきり聞いてくるな」

 苦笑して言いよどむ様子に、ルカはそのまま見つめることで促した。すると、思いがけず正臣が、クスリと笑みをこぼした。

「いい目だ」

 正臣がまぶしそうに目を細めてルカを見つめかえした。
「え?」


「初めて会ったときも、君はそんな目をしていた」

「あの……?」

「諦めない、不屈の瞳だ。意思と覚悟を持った、いい目だ」

 低く響く優しい声色と、愛おしむような視線に、ルカはどうしたら良いか分からなくなる。
 なんと答えたら良いか分からずうろたえていると、ふわりと彼が笑った。

「静かに下士官を射貫くその目に、俺もまた射貫かれた」

 迷いのない声に、どくりと胸が跳ねる。
 そんなことを聞いているのではないのに、彼の瞳が真摯で、戸惑ってしまった。

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