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3章 変化の時

どうして

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 近すぎる殿下の顔を直視できません。心臓が跳ねて、うるさいです。こんなみっともない所を誰かに見られては、私の矜恃というものが崩れてしまいます。

「貴方は素晴らしい人です。この国の令嬢の中で誰より努力し研鑽している。」
「殿下…?」
すると殿下は壁際に私を追いやり、伸ばした腕を壁に叩き付けました。乱暴な所作に見えて、音はなく優しく、私はその腕の中に囚われ、殿下を見ることしかできません。脈打つ速度がどんどん早くなっていくのを感じます。

「自己肯定感というものが低すぎるのです。もっと自信を持つべきだ。貴方は…」
一気にまくしたてたと思ったら、殿下はそこで言葉を切ります。苦々しい表情を浮かべ、目をふっと逸らしました。

「っ貴方は、両陛下に認められた人間なのですから。」
どうして、その言葉が喉を出る事はありませんでした。静寂と殿下の苦しげな表情が、一層気まずさを引き立てます。


どうして、私なんかに構うのですか。
どうして、そんなに優しいのですか。
どうして、婚約のお話を出したのですか。

どうして…

疑問は底をつかず、湧き出るばかりです。それでも、言葉になりませんでした。何故なのかは、自分でも分かりません。ただこの異質な空間のバランスが私の言葉によって崩されるのは避けたかったのです。

「どうして、という顔をしていますね。」
 きっと今私は虚をつかれたような表情をしているのでしょう。まるで心を読まれているかのようでした。ですが、湧き出る疑問の答えは一つに集約されているのは分かっています。

 殿下が、お優しいからです。

 殿下は婚約者に捨てられた私に同情して、ここまでしてくださるのです。現に婚約の話を了承したとしても私は候補に入るだけ。それだけで傷物イメージの払拭には充分です。後は殿下自身が選んだ女性を妃に選ぶのみ。私の事は一時の厄介者として記憶の片隅に置いておく。そうすれば、皆幸せです。

「…殿下は、こんな私にもお優しいのですね。」

 ぽつりと零れた言葉は、思考をダイレクトに反映させていました。ハッとして取り繕おうとすると、殿下はまた一段と顔を苦しげにさせます。

「兄上には、貴方を侮辱する資格などない。」
ふと、壁に叩き付けられた腕の反対。左手が私の頬に伸びました。触れられると思ったのも束の間、それが成される事はありません。

「だが私も、こうして貴方に触れる資格さえない。」
殿下がだらりと両腕を下ろし、踵を返したように来た道を戻ろうとします。突然の終わりに戸惑っていると、殿下は最後に一言だけ呟いたのです。

「必ず、正々堂々迎えに行きますから。」

その意味は分かりませんでした。
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