敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

１章

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「……それがどうして、イチジョウのおかげなの？」

「率先する者がいないと、こんな異国民が住みやすい環境は作られないのよ。イチジョウが先導者なのよ。あたしはそう思ってるわ。彼には信念が見えるもの！　不当なことは許さない、芯の通った男よ！」

　そこまで太鼓判を押されると、返って、彼女の思い込みではという気がしてならないが、とくにルカがなにを知ってるわけでもないため、「そうなんだ」と曖昧な笑顔で頷いておく。

「ああ見えて女に優しいから人気あるのよ。とられないように気をつけなさい。でも自分から粉をかけてるという話は初めて聞いたから……」

　にまにまと笑って伺ってくる彼女に、「来たばかりだから、気にかけてくれてるんだよ」と、躱しておく。
　つい先日、親しくなりたいと言われたことは、この際忘れることにした。

　面倒見のいい隣人はしばらくルカに正臣を勧めつつ、この周辺での情報を教えてくれる。彼女はこの町でもう十年近く暮らしているという。

「異国民の入れ替わりも激しいから、異国民と地元の人たちの諍いも多くてね。できるだけ、間に立ちたいと思っているのよ。私も、この町でいろんな人に本当に世話になったわ。恩を返したいの。今まで苦労してきたと思うけど、先入観だけで軍人を嫌わないでやってね」

　疑りを捨てようとしていないルカに気付いているのだろう。ドキリとしたルカと目が合うと彼女はおおらかな笑顔でポンポンと背中を叩いた。



　先入観、か。

　否定はできない。軍人でなければ素直に感謝していただろう。だが、どこに属しているかというのは、重要なファクターだ。無視するつもりは毛頭ない。
　偽姉と乳母のことがある。自分一人の問題ではすまない。もし正臣を信用して捕まったとしたら、二人にも影響する。そんなこと考えるだけで自分を許せない。少しでも危険な要素は、排除するのだ。
　だから、できる限り正臣には近づかない方がいい、それは決定事項だ。

　しかし、軍の宿舎が近所なのは、今となっては痛い条件だ。
　本来なら、それ自体は大して問題はない。むしろ治安の良さの方が、女ばかりという体で暮らしてるルカたちにとっては重要だ。近いといっても、軍の宿舎から駐屯地までの動線に近づかなければ、関わることはほとんどないからだ。
　しかしそれは、軍人がこちらを意識していなければ、という但し書きが付く。

　軍人がアパートの住民に会いたいと思っているのならば、ちょっと時間を調整すれば、会う頻度は劇的に上げられるということだ。

　つまり。

　正臣との遭遇率の高さに、ルカはおののいていた。