ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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五話

劣化か進化か

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「私はこの後あなたを解体する事になってるんです。レッドは血液を、私は肉体が必要だから…この場にいる人間を全て殺します」
「!」
「でも、死にたくないですよね?」

 赤い女が刃物をちらつかせながら首を傾げた。糸の切れた人形のように首の角度がおかしいほど曲がっている。

「あなたが私のタイプなのは本当の事なんです。だから…あなたが私を選んでくれるなら、解体する対象をレッドに変えます。そして奥の学生たちにも危害を加えない事を約束しましょう」
「…どうしてそこまで俺に固執する??何がしたいんだよ??」
「あなたをここに誘い込んだのは私です。あなたとまた会いたかったから。わざと学生を一人逃がして、名刺も忍ばせて…レッドのいるホストクラブに来させた。そうすればあなたを無理矢理にでも巻き込めるから」
「…!!」

 どうして不良が一人だけ逃げてきたのかと思ったが赤い女の餌に使われたのか。

「ボンキの帰り道で俺をつけてたのか」
「正解です。全部レッドに内緒にしてやったんですよ。そこまでしたのにただ殺すだけなんてもったいないでしょう?」
「なんでそんな…回りくどい事を…」
「私、目力が強い人に憧れるんです。あなたやレッドみたいな鋭い目が大好き」

 それは石化の力へのコンプレックスからか。赤い女も同じことを思ったらしい。自嘲するように笑った。

「わかってますよ。でも悪いことですか?私は石化の力は弱いけど…あなた達と子供を作ればもしかしたら次の子は力が増すかもしれない」
「そんなわけ…」
「やってみないとわからないじゃないですか。力が弱った者同士だと劣化した子供しか生まれない。可能性がないんですよ。チャレンジしなきゃ」
「…」
「私は弱いから、他の誰よりも…頑張らないといけないんです」

 昨日のユウキとの会話を思い出した。幻獣は世代交代していくうちに能力が変化していく。人間との共生を選んだ幻獣はその多くが劣化(人間の血)を受け入れることになる。メデューサもその一つで、種族としての力が弱まってきてるのだろうか。
 (だからって目力程度でどうにかなるとは思えねえ)
 藁にもすがる気持ちなのはわかるがどう頑張っても努力が身になるとは思えない。こんな事のために赤い女は連続殺人を行ったのか。

「もう話はいいでしょう、“お客様"」

 頭を掴まれ、無理やり目を合わせられた。

 ガチリ

 体の芯まで石化した感覚がある。今回は唇も動かすことができなかった。完全な金縛り、石化だ。

「こんな私でも至近距離で見つめれば石化の力が強まるんです…肺や心臓を止めることだってできるんですよ?」

 鼻が擦れるほどの距離で囁いてきた。

「死にたくなければ答えて…私を選ぶと」
「…っ」
 
「おいおい!俺の獲物を誑かしてんじゃねぇ!」

 そこで荒々しい声が乱入してきた。レッドはイライラをぶつけるように近くの柱を蹴りつけながら倉庫の中に戻ってくる。

「王子…」
「てめぇは俺が食った後の残飯を切り分けるのが仕事だろが!出しゃばんな!!」
「き、嫌わないで、王子…ごめんなさい…っ」

 赤い女がレッドの方を向く。おかげで石化がとけた。

 どさり

 前屈みに倒れる。なんとか手をついたがやはりすべての反応が鈍い。自分の体の違和感に戸惑っていると

「!?」

 赤い女は何かに気付いたようにハッと息をのんだ。レッドの後方、扉の近くに誰かが立っていた。
 (レッドの仲間か…?)
 慌てたように赤い女が振り返り、俺の肩を押してくる。

 どんっ

「なっ?!」

 バランスを崩して後方に倒れる。

 バン!バン!

 俺が倒れるのと同時に二発の銃声がした。上体は起こさず、視線で確認する。壁に銃弾の痕を見つけた。もしも後ろに倒れてなかったら頭を撃たれていたのかと青ざめる。

「ひいいいいい!」

 レッドが横で腰を抜かしていた。奴の近くにも銃弾の痕が残っていた。もう一発はレッドに向けられていたのか、もしくは威嚇で近くを打たれただけか。

「よかった。そっちは無事ですね」
「!!」

 赤い女が肩をおさえながら言った。その腕からぽたぽたと血が垂れていく。

「無事って…何言って…」

 まさか俺を庇ったのか。赤い女は厳しい表情のまま頭を振った。それから前を向く。数十人のスーツの男が並んでいた。

「そこまでだ!“赤い女"め!やっと見つけたぞ!」

 男たちの中には何人か見覚えがある者がいた。
 (あいつら…!!昨日路地にいた…フィンに燃やされかけた奴らだ)
 流石に火傷をおった者は並んでいなかったがほとんどが含まれていた。「やっと見つけた」ということは昨日奴らが探してたのは“赤い女"だったのだろうか。男の一人が銃口を向けてくる。

「手を挙げて横になれ!!妙な動きをすれば今度は頭をぶち抜くぞ!」
「ほんと、鬱陶しいハエですね…どうせ大人しくしても始末されるのでしょう?」
「安心しろ。社長は寛大だ。生きて回収できればお前をコレクションとして追加するだろう。生存の可能性も十分にーー」

 パリイン

 倉庫に一つしかない電球が割れた。一気に暗闇に包まれる。

「何事だ?!」

 スーツの男たちが騒ぐ間、赤い女が暗闇の中を後退っていく。

「おい待て!…逃げる気だ!捕まえろ!!これ以上大事にさせるな!最悪、生死は問わないとの命だ!」
「「はい!!」」

 荒々しい台詞と共に男たちが倉庫の中になだれ込んでくる。俺は踏まれないよう柱の近くに移動した。ユウキも回収して横に寝かせておく。どうにか逃げる算段をつけなければ。奴らが衝突している今がチャンスだろう。

「ぐああ!」
「いってえっ!」

「!?」

 男たちの悲鳴がそこら中からあがった。右から聞こえたと思ったら今度は反対側。前後からも。距離もかなり遠いのに、何が起きているのか。

「お前ら何やってる!相手は一人だろうっ!うわあ?!」
「うっ動けません!!」
「まさか石化か??だが複数はできないはずじゃ…!!」

 混乱してる。一体何が起きてるんだ。立ち上がりかけたところで動きを止める。

「ラ~イ、あれ、見てみなぁ」
「!!」

 レッドが横に移動してきていた。いつの間にと思ったが気になったので指さされた方を確認する。

「あれは…!」

 壁には鏡が置かれていた。棚や小物の隙間、天井にまで。様々な角度の鏡たちが倉庫の内側を写していた。満月に近い事もあって真っ暗というわけでもない。暗闇に目が慣れてきた事でよく見える。

「ここはあのイカレ女の狩場でなぁ。鏡を置いてあらゆる角度に石化能力を反射させてる」
「…!!」
「倉庫に入った奴らは知らず知らずのうちにイカレ女と目が合って石化→ナイフぶっ刺しの繰り返しってわけだぁ」
「乱反射なんてしたら石化が発動しないんじゃ…」
「一瞬は石化するらしいぜ。その一瞬の隙があればイカレ女にとっては十分だろ。ナイフの使い方だけは天才だからなぁ」

 話してるうちにも男達はどんどん倒されていく。

「ぐああ!」
「助けてくれえ!」

 残った者達も悲鳴をあげながら倒れていった。もう誰も立っていない。苦悶の声が倉庫に木霊する。目の前は地獄絵図だった。

「無事ですか?」

 息を荒げながら赤い女が近寄ってくる。更に赤く染まった体は化け物そのものだ。何も知らないものが見たら怨霊と思うだろう。

「怖いですよね。こんな…血だらけの私…」
「…」
「もう一度聞きます。私を選んでくれますか?」

 手を差し伸べてくる。真っ赤に染まった手だ。人を殺して生きてきた手。
 (怖い…確かに怖いが)
 悲しげに手を差し出す彼女から目が離せないのはどうしてだ。目の前の存在は犯罪者。憎むべき存在。なのにどうして…痛々しくて、放っておけない気持ちになるのか。

「こんな私じゃ…ダメですか…?」

 こんな私と卑下する姿。
 (ああ…そうか)
 少しだけフィンに似てるんだ。自分の能力がコンプレックスで、過去の自分が許せない姿は痛々しくて。少し重なる。

「メデューサの皆からも見放された弱い私なんて…」
「……悪いが、俺はあんたを選ばない」
「!!」
「どうして?!あなたも…私を選んでくれないんですか…!私が弱いから、力がないからですか?!」
「違う。あんたは十分強い。俺が選ぶ必要なんてないぐらいに」
「じゃあなんで…!私が可愛くなればいいんですか?綺麗になれば?大金持ちになればいいんですか?!」
「そうじゃない」

 強さも可愛さも金も、あんたは必要ない。

「じゃあ!!」
「あんたは…誰に選ばれる必要もねえ。あんた自身があんたを選ぶんだ」
「!!」

 血だらけの手を握る。薬のせいでほとんど力は入らなかったがぬくもりは感じた。
 (ナイフだこがある…)
 どんなに恐ろしい姿になっても言動がおかしいとしても、この努力した形跡は嘘をついてないはず。

「メデューサの石化能力は落ちていくかもしれねえ。でもそれはあんた一人が背負う事じゃない。誰かと話して少しずつ進める問題だ。あんたはまず、自分を選ぶんだ。愛すんだよ」
「そんな…っ、こと…できない!だって私は…弱くて、メデューサのお荷物で…!」

 手を振り払われる。赤い女は自分の手を見た後大きく首を振った。

「人殺しなんですよ!!」
「人殺しは大罪だ。だからちゃんと罪を償うんだ。被害者の為ってのはもちろんだけど、自分の為にも逃げずに償うんだ。その先で自分を愛せるかもしれないんだから」
「……っ!」

 あんたもフィンも、自分を大切にしてくれ。頼むから。ただの人間の俺からすれば二人はすごい能力を持ってる。自分で自分を許せなくなって苦しむなんて悲しい事はやめてくれ。

 どさっ

 赤い女は膝をついた。それからナイフを落とす。

 カララン

 ナイフが足元に滑ってきた。危ないので彼女から遠ざけるように俺の足元に置き直す。それから赤い女に視線を戻した。もう敵意はないのか項垂れたまま動かない。

「もう、いいのか?」
「…」
「わかった。じゃあ今から俺が警察に電話するから、あんたは自首してくれ。できるな?」
「…はい」

 ユウキに預かっていたスマホをつける。色々あったが借りておいて良かった。呼び出し音が鳴り始める。

 プルルル

「自首したらスーツの奴らも手当てしねえとな」
「手伝います。全員致命傷は避けてるので…助かるはず」
「!」

 助ける気で切ったのか?そんな手加減ができるのにどうして連続殺人犯になってしまったのか。俺の疑問に答えるように赤い女は薄く笑った。

「私に彼らを殺す理由はー…」

「使えねえ道具は廃棄処分だぜぇ」

 ブスリ

 嫌な音がした。何かが深く埋まり、服が裂ける不快な音。それと同時に空気が抜けるような音がした。

「ガハッ…!!」

 赤い女が血を吐いた。とっさに両腕で受け止める。彼女の胸にはナイフが刺さっていた。刀身が見えなくなるほど深く突き刺さっている。フィンの時にも感じた絶望感。これは致命傷だ。助からない。そう察する。

「おい!!しっかりしろ…!」

 胸の傷を押さえながらパニックになった。また目の前で誰かが死ぬのか。俺はまた助けられないのか。心臓がバクバクと暴れだす。

「おいおい!ラ~イ?こいつは何人も殺した連続殺人犯なんだぜぇ?警察に渡したら死刑だろがぁ」

 今殺して何が悪いんだ?と笑っている。

「だとしても…自首して悔い改める権利はある…!!」
「悔い改める?自分の為に人を殺してた女だぜ?そんなイカれ女に悔い改める事なんてできるかよ!ははっ!まぁこいつに人殺しの命令してたのは俺だけどなぁ?」
「!!」
「イカレ女は元々死体の解体をしてただけで人は殺してねえ。専門の業者から依頼されてひっそりやってたってよ。俺はその能力を買って、今回の殺人を計画・指示したわけだぁ」

 つまりレッドが首謀者で赤い女、いや、メイは利用されただけということになる。
 (メイは誰かに求められたくて必死で、でも利用されてる事もわかっていたんだな…)
 どうにかして自分のコンプレックスを解消しようと苦しんでいた。その葛藤をレッドに利用された。

「なに怒ってんだよぉ。指示したのは俺だが実行したのはこいつだぜぇ?俺に愛されたいからなんでも言う事聞くってなあ!使い物にならなくなったから始末したが、全部イカれ女の自業自得だろぉ?!」
「イカレてんのはどっちだ…クソ野郎が!!」
「うるせぇ!道具は廃棄されるまでがセットだろうがぁ!」

 レッドが道具といいながらメイの頭を蹴りつける。

「やめろ!!」

 彼女を庇うように覆いかぶさるとレッドは舌打ちした。

「この道具に愛着でもわいたかよ?どうせもう死ぬのに物好きな奴だなぁ!」

 彼女の下には真っ赤な水溜まりができている。俺が反論できずにいるとふと真顔になった。

「はあ、腹減ってイライラしてきた。ったく、なんでこんなことになったんだぁ?ライを痛ぶりながら美味しく食うつもりだったのによぉ…!」

 そういってちらりと後方を確認した。暗くてもわかる。唯一の扉がある方向だ。

「仕方ねぇ…あっちのガキ共を食いにいくか」
「ま…待て!レッド!」
「誰が待つかばーか!俺は腹減ってんだよぉ!準備しといたのに食わずに逃げたら損だろぉがぁ!!」

 そういってレッドが背を向けた。倉庫の外へ走っていく。俺も慌てて立ち上がり追いかけようとした。

 ヒュー…ヒュー…

 穴から空気が抜けるような音がする。ハッと下をみればメイがこちらを見ていた。虚ろな瞳とかろうじて目が合う。

「メイ…!」

 呼びかけると、メイが目を細めた。少しして笑ってるのだとわかった。

「わた、し、の、名前、うれ、し…」
「喋るなっ!傷が開く!」
「はあ…はっ、彼ら…は、小屋、に、い、ます…多分、まだ、生きてる…」
「!!」

 彼ら。不良学生達の事だろうか。メイが視線だけで方向を伝えてくる。扉から少し右にいった方を見ていた。

「あそこには、武器、も、あるから…気をつけ、ゴホッゴホッ」
「もういいっ…無茶するなっ…!」
「いい、の…あなた、に、強い、って、…言って、もらえ、て…名前も…よん……」

 少しずつ意識が遠退いていってるのか目が合わなくなる。

「私、だけじゃ、ない…皆、変わって、きてる、んだもん、ね」

 どこか虚ろな目で天井を見つめている。もう誰に話しかけているのかもわからない。

「これっ、て…劣化、なのかな……それとも…進化?」

 問いかけるような呟きだった。

「あなたに、は…どう、見えて……る……」

 そこまでいってメイの目蓋が閉じる。気絶したのだ。呼吸もかなり浅くなっていた。

「くそっ…!」

 床に落ちていたスマホを拾い上げる。救急車にかけ直した。ここがどこだかわからないがスマホの位置情報を伝えてなんとか手配してもらう。

「よし…」

 立ち上がった。

 (ごめんな。少し待っててくれ)

 助けがくるまで付き添っていたいが、レッドを逃がすわけにはいかない。せっかく最後の力を振り絞って教えてくれた情報だ。無駄にはできない。

「絶対捕まえるからな」

 よろけながらも扉の方へ走った。


 ***


 タッタッ

 倉庫を出ると小さな小屋が見えた。扉が半開きにされている。何かの作業場なのか。嫌な予感がしつつ踏み入る。

「いねえ!いねええ!!どこいったぁ?!!」

 レッドが取り乱していた。中心に置かれた四つの椅子を蹴り飛ばしながら半狂乱になって暴れている。空腹でイライラが爆発したか。

「どこに消えやがった!!ガキ共!!」

 怒り狂った様子でレッドが振り返ってくる。俺の姿を確認した瞬間、表情がガラリと変わった。怒りと興奮…そして喜びを浮かべたような顔だった。とっさに後退る。

「お前か?お前が逃がしたのかぁ??ラ~イ!!」

 血走った目でこちらを睨みつけてきた。奴の手には鎌のような道具があった。稲刈りに使うような珍しい形の道具。刃の部分だけで30cmはある。それを容赦なく振り回してきた。当たれば腕の一本、いや首が飛ぶだろう。

「くっ…!」

 すんでのとろで避けていくが長くは避けられなかった。何かに躓いてしまう。

 ドサッ

 小屋の壁を背にして倒れ込む。間髪いれずレッドが馬乗りになった。

「おいおいおい!この落とし前どうつけてくれるよぉ?ただ殺すだけじゃ足りねえなぁ??」

 鎌を向けながら笑いかけてくる。
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