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1章
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しおりを挟むここには親しい者はいない。多少の一人歩きはしようのないことであった。
確かにルカの方にもなんとかできるという楽観視もあったが、あえて指摘されると苛立つ。思わず正臣を睨んでいた。
「……母が、体調を崩しまして、……一人で置いておくわけにはいかなかったのです」
「姉君では、ダメだったのか?」
しおらしく答えてやり過ごそうとしていたが、窘めるような正臣の言葉にルカはピクリと反応した。聞き捨てならない言葉だった。
「姉なら、危険にあってもいいと?」
「そうではない。ただ、君よりは目立たない」
「ですが私の方が姉より強いです。私はこの見た目です。護身術を学んでおりますし、小柄な姉より遙かに強い。理由があってしていることです」
考えなしと言われたように感じ、女装していることも忘れて、思わず声が低くなる。
しおらしくしなければということも忘れて、きっぱりと言い捨てれば、正臣が目を見張った。
「……申し訳ない。事情も考えず、君を見くびっていたようだ」
一瞬の逡巡のあと、彼は躊躇うことなく頭を下げた。
軍人が、頭を下げた? こんな年上の、身分もある男が? 小娘相手に? こんな些細なことなのに自分の非を認めた?
この国の男は、女に頭を下げることをほとんどしない。自分たちが正しく女は愚かだという価値観が染みついているように思う。それは西国より顕著だ。男の中でも年かさのいった者は特に年齢を笠に着る。若い者の言葉は聞くに当たらない。度々そういう場面に出くわし、不愉快に思うことがあった。地位のある軍人なら尚更だ。
正臣はルカを見下す要素をどれも兼ね備えている。だからこそ、ルカは彼の態度に動揺してしまった。
「……あ、いえ……。私こそ、感情的になってしまいました」
「いや、当然だろう。家族のために最善を考えた君を、考えが及んでいない前提で話をしていた。腹立たしく感じるのは当然だ」
殊勝な彼の様子に居心地が悪くなる。正臣が非を認めているのだから溜飲を下げて満足すれば良いのに、己を偽っているルカとしては、正臣の率直で誠実な対応が、どうにもいたたまれなかった。
この男は、この国の軍人だ。信用してはならない。親しくして挙げ句捕まるなどもってのほかだ。ルカには、偽姉と乳母を西国に連れ帰る義務がある。
頭ではそう思うのに、この、ルカの年齢の倍近いであろうこの男が、かっこよく見えてしまうのだ。話しやすいと感じてしまう。頼って良いような気持ちになってしまう。真っ直ぐに自分を認めてくれるその言葉は、気を張ったルカの日常において、とても気持ちのいいものだった。
そう感じてしまう自分が、あまりにも単純すぎて情けない。
この嘘のない、無骨で飾り気のないのに優しい言葉は、嬉しくて、居心地が悪かった。
軍人とルカの立場は、決して相容れないというのに。
この人が軍人じゃなかったら、もう少し信用できたかもしれないのに……。
心の中で小さく呟いた。
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