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1章
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しおりを挟む現状において異国民がこの情勢で国を出るのは不自然ではない。ただ、大きな客船は金持ちが優先される。そしてルカは、客船の一等船室を押さえられる力を持つ、紛れもない金持ちであったが、今回その力を使うと、軍部から身元を精査されかねないため、客船での出国は除外された。
一般の異国民が国を出ようと思えば、貨客船だ。それであれば、都以外の港からも多くはないがそれなりの数が出航する。都まで足を伸ばさなくても地方の大きめの港から出国できるのだ。
この町の近くの港町もその一つだ。そしてまさに今のルカたちと同じ一般の異国民が、出国するためにこの町に滞在している。
ルカがこの町で目立つといっても、滞在用に借りたアパートは、異国民街と呼ばれる一角である。西国風の様式で建てられたその集合住宅に住むのは、半数以上が異国民やその関係者で占められていた。それぞれが、住民の目、軍人の目にさらされてはいるものの、取り立てるほどではない。
異国民の中に埋もれている状況に紛れ込んでいるため、あまり神経質になる必要はないのだ。
それでも気をつけなければならない。その上で、このままゆるく監視程度の立場で過ごさなければならないのだ。
*
状況は嫌というほどわかっているが、質の悪いナンパから助けられたあと、ルカは今日もまた正臣に家まで送り届けられていた。
それに感謝の言葉を返しながら、硬派な顔つきをチラリと盗み見る。
目が合えば、思いがけず正臣の目元が和らいで、ルカは息をのんだ。
「何かあればいつでも声をかけてくれ」
「そう言っていただけると頼もしいです」
正臣の在する駐屯地と宿舎まで教えられて、彼の本意がどこにあるのか計れないまま、なんとか微笑みを浮かべてそう答えた。
とはいえわざわざ会うつもりはない。一応恩人といえども所詮軍の犬だ。
ルカはそう自分に言い聞かせる。
もしこの男に何か思惑があったとしても、私に手を貸してくるというのなら……利用してやればいい。
もしかしたら異国の美女とのひとときの火遊びに興味があるだけで助平なだけかもしれないし、国外に出ようとしてるのは隠すつもりはないため、なにかを怪しんで監視しているだけかもしれない。
だが、どちらにしろ、今のところは彼の手助けが役に立っている。
軍人なんか、利用すればいいだけだ。
信用する気なんかない。仮にただの善意だとしても、これからももし声をかけてくるというのなら、利用してやる。それに躊躇いなどない。
「いつも助けていただいてばかりなので、三度目がない方がいいのですが」
にっこりと笑って、やんわりと拒絶すれば。
「……つれないな」
ふっと正臣が目を細めた。小さな微笑みになぜかルカの胸が一つ跳ねた。
「俺は、君と親しくなりたいと思っているのだが……迷惑か?」
「あ、の……」
「君たちがこの国を出るまでの僅かな間、守る権利が欲しい」
「……は?」
なに言ってんだ、この男……と、思ったところでルカは思い出す。
そうだ。いま、私、美女だった。
正臣がルカの手を掬うようにとって、その指先に口付けた。
「考えておいてくれ」
返事を返す間もなく、彼は立ち去る。
は? 意味がわからない。あんな、女には興味ありませんみたいな顔をしておいて、あんな……。思いっきり手慣れてるじゃないか。
だから言ったでしょう、ナンパだって。
偽姉の声が、頭の中で響いた。
監視する口実かもしれないだろ!!
心の中で反論したが、あのいかにも硬派といった感じの正臣がハニートラップを仕掛けるように思えなかった。いや、実直だからこそ手段を選ばない、という可能性も捨てきれないが、なぜか、そうは思えなかった。
だとしたら。
私、男なんだけど、バレたらやばくない……?
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