運命の痔

水瀬かずか

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4 痔と決別のとき(ケツだけに。

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 目が覚めると、王様の腕の中だった。
 は? なに、この状況。
 めっちゃ男前の顔が目の前にある。男の腕枕で眠るという、大変貴重な体験を致しまして候。いや、そもそも、ケツ掘られて気持ちいいという経験も、甲乙付けがたく……。いや? そもそも待って? 痔が聖痕だったって言う事自体が一番のちょっと待って案件な気も……?
 まあ、一生分でも有り余るぐらいのあり得ない事態に遭遇したのは間違いない。
 しかし、気持ちよかったなぁ……媚薬すげぇ。
 俺、もとの身体に戻れるのかしら。と、ちょっと頬に手を当てて考えてみる。今なら俺、おねぇに成れる。

 ……と、目の前の男前の目が開いていた。

「あ、おはようございます」

 ごちん。
 あわてて礼をした拍子に頭突きをかましてしまった。うっひょお! 不敬罪での死刑案件もう一個追加!!

「すすすすんません!」

 慌てて、とりあえず王様の額を撫でてみる。が、額を撫でていた手はぐいっと押しのけられた。

「………いや、いい」
「うわぁ! 勝手に顔触って、すんません!!」

 失敗にまみれすぎて辛い。

「いや。お前、……身体は、割と大丈夫そうだな」
「へ? あ、ああ、そうですね、どっちかっていうと、快調です」

 たぶん。身体起こしてないからわかんねぇけど、何となく気分良い気がする。

「そうか、よかった。それで、これからのことだが……」

 男前が淡々とした感じで話ながら身体を起こす。
 その様子になんか妙に王様との距離を感じて、それはおかしいことではないのに何となく複雑な気分になりながら、俺も身体を起こす……そこで気付いた。
 今、俺、ケツに痛みを感じなかったよ……?
 慌てて手を尻の穴に伸ばす。迷わずずぼっと突き刺して確信する。
 ない………なーいー!! すげぇ!! あれだけ治らなかった痔が!! この二十余年付き合い続けてきた痔が!!
 感動に打ち震えている横で、言葉もなく悶絶している王様の姿が見えた。

「だ、大丈夫ですか?」

 これはもしかしなくても、俺が毎朝襲われてた痛みを感じてるとみた!

「ぐっ、痛っ、こ、これが、聖痕、かっ、ついに、ついに私は聖痕を手に入れた………ふははははは……うぐっ、力を入れると尻が痛い、だと……?!」

 そうなんだよ、その痔は、朝起きたときとか、めっちゃ痛むんだよ!!
 変に身体に力が入らないように王様を支えながら、王様に痔を移したのだと思うと、ほんの少しだけ申し訳なくなった。

「……そうだよな、慣れないと日常生活の力加減、辛いよな。わかる。……陛下、ほんと、ありがとうございます、それ引き受けてくれて」
「……いや、私が望んだことだ。……お前は、毎日この痛みを抱えていたんだな」
「大丈夫っす、良い薬持ってるから!! 俺、塗ります!」

 痛みに固まっている王様を問答無用で横向きの状態で寝かせると、自前で持ってきていた痔の薬を引き寄せる。

「ちょっと、我慢してくださいね、これだけでだいぶ緩和されるんで……」

 初めての苦しみだろうから、たっぷりと指に付けて、そっと痔に塗り込んでゆく。

「……できればその行為は、やられるよりやるだけでいたかった………」

 丸まった王様がぼそぼそなんか言ってるけど、最後に聞こえた「痛かった」という言葉に頷く。

「分かります……望んでいたとはいえ、この痛みは辛いですよね……」

 申し訳なさに、少しうなだれながら、ちょっとでも王様の痛みが軽くなるように祈る。
 でも、もう俺は痛くない。すばらしい。王様には感謝しかない。だから誠心誠意、心を込めて塗り塗りする。

「はい、塗りおえました。身体、起こせますか?」

 俺に支えられながらゆっくりと身体を起こした王様は、少し悲しそうな顔で俺を見る。

「お前は、良いヤツだな……」

 そして泣きそうな顔をして少し顔をしかめてうつむいた。

「いえ、陛下ほどでは……」

 この痔を引き受けてくれた陛下には負ける。その慈悲深さには感謝しかない。痔を掘られると思ったときは死ぬかと思ったけど、実際は痛いよりも気持ちよかったし、高級媚薬使ってくれたし。

「……っ、なぜ、お前はそんなにも……」

 こっちは結構本気で感謝しているのに、どうやら王様の方も俺に対してなにやら罪悪感を持っているらしい。王様は俺の顔を見てから、顔を背けるようにしてうなだれた。

「薬を塗られるだけでも、こんなにも痛いんだ……昨夜、私はそんなお前を苦しめたのではないか? 大丈夫だと約束したにもかかわらず、私はこらえきれず、お前に無理矢理ねじ込んでしまった……。聖痕を奪い、痛みの中お前を押さえつけ……。私はお前には恨まれても当然のことをした。なのに、なぜ、こんなに優しくする……」

 その心持ちは、出来れば、詰め所に押しかける前に、是非とも持っていただきたかった。……とは、思っても口にはださない。相手王様だし、逆ギレされたら怖いし。かわいそうだし、落ち込んでるのみるとなんかこっちも悲しくなるし。
 というわけで、俺はできうる限りの優しい声を心がけた。

「……逆です。俺の苦しみを、陛下に押しつけてしまったのは俺です。なのにそんな風に言ってもらえるだけで……」

 たいして痛くなかった、気持ちいい方が断然上だったとも絶対に言わない。今、俺は不敬罪になるかならないかの瀬戸際にいるのだ。痛いのをこらえていたことにすれば、たとえ諸々で不敬罪を問われてもきっと恩赦の道が開けるはず!! 王様に「コイツ、良いヤツ」とこのまま思ってもらう必要があるのだ。などと計算する心の片隅で、王様に嫌われるようなことは言いたくない自分から目を背ける。これは計算。自己保身。王様を気遣って言ってるわけじゃない。もう二度と、会えない人への好意なんて持っていてもしんどいだけだから。
 王様の目的は聖痕。それが移ったんだから、俺はもう用無し。
「次」も「また」もないさよならを目前に、何となくこみ上げてくる重っ苦しい感情には気付かないふりをして、良いことだけを数えて、バカみたいにへらへらと笑う。

「……お前は、優しいな」
「優しくなんか……陛下には、感謝しか、ないです……」

 これは本当のことだ。昨夜だって気持ちよかったし、過ごした時間は楽しかった。ケツは思ったよりも痛くなくなったし。それに今は王様が目の前にいて気遣うようにこちらを見てくれる。最初で最後の一度きりの経験。楽しまなきゃもったいないだろ。今の状態が幸せじゃないなら、何が幸せって言うんだ。勝手にこぼれる幸せの笑みを王様に向ければ、王様はまぶしそうに目を細めた。
 俺のやるべきことは終わった。なんか寂しいとか、気のせい、気のせい。
 





 その後、変わったことがいくつかある。
 痔が治って日常生活が非常に楽になった。反面、俺の異常な強運が陰りを見せ始めた。
 人に言わせると俺は結構な強運の持ち主だったらしい。自分では自覚なかったけど、なくしてみて初めて気付く。
 今まで俺がやったのが「正しいこと」であれば、大抵いい方向に転がるのがあたりまえだった。王様の前であれだけ強気でいられたのも、そこんところの「俺は大丈夫」っていう変な自信があったからだ。
 そんな感じで強運って言われ続けてきたのが人並みになったらしく、今はちょっとしたことでいろいろ苦労している。意外と思い通りにならなくて「アレ?」と思うことが増えた。それはやっぱり、痔が本当に聖痕だったって事なのかもしれない。
 ならそれは、王様に渡ってきっと良かったのだろう。良い事したら良い方向に転がっていくっていう力は、偉い人が持ってた方が良いに決まってる。悪い事したら、めっちゃ痔が酷くなるし。悪い事したら地味に痛くて何もやる気起こらなくなって、必然的にやってた悪いことが頓挫しちゃうんだよなぁ。
 日常生活は、すごく楽になって、少し不便になった。
 それから何となく、毎日がつまらない。

 一晩だけ、だったのになぁ……。
 王様とゲラゲラ笑いながらベッドで転がってじゃれたあの日の事が忘れられない。
 なんだか、すげぇ楽しかったのだ。すごく幸せだった気がする。過不足なく満ち足りてたような感じがする。王様と離れてから、心の中が何となく欠けてしまったような感じだ。
 男が好きとか、そういうのはなかった筈なんだけどなぁ。気持ちよかったせいで、ほだされたのか。女の子は相変わらずかわいいと思うし、見てる分には目の保養だ。制コンだって心躍るけど………興味が湧かない。
 なんでかなぁ。

「……王様に、会いたいなぁ……」

 誰もいないところで、一人こっそりとつぶやいた。

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