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ぞわ、とした。
嫌な、ぞわ、じゃない。
背骨を撫でられてるみたいな、体の内側からくるような、甘いぞわぞわ感。
さっきはびっくりして気を失ってしまったけど、今度は大丈夫だった。
大丈夫だけど、意識がはっきりしているぶん、唇の感触も鮮明、で。
心臓が、バクバクする。
ちゅ、ちゅ、と両頬に口づけられている間、俺は馬鹿みたいに目を丸くして、ぽかんと口を開いていた。

「ふ……♡」

甘い香りを残して、シルヴァンが離れていく。
胸がどきどきして、頭がふわあっとして、すごく気持ちよかった……♡
思わず「もっと」とねだってしまいそうになり、慌てて唇を引き結ぶ。
バカじゃね、俺。
これはそういう意味のキスじゃない。
親愛と感謝のキス。勘違いしちゃいけない。
分かってるけど、変に意識してしまって、シルヴァンの顔がまともに見れない。下を向いて、黙りこんでしまう。
シルヴァンも、何もしゃべらない。
沈黙が流れる。でも、気まずい感じはしない。俺だけそう思ってるのかもしれないけど。

ーーーリィン

涼やかなベルの音が、部屋に響いた。
天井から声が降ってくる。

「シルヴァン様、入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ゼインか。どうぞ、入って」
「失礼します」

重厚な扉が開き、ティーセットを載せたトレイを手にした男が入ってきた。細いシルバーフレームの眼鏡をかけ、黒いスーツを身につけている。
スーツ、と言っても俺が知っているビジネススーツではなかった。シルヴァンの王子様的な衣装と同じように、ファンタジーめいた装飾や刺繍が、あちらこちらに施されている。

「ゼイン、シエルが目を覚ました。やはり彼はほんものだ。あの文字を読むことができたんだ。私たちの救世主だよ」
「そうですか。それは喜ばしいことです」

ちっとも嬉しくなさそうな顔で、ゼインは俺を一瞥した。眼鏡の奥の瞳に、疑念の色がありありと浮かんでいる。

「お茶をどうぞ。それから、間もなくアポイントメントのお時間になります」
「ああ、ありがとう。シエル、こちらはゼイン。私の秘書だ。代々我が家に支えてくれている」
「あ、よ、よ、よろしく、お願い、します」
「……」

ゼインの片眉が微かに動いた。
あ。この反応。
ほとんど表情には出ていないけど、俺には分かる。
「うわ、何こいつ、キモ」って思われてるときのやつだ。
慣れっこになったはずなのに、それでも毎回いちいち傷ついてしまう、俺に対するごく一般的な態度。

「……よろしくお願いいたします」

無視されなかったことに感謝だ。
ゼインは無表情でティーセットをサイドテーブルに並べていく。

「シエル、もうすぐ客人が来るんだ。応対してくるから、お茶を飲んで待っていて。すぐに戻るからね」
「は、はい……」
「それじゃあ」

ゼインが入ってきた扉からシルヴァンが出ていく。
紹介されたばかりの秘書と二人きりになる。
き、気まず、い。
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