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第0章 【グラン・ゼロ・ストーリー】

第0章18 【強欲の権限】

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「おわっと……!」

 勢いよくこちらに飛んできたヨミさんを、素早い身のこなしと回転で受け止めます。

「うわ……」

 上半身がほぼ半裸のようなものですから、傷口から溢れ出た血がべっとりと私の手に付着します。あんなに強かったヨミさんがここまで……?

「だ、大丈夫ですか!?」

ヨミ「死んではおらぬ……お主ら、一旦撤退じゃ……」

ラウス「撤退って、何があっーー」

 それ以上の音は響いてきませんでした。

 突然、辺りが真夜中のように暗くなり、音もなければ光もない。本当に何も無い空間へと変わってしまいました。腕に抱いていたはずのヨミさんもいません。

 何が起こったのでしょうか?

 言葉を発しようにも、水の中で溺れているみたいに声が出ません。どこ?とか助けてとか、それらしい言葉は一切出せないのです。それどころか、自分の腕や足、体の隅々まで暗く覆われていて見えないのです。

 暗黒空間。そう言い例えましょうか?

 私は、完全に別の世界へと隔離されてしまいました。いえ、されてしまったのでしょう。詳しいことは何も分からないので、確信を持って言うべきことではありません。

 どうすれば……。

 何度も確認しているように、ここは音もなければ光もない世界。何かをしようにも、自分の体を動かしている感覚がないのです。そんな状況下で、一体私に何をしろと言うんですかね?

 ……

 ……

 ……そうだ。魔法なら使えるのでは?

 魔法は、イメージの塊であるとヨミさんは説明していました。詠唱をするのは、そのイメージをガッチリと固めるためのもの。なら、イメージさえ固めてしまえば、詠唱は要らないはずです。

 ……何も見えない空間ですが、私はこの真っ暗な空間を照らすイメージをします。暗闇の中から、まるで壁に入った亀裂のように光が差し込む。そして、その亀裂はドンドン大きくなり、やがてはこの空間に大きな光をもたらす。大丈夫。やれるはずです。

 ……照らせ、私の世界を。カラーペイント・シャイン!

「っ……」

 心の中でその呪文を唱えた途端、瞼の奥に激しい痛みが走りました。その次の瞬間、私は自分の体の感覚を取り戻し、ゆっくりと瞼を開くことができました。さっきの痛みは、どうやら急な明るさに目がやられてしまっただけのようです。

 目の前には、ヨミさんが心配そうにこちらを見つつも、敵を警戒するかのような素振りを欠かさないでいました。

ヨミ「っゼラ!」

 ヨミさんが若干の血に塗れた羽織りと一緒に、こちらに抱きついてきました。

 ほら、やっぱりヨミさんは寂しがり屋なんです。口には出さなくても、態度に現れすぎですよ。お調子者のツンデレさん。

「ヨミさん、何があったんですか」

ヨミ「奴の仕業じゃ。この街におる者全員に影魔法を使って来おった。妾は一瞬で脱出できたが、お主を除いた奴ら全員、まだこちら側に帰って来れてない」

 ヨミさんは私の後ろを指すように顎を向けました。私が確認するように後ろを見ると、そこにはぐったりと倒れる、ラウス、モルガン、シャウトの3人の姿がありました。

「ヨミさんの力で治せないんですか?」

ヨミ「残念じゃが、自力で脱出する以外の選択肢はない。妾にも分からぬ魔法なのじゃ」

 ヨミさんでも分からない魔法……。流石はあの島で待ちぼうけをしていた私に気づかれず、宝を持ち去っただけのことはあるようです。でも、相手が影だと言うのなら……

「聖属性か光属性の魔法でどうにかできるんじゃないですか?」

ヨミ「妾も奴との戦いでそれをやった。狙いは悪くはなかった。じゃが……」

「……?」

「やるのであれば、この世界全てから"影"を無くさねば、な?」

 突然、背中がゾクリと震えました。すぐに後ろを振り返りつつ、3歩くらい後ろに下がりました。

 目の前には、真っ黒なローブに身を包んだ男が1人、真っ黒なオーラを出して立っていました。

ヨミ「アクセイ。今回の標的じゃったが、妾の計算が狂いまくった相手じゃ」

「ボスってことですか……」

 ヨミさんが若干の震えを出しているように、私もまた、男が出すオーラに圧倒されて、足をガクガクと震わせていました。

 初めての感覚です。まだ、何も知らないはずの人を前にして、ここまで"恐怖"を覚えるなんて……ヨミさんは計算が狂ったとか言ってましたが、そんなの当たり前ですよ。こんな男、ここに存在していいはずの人じゃありません。

アクセイ「俺はこの世界全ての影を支配する。お前らに抗う術はない」

ヨミ「ちっ、よもや、妾がここまでコケにされるとはな」

 ヨミさんは何だか苦しそうです。多分、意識が無くなった私たちを守るために、1人で必死に戦ってくれたからです。それを表すかのように、魔法で治せてはいても、所々にうっすらと怪我の痕が残っています。

 ……力が欲しい。今、1番欲しいものと聞かれれば、私は間違いなくそう答えます。ヨミさんが勝てない相手なら、私が勝てるはずはありません。でも、力さえ、力さえあれば、私にだって……

ヨミ「ぅ゛っ……!」

 と、戦いから意識を逃してしまった瞬間に、目の前のヨミさんからたくさんの血が吹き出ました。胴をザックリ斜めに斬られてしまったのです。

 ヨミさんは、そのまま力尽きたかのようにぐったりと倒れます。あれだけ戦い続けたのです。むしろ、ここまでよく戦えたといったところでしょう。

 今、ここで戦えるのは私1人。正に絶体絶命な状況です。この状態でも入れる保険があるなら入ってみたいですね。

アクセイ「後は、お前ただ1人か……」

「っ……」

 圧倒的な恐怖が全身を覆い、私から"戦意"というものを失わせにやってきます。

 ……ここで白旗を振れば、彼は見逃してくれるでしょうか?ここで尻尾巻いて逃げてしまえば、みんな助かるでしょうか?

 ……

 ……

 ……考えるまでもありません。ここまで来てしまった以上、彼は私たちを必ず殺すでしょう。まさか、情けをかけてくれるとか、そんな事は無いはずです。

 楽しく、短い人生でした。思えば、5年前のあの島で、瘴気による謎の事件がきっかけで1人、島で細々と暮らし、そこにやって来たラウスたちによって、私は外の世界に飛び出すことが出来た。世界中を回って、友達だって作ることも出来た。悔いは……多分無いです。まあ、こうして走馬灯が見えるくらいですからね。

 ……ただ、1つだけ、もう1つだけ叶えたい欲望があるとすれば、この先の人生も、みんなで楽しく、笑っていられるような冒険をしたかったことくらいですかね。

アクセイ「死ぬ覚悟は決まったか?」

「っ……っ……」

 あれ?おかしいてすね。目から涙が溢れて溢れて止まりません。死ぬ覚悟は出来た……はず……

 いえ、違います。死にたくない。そう、私の心が叫んでいるのです。死にたくない。もっと、もっと楽しいことをしたい。こんなところで、死にたくない……

「うっ…………あっ……!」
『システム・オープンコール。指定ヒューマノイドIDZ001。指定コーディネート管理者IDGreed。セキュリティロック解除。強欲全権限解放』

 突然頭にやってきた強烈な頭痛と、脳裏に響いてきた謎の呪文。何が何だかよく分かりませんが、とてつもない力を手に入れたような感覚になります。

 もしかしたら、これは神様がくれたかもしれないチャンス!?だとしたら、逃す訳にはいきません……!

「管理者権限・強欲の杯!」

 私の知らない魔法も含めて、この世界に存在する全ての攻撃魔法をアクセイに向けて一点照射!かなりの轟音と共に、アクセイが空へと吹っ飛びました。でも、ギリギリで回避されたのか、ダメージはあまり入っていません。でも……

 自分でもびっくりするほどの威力です。ヨミさんでもここまでのものを見せてくれたことはありません。

「……これはチャンスです!強欲の杯!」

 もう一度、さっきと同じ攻撃魔法を空にいるアクセイに向けて放ちます。影のない場所では自由に動くことが出来ないアクセイは、そのまま攻撃を諸に喰らいました。

「まだまだです!強欲の鐘!」

 空に響き渡る栄冠の音。私に勝利をもたらしてれる女神の音。負けなんてありえない。どう足掻かれても勝ちにしかならない私の勝利欲!

「大人しく降参してください!グランスキル!エクストリームブラスト!」

 空を舞う1つの影に、私はありったけに強化された最高威力の魔法を放ちました。

 影は、太陽かみさまに燃やされたかのように消え、跡形もなく消え去ってしまいました。殺した感覚はないのに、まるで殺してしまったかのように見えたこの情景。少し、複雑な気分になってきます。

 ……欲しいものを何でも手に入れる力。なぜ、私にこんな力が現れたのでしょうか?うーん……ヨミさんのお陰ですかね?よく知りませーー

「……あれ?」

 急に体が動かなくなり、私は地べたへと倒れ込んでしまいました。そういえば、ヨミさんも戦った後はよくこんな状態になっていましたし、もしかして私もヨミさんと同じ状態になってるんですかね?

 ……へへへ。ヨミさんと同じ。それなら、全然平気ですね。ヨミさんと同じ力を手に入れられた。それが、とても嬉しくてたまらないです。

「ふんっ……!」

 と、気を緩めてしまった時でした。

 私の影からアクセイが現れて、真っ黒な刀をこちらに振り上げてきました。全ての時がゆっくりになったように見えて、私は本当の死を覚悟しました。

ヨミ「管理者権限!怠惰!」

 目を瞑り、振り下ろされる刃の痛みに肩を震わせていた時、ヨミさんの声が聞こえて、アクセイはその場で固まってしまいました。

 たった一瞬の出来事。私はこの瞬間に、本当の死を覚悟した。でも、生きている。運を使い果たしたと思ったのに、まだ生きてる……。その事が嬉しくて、思わず涙を流してしまいました。

ヨミ「これしきのことで泣くとは、子供かお主」

「っ……っ……だって……だって……」

ヨミ「生きておるではないか、ゼラ。その事に、素直に喜べ」

 私の前でしゃがみ、こちらに手を差し伸べてくれるヨミさん。その手を取り、私は疲れきった体を踏ん張らせて立ち上がります。

ヨミ「最初からこうしておくのが正解じゃったな。時間停止が効かぬから、てっきりこっちのも無駄じゃと思ってしもうたわい」

 ヨミさんは私の後ろの方に向けてそう言います。後ろをチラと見ると、未だ固まったままのアクセイがいました。私の攻撃でボロボロになってしまったのか、黒いローブの所々が破れ落ち、白い肌を露わにしていました。

 ヨミさんは、私の手を握ったまま、アクセイの顕になった肌に触れ、ブツブツと何かの呪文を唱えました。すると、アクセイの肌から金色に輝く大きい(?)石が現れました。もしや……

「これがグランストーン?」

ヨミ「じゃろうな。ただの人間がここまでの強さを手に入れられるわけがない。何か、カラクリがあったと思ったのじゃよ。まあ、それを解明する前に、一時戦闘不能にはなってしもうたが」

「私のお陰……ですよね!?」

ヨミ「……そうじゃな」

 あ、今ヨミさんが初めて笑顔を見せてくれました。ちょっと照れくさそうにしてますけど、今のは絶対に笑顔です!

ヨミ「さてと、そろそろ帰るか。そこの約立たずどもを起こして……っ!なんじゃこれは!?」

 どうやら、物語は簡単に終わらせてくれないそうです。

 私たちが眠るラウスたちの元へ行こうとした瞬間、金色に輝いていたグランストーンが、ヨミさんの体内へと溶けるように入っていきました。
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