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外伝 【白と黒の英雄】

外伝5 【獣と龍】

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「終わった......何もかも......終わった......」

 目の前にしゃがみこんでる少女が、先程からずっとこの言葉を繰り返している。まるで、洗脳波を出しているかのように。

「あのぅ......、そろそろ顔、上げてくれないかなぁ?」

 この龍人を追いかけてきたらしい獣人の少女も、ずっと同じ言葉を繰り返し放っている。

「如何致します?デルシア様。罰を与えるなら早めに指示してください」

 そうは言われても、私はこの人達のことを何も知らない。ただぶつかっただけで罰を与えるというのも......。

「殺される殺される殺される......」

 言葉が変わったかと思えば、似たような内容の言葉のまま。まともに話せそうにない。

「とりあえず......、ガンマさん達が戻ってくるまで、このまま......ですかね」
「殺される殺される殺される殺される......」

「そうですか。了解しました」
「殺される殺される殺される殺される......」

 なんかうるさくなってきた。何を話しかけても聞く耳はないし、このまま「殺される」と連呼されても、どうしようもない。

「殺される殺される殺される殺されーー」

 声が聞こえなくなった。遂に、話ができる状態になったのだろうか?いや、どうせまた、別の言葉を連呼しだすに違いない。

「あぁ痛ってぇ......。お嬢の言葉を聞いてると、頭が痛くなるぜ......」

 突然、龍人の少女がまともな言葉を話し出した。

「あ、あのぅ......」

 突然のことに驚いたのか、獣人の少女が恐る恐る近づく。

「ああ、悪ぃな嬢ちゃん。お嬢は時々こうなるからな。うん。理解はしなくていいぞ」

 突然、何を言い出したのだろう?お嬢は時々こうなる?まるで、親が自分の子がどんななのかを説明しているみたいな話し方だ。

「誰?あなた。どう考えてもさっきまでの子じゃないよね?」

「あぁ......、簡単に言うとこいつの中に住んでいる別人格......というよりかは別の魂だ。まあ、理解できねえだろうが、じゃあな」

 そう言って、逃げ出そうとしたのをイグシロナが捕まえる。

「どさくさに紛れて逃げれるとでも思いましたか?皆さんの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せれませんよ?まるで、人格が入れ替わったかのように演技したところで、あなたはあなたですよね」

 そうなのか。てっきり、この人の言う通り別の魂が入ってるのかと思ったのに。

「観念しなさい。あなたには、今、ここで斬殺刑にーー」

「待て待て待て待て!落ち着け!」

 イグシロナが取り出したナイフに驚いたのか、少女が両手を上げて慌てふためく。

「待て、お前の言ってることは何一つ当たってねえよ!」

「そんなもの、口ではなんとでも言えます」

「それはお前もだろうが!むしろ、お前の方は推測でしかねえだろ!」

「はて?私の推理に誤りなどーー」

「誤りだらけだ馬鹿野郎!こんなところで殺されてたまるか!」

 そう言うと、少女が鞘から剣を抜き出して構える。ついでに、イグシロナの手から逃れる。

 それを見たイグシロナも、ナイフを2本構えて迎撃の体勢に入る。

「おらァ!」

 大振りな振り方だが、剣はイグシロナ目掛けて真っ直ぐに振り落とされる。

「当たりませんよ」

「なら当たるまで攻撃するだけだァ!」

 少女が一方的に攻撃を続ける。
 イグシロナは、淡々とその攻撃を避け続ける。

 少女の攻撃は、大振りだが的確に的をついている。それを全て細かな動作で避けれるイグシロナって......

 それはそうと、イグシロナもただ攻撃を避け続けるだけではない。
 隙を見つけては攻撃ーー当てるつもりがないのかと思うほど細すぎる動きだがーーしている。少女の攻撃と違って、細かく、静かに動くため、イグシロナに隙はない。

「あの、デルシア......さんだっけ?」

 猫耳の少女がこちらにやって来た。

「はい、そうですが?なんでしょうか?」

「あれ、止めれない?私はあの子と話をしたいのだけれど......」

「止めろと言われましても......」

 一言で言えば、「無理」かな?
 あんな戦いの中に自ら入って止めれるほど、私は強くないし、勇気もない。

 頼む、ガンマさんもミューエも早く戻ってきてほしい。私じゃどうしようもない。といっても、まだ10分ちょっとしか経っていないし、戻ってくるわけが......

「どうしたの?デルシア。そんな難しそうな顔して」

 祈りが届いたのか、ミューエが私の前に現れた。

「実は......」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ーーすまんが、今儂らが貸し出せる兵は少ない。というより、無いと言った方がええな」

「そうですか......」

「こんなご時世じゃ。里を守るために、と、ある程度の戦える者は用意したが、自衛手段として最低限の数しかない」

「はい......」

 やはりとは思ってはいたが、いざ兵を貸してもらえないとなると、ショックは大きい。そもそも、初めから無理だとは思っていた。でも、唯一の希望だったが故に、その宛が潰れてしまったという絶望感が勝る。

 こうなった以上、どこを頼るべきか......。9ヶ月もの時が進んでいる今、頼れそうなところも限られてくる。

「本当にすまない。貴殿の力になってやれんのは儂らとてかなり不甲斐ない思いじゃ」

「いえ、話を聞いてくださったことだけでもありがたいことです」

「......平和のために、か......。そんなものができるのなら喜んで力を貸してやりたい。ただ、そうするだけの力が儂らの本にはない。こうなることなら、戦争が始まった時から里を上げて戦闘技術を上げておくべきじゃったな。例え貴殿らがやって来なかったとしても、いずれは白陽か黒月かのどちらかがやってくる。そうなった時に里を里の者だけで守り抜くことができる......。色々と後悔するところがあるな」

「いえ、貴女方獣人族の皆様が争いを好まないということは、デルシア様の意志に沿っています。それは、デルシア様を支持していること。例え、直接力を貸せなくとも、貴女方達は私達の支えとなっております」

「そう言ってもらえるとありがたい。争いを好まないのは、生きる上で本当に必要なのか?と迷っていたところだったからな」

 そんなところで迷ってほしくない。争いをしない。それは素晴らしいことだ。むしろ、こんなところに助けを求めに来た私が間違っている。
 シンゲン殿も、アルフレア殿も、話をすることくらいはできるのではなかろうか?シンゲンの方はよく分からないが、アルフレアは常に物事を冷静に見ており、こちらの方が適切だと感じれば即座に行動に移す。戦争に意味がないと分からせてやることができれば......。
 いや、アルフレアの後ろには、現国王のギリスがいる。どんなことがあっても、アルフレアはギリスだけには逆らうことができない。難しい問題だ。

「ねえ、ガンマ。話がこれで終わりなら私はデルシア達にここでの話を伝えてくるのだけれど......」

「ん?ああそうか。そうしてください」

 深く考え事をしていたせいで反応に遅れてしまった。

 ミューエが心配そうにこちらの顔を見てから出ていく。

「若さというのは良いものですなぁ」

「......そうですね」

「年々体が衰えてきて、今では、昔できたはずの剣技が一切できんようになってしまった。それに、行動力も何かと足りなくなったような気がするんじゃ。石橋を叩きまくって壊してしまうくらいになぁ。ハッハッ」

「同感です。私も、いつまでデルシア様の隣で、デルシア様を守り続けられるかどうか。せめて、デルシア様が目的を成し遂げるまでは死にたくありませんね」

「それ程までに思えるのなら、貴殿は大丈夫じゃろ。良い情報がある」

「良い情報?」

「そうじゃ。今のままでは、貴殿らの戦闘力が足りないのは目に見えておる。そのためにここに来たのは分かっておるが、その宛も潰れてしまった」

「何を言いたいのですか?」

「......宛を作ってやる。ここより遥か北西に鬼族の集落がある。あそこは、一応黒月の領土ではあるが、黒月からの干渉はない。というよりも、黒月は干渉できないと言った方が正しいな」

「その場所でしたら私も知っております。ですが、彼らが力を貸してくれるでしょうか?話をしたいのなら圧倒的な力を見せつけねばならないあの種族に」

「そうじゃな。貴殿らでは絶対に無理じゃな。だが、儂らは鬼族の者と繋がっておる。手紙を出してやる。話くらいは聞いてもらえるようにな」

「......可能なのですか?」

「任せておけ。体は動けなくなっても、悪知恵はいくらでも働く。それと、こちらは不確かではあるが、黒月の暗殺隊に鬼族の娘がおるらしい。鬼族を味方につけることができれば、暗殺隊も戦闘力に加えられるかもしれんぞ」

 これは良い情報をもらえた。早速デルシア達に伝えなければ。

「ただ、手紙が向こうに届くまでは早くても10日かかる。貴殿らに持たせても、向こうは準備なしで出迎えることになる。5日くらいはここでゆっくりした方がええ。部屋なら貸してやれる」

「......ありがとうございます」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「なるほどね。それでこんな物静か......なのか微妙だけど、戦いが起きていると」

「そうです。私の力じゃ止めることができなくて......」

 デルシアが、今にも泣きそうな表情でそう言う。いつまで経っても変わらない子だ。

 それはそうと、なんとも傍迷惑な争いが起きているものだ。イグシロナと、龍人の少女。体格......というよりも、ボディラインはあっちの方がデルシアより女性として理想に近い状態になっている。

 龍人でなければモテていただろう。ってそんなこと考える必要はない。

 デルシアのためにも、どうにかして戦いを止めてみるか......

「デルシア、怪我人か死人が出たらあなたは何も知らなかったことにしなさい。責任は全部イグシロナに擦り付けるから」

「はい、ってええ!?それって殺すつもりってことですか!?」

「そのくらいの気持ちでやるってことよ。大丈夫、見た感じ、2人とも私の攻撃程度じゃ簡単に避けれるわ」

「と、言われましても......」

「まあ、見てなさい。ーー水華・水火の舞」

 体を中心にして輪を作り、それを自在に操って2人のところに投げつける。
 1本だけで終わりではない。10本20本と相手に投げつける。

「な、なんだこりゃ?」

「ちょっとミューエさん。私にも当たっています」

 輪は、2人の体を包み込んで縛りつける。これで動くことはできまい。ーー首に当たったらそのまま窒息死する可能性があったが。

「イグシロナはデルシアの世話係としていたんだから、こんな幼稚な遊びをしないの」

「いえ、これはデルシア様を守るためであって」

「デルシアが襲われるような事態はなかったでしょ」

「......」

 イグシロナが黙り込んだ。こうなってしまうともう話すことはないだろう。というか、この無言は肯定の証だし。

 さて、じゃあ問題の龍人さん......

「あの......ミューエさん......。あまり言いたくないのですが......」

 ミューエといつの間にかいた獣人の子が顔を青ざめている。

「これ......」

 デルシアが指さした場所。龍人の子の首元に輪がハマっていた。おまけに、いつの間にか倒れている。

「......みんな、この子を土に埋めて撤収するわよ」

「......そう......ですね」

「私は何も見てない私は何も見てない私は何も見てない私は何も見てない」

「掘り作業なら私にお任せを」

 まさか、本当に死人が出るとは思っていなかった。死人が出たら、だなんてほんの冗談のつもりで言ったのに......

 イグシロナが適当に、その辺を掘り始め、獣人の子は顔を両手で覆っている。デルシアは「嘘でしょ?」みたいな顔でこちらを見てくる。

 やがて、イグシロナの作業が終わり、次は埋め作業が始まる。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください!」

 死んだと思っていた龍人の子が急に目を覚まして埋め作業を中断してくる。

「どうしたの?私達はこれから証拠隠滅うめさぎょうをしなきゃいけないのだけれど」

「いや、ちょっと待ってください!私死んでません!生きてます!」

「そう、ならもう一度殺すまでね」

「ひぃぃぃぃ、お、お許しを!」

 龍人の子が必死になって土下座した。

 私とイグシロナは肩をすくめ、デルシアと獣人の子は苦笑いをするのであった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ーーはぁ、全く死ぬかと思いましたよ」

 龍人の子改めネイが一通りの説明の後にそう呟く。

 記憶がなく、宛もなく、仲間......はなんか変なのが内側にいるらしいが、頼れる人はいないらしい。そんなのでよく今日まで生きてこれたものだ。こんな子がいるのならば、戦争は終わってるのではないかと思ってしまう。

 ただ、戦争は9ヶ月もの間、確かに続いている。今はお互いに次の一手に向けて、自然と休戦状態になっている。

「私が覚えていることは全部洗いざらい吐きましたから帰らさせてください」

「ーー帰る宛てはあるのでしょうか?」

「うっ......」

 分かりきってはいたことだが、イグシロナにその点を突かれて黙り込んでしまった。

「どうする?デルシア。正直に話すと、もうこの子にはなんの価値もないのだけれど」

「そんなこと私に聞かれましても......」

「私達の軍に入れてこき使いましょう。それが一番いいと私は思ってるわ」

「同感です。デルシア様に危害を加えたこの者には、それ相応の罰を」

「ひぃぃぃぃ、お、お許しを......」

 ネイがその場に土下座して許しを乞う。

 だから、私が決めれることではないのだが......

 早く、ネイを追いかけていた獣人のカイナは戻って来ないだろうか。あの子に全てを任せた方がいい気がする。

「とりあえず、カイナさんに任せましょうか」

「あの小娘に任せると仰るのですか?」

「はい。それが最適解だと思います」

 イグシロナ的には満足できない答えだろう。ただ、ここはこれで引いてもらわねばならない。

 ミューエは、私の決断なら基本なんでも大丈夫だろう。あとは、ネイ本人の意思確認だけ。

「ネイさん、顔を上げてください」

「は、はいぃぃぃ」

 まるで、将軍に初めて会った人みたいな反応をする。確かに、私は王族であれど今は追われてる身。そんなかしこまる必要はないと思うのだが。

「命だけは、命だけはぁぁぁぁ」

「とりあえず、あなたは獣人のカイナさんに任せるーー」

「あの子はもっと嫌だぁぁぁ」

 ダメっぽい。こうなったら、もう本当に軍に入れるくらいしか......

「た、大変だ!」

 話をしていたら、例の獣人のカイナが入ってきた。
 汗だくになっているが、何があったのだろうか。

「く、黒月の旗章を掲げたでっかい軍隊がこっちに向かって来てる!」

「そ、それは本当かしら......」

 ミューエが極力自信を冷静に保とうと、静かに問いかける。

村長むらおさの爺ちゃんも見たって言ってた。間違いないと思う」

 それが本当ならば、今すぐ戦闘態勢を整えなければ。
 今回に限っては里のみんなも力を貸してくれると思う。ただ、黒月の軍隊相手にどれだけ戦うことができるか......

「まずいわね、デルシア。多分、軍を率いてるのはゼータかシータあたりね。でないと、村長のお爺さんが慌てるほどの軍隊の指揮は執れないでしょうから」

 そこは問題ではない。例え、軍が小さくてもこの里のみんなが十分に戦えるかどうかが一番の問題となっている。

「デルシア様、ここは退散するべきかと」

 カイナの後ろから現れたガンマがそう言う。

「それじゃあダメです、ガンマさん。そんなことしたらみんなが死んでしまいます」

「今はデルシア様の身の安全が最優先です。デルシア様が死んでしまわれば、なにも出来なくなってしまう。それだけはダメです」

「そう言われましても、私は前線に立ちます。それに、敵将がゼータさんかシータさんなら説得のしようがあります」

「......ですが」

「ガンマ、もういいわ。こうなってしまった以上、逃げるのは厳しいのよ。デルシアの顔を通せば、まだ話し合うことができるかもしれないわ。それに、運が良ければ敵将がベルディアの可能性もあるわ」

「......分かりました。私の剣は常にデルシア様のために」

 ガンマの説得はできた。というか、敵将がベルディア姉さんの可能性は考えてなかった。もし、そうならば戦いは簡単に止めることが出来る。

 少しばかりの可能性を求めて、デルシアは剣を握った。
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