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二話
初出勤
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『雷くん』
うすぼんやりとした意識の中で真人の声が響いてくる。
『雷くん』
真人が呼んでる。ああ、もう朝か。起きねえと。
『雷くん、雷くん!』
何度も呼ばれ耳を塞ぎたくなる。うるさいな、わかってる。もう起きるよ。
『国枝センパ~イ』
『!!』
能天気な新人の声にぎょっと体を起こせば、真人と新人が腕を組んで見下ろしてきた。二人は俺を見ると馬鹿にするように笑って背を向けた。そのまま歩いていく。
『ま、待ってくれ!真人…真人!!』
手を伸ばす。だが、その手が届くことはなかった。
「はっ…!!」
目を覚ますと見覚えのある天井が広がっていた。まるでマラソンでもしたかのように息があがっている。
「はあっ、はあっ」
全身にびっしょりと冷や汗をかいていて気持ち悪い。
「ライ、おはよう。今日もうなされていたな」
「ああ…もう…慣れたけどな」
「慣れるべきではないが、こうも続けば仕方ないか」
そう言いながらコップの水を差し出してきた。礼を言って受け取る。フィンは俺が目を覚ますといつもそばに駆け寄ってくる。それは出会ってから一週間経った今でも変わらない。
「今は…七時か…」
またこの時間に起きてしまった。前の会社でのルーティンがなかなか抜けない。真人との記憶と同じで体内時計もしっかり体に刻まれている。昨晩は四時ぐらいまでグレイの手伝いをしていて、今さっき寝たばかりなのに。フィンが心配するように眉を下げた。
「ライ、目をつむって。食事もあまりとれてないのに睡眠まで欠けたら体に毒だ」
「そう…だな…フィンも起こしちまって悪い」
「いいんだ。ライを助けられるなら何でもさせてくれ」
このフィンの恩返しマインドも継続している。木箱から助けだした俺に恩を感じてくれてるのは嬉しいが、もう十分してもらった。そろそろいい加減解放してくれるとありがたいんだが。
「私の命はライのものだ」
「……」
日常に見合わない重すぎるセリフに顔をしかめる。
(フィンって一歩間違えたらヤンデレとかメンヘラに化けそうだよな…)
俺の事を第一に考えてくれるのはありがたいが、時々不安になるほど周りが見えてない時がある。俺関係でなければ冷静で正常なのに。そもそもフィンの炎を操る力はかなり危険なものだ。その力が暴走したらと思うと恐ろしくなる。
「ちょっとライ~!起きてる?あ、ちょうど良かったワ」
グレイが顔を出してきた。手招きしてくる。
「あんたに客よ~」
「客…?」
(幻獣スナックを訪れるような知り合いなんて俺にはいないが…)
警戒しつつスナックの店内に移動した。カウンター席に大柄な男が座って待っていた。男の顔はみたことがあった。
「あんたは…!」
大柄な男は俺を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「よう、ライ。待ってたぞ」
この男は数日前にやってきた巨人(の団体客)の一人だ。
(絶対、面倒事だ)
嫌な予感がした。できるならこのままUターンしてベッドに戻りたい。
「はいはい、ちゃんとお客さんの話を聞いてネー」
しかしグレイに肩を掴まれ、戻れずに終わる。諦めてカウンターに移動するとすぐさま男に腕を掴まれた。
がしっ
巨人の怪力だ、簡単には腕を振りほどけない。そのまま引きずられるように扉へと引っ張られた。
「うおっ、ちょっまっ、どこ行くんだよ!」
「いいからついてこい」
「っはあ??」
「ライ!!」
俺が無理矢理連れ去られかけ、フィンが止めに入る。俺の腕を掴む巨人の手を引き剥がし睨み付けた。
「ライに触るな、巨人!」
「あ?部外者は引っ込んでろ」
「なんだと!」
バチバチと火花を散らす二人。フィンには悪いが、俺を挟んでやりあうのはやめてほしい。普通に命の危険を感じる。
「で。行くって、何の話だよ。どこへ行くつもりだ」
「そんなの俺たちのパーティーに決まってるだろ!お前の面と体貸せや、ライ!」
「はあ??」
横暴もいいところだ。お前はジャイアンなのか?そう言ってやりたいがこの男は知らないと思うので諦めた。巨人は腕を組み何故か誇らしげに言い放った。
「ライ、お前を俺の女にしてやる!」
「なっ…」
巨人の言葉に、今日も1日が長くなりそうだと俺は頭を抱えるのだった。
***
さて、少し時間を遡ることにする。そもそもこの巨人の男とは誰なのか、まずはそこからだろう。数日前…俺が初めてスナックで働いた日のことだ。
「グレイ。今日は巨人が来るって言ってたが、普通の人間より大きい人間って認識でいいのか?」
開店まであと一時間を切ったところで、作業の合間に尋ねてみた。流石の俺でも、映画とかで巨人的なものは見たことがある。
「まあ端的に言えばそうね。あたしやフィンみたいに魔力がないから人間寄りの幻獣っていえばいいかしら。でも元々はかなり大きかったのヨ。でも世代を進むにつれて人間の血が混ざって、最近のは小さくなったワネエ」
「最近のはってあんた何歳なんだ」
「あら、レディに年を聞くなんて野暮ネ~」
「…」
グレイをレディと呼ぶには無理がある気がするが、本人の認識に文句はいえない。スルーして話の続きを催促する。
「なあに、ライってばやけに興味があるのね」
「いや…初日ってのもあるけど、巨人って聞いてビビるだろ普通…」
「ふふ、あなた人間だったわね、ごめんごめん。順応性高いからついつい無茶振りしちゃうのよネ」
「勘弁してくれ」
初日から客に押し潰されて死ぬなんてごめんだぞ。俺の言いたいことが通じたのか、グレイは笑いながら手を振った。
「大丈夫大丈夫安心して!あたしの店に来る巨人は穏便なのばっかだから!初日だしとりあえずあたしの動きを観察してればいいワヨ。あとは皿洗いでもしてなさい」
「わかった…」
不安が全て消えた訳じゃないが、グレイの横で皿洗いしてるだけなら死にはしないだろうと思うようにした。
だが、その考えが、甘かった。
「いらっしゃいませ~!あら~皆さーん、待ってたのよ~!!」
開店してから30分ほどで巨人たちが現れた。
ズシッズシッ
まるで像が歩いてるみたいな重い足音がする。2mはあるスナックの扉を前にして誰の顔も見えていない。一番小さいのでも2m半はあるだろう。グレイも大概だが、更に背の高い集団が中腰で店の中に入ってきた。
(でっけえ…)
上にも横にも大きい体が店の椅子に腰かけていく。座ってるだけなのにかなり威圧感があった。店を潰すとかそういうサイズ感じゃなくて安心したが他の客が入る隙間はなくなってしまった。
「ライ、これ、外にかけてきてチョーダイ」
貸し切りとかかれた看板を渡される。俺は急いでそれを外の扉に立て掛けた。
「さあ、大忙しよ~」
グレイがバタバタと走り回る。慣れた手付きで巨人たちにそれぞれ酒を用意していく。俺もそれを手伝いながら巨人たちを観察した。カウンターに偉そうな巨人が二人、後方のテーブル席に残りが座っている形だ。カウンター席からやけに視線を感じるが気にしないようにした。
「やっぱりこの辺りに来たら寄っておかないとと思ってな!また会えて嬉しいよ、グレイねえさん」
「こちらこそ、可愛い坊やたちの顔が見れてあたしも嬉しいわ。なんだか若返りそう、うふふ」
「そんなこと言って、誰よりも若々しくて綺麗だぞ!ガハハ!」
カウンター席にいる初老の巨人客がグレイと親しげに話す。どうやら巨人のリーダーのようだ。彼が酒を口にすると他の巨人も酒をのみ始めた。
わいわい
グレイと話を弾ませる巨人たち。皆、酒を水のように煽りどんどん顔を赤く染めていく。
(巨人でも酒は酔うんだな…)
カウンターの洗い場から不思議そうに見ていると正面から声がした。
「お前、やけに人間臭いな」
「…!」
カウンター席に座っていたもう一人の一際デカイ巨人が、くんくんと鼻を近付けてくる。やめろ、と後ろに下がった。
「人間臭いって、失礼だな(人間にも俺にも)」
「本当の事だろ。グレイの姉御がただの人間を雇うとは思えねえしな、一体何者だ?」
「…別に、拾われただけだ」
嘘は言ってないが、ほとんど答えにはなってないだろう。巨人はじろじろと俺を観察しながら酒を口にする。
(なんだこいつは、俺を肴に飲んでて楽しいか?)
よっぽどグレイの方が話も面白いし見てて楽しいと思うが。しかもその視線が舐めるような動きをしていて、なんとも居心地が悪い。というか気持ち悪い。
(こういう時に限ってフィンは急ぎの買い出しに行ってるし…)
「なあ、お前、人間臭いが…やけに色っぽいな。欲求不満か?俺が抱いてやろうか」
「なっ…!」
人生28年。結構色々大変ではあったがこんな台詞を言われたのは初めてである。ぶっちゃけ顔面殴られたか、それ以上の衝撃を受けた。俺は顔をひきつらせながら即座に断る。
「丁重にお断りする」
「なんでだよ、巨人とやったことなくて怖いのか?心配するな、天国にいかせてやるぜ」
「どうせデカイだけだろ」
巨人は愉快そうに笑った。
「間違いねえ!だが、デカイってのは正義だ。体がデカけりゃ強い・良い、そうだろ?」
「…どうだかな」
俺の冷めた反応で更に火がついたのか、巨人が前のめりで口説いてくる。
「なあ、試してみないか」
「…」
周りの巨人たちは酒が回ったことで声が大きくなっている。おかげで俺たちのやり取りが目立ってる気配はない。グレイは勘づいてるっぽいが他の客の相手で手一杯だった。
(つまり自分で何とかしろってことだ)
俺は別に小柄な方ではない。179という微妙に180cmに届かない数字だが日本の平均身長よりは高い。なのに女役を求められ口説かれる。こんな屈辱はなかなかない。
(勤務初日からなんて災難だ)
俺が黙ってると更に迫ってくる。
「おい、金か?金ならあるぞ。お前ほどの女になら金を払ってやってもいいぜ」
そして「もっとも巨人の女たちは俺とやるために金を積んで頼み込んでくるがな」と自慢するように笑う。
(誰が金なんかでてめえなんかに抱かれるか、くたばれ)
俺が内心暴言を吐いてると、巨人は更に顔を近付けてきた。カウンターに身を乗り出す勢いだ。
「お前だって、金がほしくてここに立ってるんだろう?」
「…」
「体売っちまえよ」
今の台詞で気付かされた。かなりムカついたが少し冷静になる。
(そうか、そうだった)
訂正しよう。スナックとはそもそもこういう場所なんだ。訪れた客を酔わせ、その話に耳を傾け、笑顔で頷きお金を落とさせる仕事。こういう口説きもきっと日常茶飯事で、受け流していくのが仕事の一貫なんだろう。世界中のスナック…いや客商売の従事者を尊敬した。
「おい無視すんなよ!俺たちもパーティーのためとはいえ禁欲状態で来てるんだ。こちとらたまってんだよ」
「パーティー?」
「ああ、俺たちは元々この国で仕事してねえ。ここじゃ俺たちのガタイは目立ちすぎるからな」
確かに。黒人でもここまで大きい者はいないだろう。そんな巨体が街を歩いていたら散歩中のじいさんばあさんが腰を抜かしてしまう。
(子供が泣いて逃げるのが目に浮かぶな)
夜に歓楽街を歩くぐらいでギリギリだろう。
「だから俺らは海外を飛び回って、人間にはできねえ高いレベルの肉体労働をしているってわけだ。だがそのためには営業の仕事も必要だ。仕事を見つけるための仕事ってやつだ。それが今回のパーティーってわけだよ」
「なるほど…だがそれがなんで禁欲に繋がる?」
「さっきも言ったがここじゃ俺らは肩身が狭い。少し歩けば職質の嵐だ。挙げ句の果てはギャングが顔を出して噛みついてくる。そんな状態じゃ街中を歩けねえだろ?街に行けないってことは女を買うこともできねえんだよ」
確かに…それもそうか。食事や必要最低限の外出すらできない状態で風俗に行くなんてもっての外だろう。海外からわざわざ来たというのに少し哀れに思えた。
(まあ、自分で処理すればいいだけだけどな)
哀れとは言えそれを俺が解消してやる義理はないわけで。
「だから抱かせろよ。俺だけじゃ足りねえってんならここにいる全員で相手してやるぜ?」
「地獄過ぎるわ。あんたから見たら小さくて女に見えるかもしんねーけど。俺は男だ。あんたに抱かれるつもりはねえ」
きっぱりと断る。
「そんなツンケンするなよ。巨人族の女がちょうどお前ぐらいの背丈なんだよ」
抱き締めたらきっとピッタリだぜ?と誘うように見てくる。俺は頭を振って断った。今度こそ話は終わりだと追加の酒を押し付ける。これでも飲んで潰れとけ。
「ちょっと~!一番テーブルのグラスとお皿回収してチョーダイ~!」
そこで助け船がきた。グレイの指示に、ホッとしたようにカウンターを出る。
「ああ、わかった」
その合間も巨人はずっと俺を視界から外さなかった。テーブル席は絡んできた巨人の後方にあり、ちょっかいを出されないか警戒していたが意外にも何もされなかった。
「失礼します」
巨人たちの食器をお盆に並べていく。その時だった。
さわ…
何かが腰を撫でていく感触がした。一気に鳥肌が立つ。やはりあいつだ。後方をみれば、カウンターでニヤつくクソ巨人と目があった。
「な?デカイと腕が長い。腕が長いと、便利だろう?」
撫でる動きを手で再現してくる。イラつきすぎて血管がきれそうだ。
「……いい加減にしろ」
「ん~?よく聞こえねえなあ~?」
「失せろって言ってんだよ、でけえだけの能無しが」
俺の台詞に店内がひりつく。スタッフが客に「失せろ」はなかなかの失言である。店内は結構な盛り上がりを見せていたが、それでも流石に俺たちのやり取りはかき消せなかったらしい。一気に皆の視線が俺たちに集まった。
「ハッハ!失せろねえ…残念だが俺達は言葉じゃ止められねえ種族だ。力で奪い、力で魅せるのが巨人族」
巨人が立ち上がる。俺の二倍の身長はありそうだ。横幅も他の巨人と比べて一際大きく筋肉も逞しい。だからこそこの態度の大きさということなんだろう。
(なるほど)
頭脳としてのトップは初老の巨人で、肉体のトップはこいつということだ。
「お前も俺に認められたかったら証明してみな。その細い腕で何がやれるって話だがなあ!ハッハッハッ」
巨人につられて周りも笑い転げた。小さい俺が楯突いてるのがよっぽどおかしいらしい。俺は深呼吸をしたあと膝を曲げ左足を少し前に出した。
「あ~?それで構えてるつもりか?そんな小せえ体で何ができるってんだ」
「…弱い犬ほどよく吠える」
「ほお、言ってくれんじゃねえの…」
俺の言葉で頭にきたのか。巨人は腕捲りをした。
「いいぜ!やってやらあ!潰れて死ぬんじゃねえぞ!!!」
笑いながら俺に掴みかかってくる。
パシッ
襲いかかってきた手を素早く横に叩き、向きを変えさせる。本来ならそこで膝を蹴り、体勢を崩させて一撃を入れるのだが、巨人はすぐに一歩引いて体勢を戻してきた。流石に喧嘩慣れしているらしい。そう簡単には倒せそうにない。
「おっと…!?ハッハ!」
今ので巨人は警戒度を上げたようだ。俺の反撃に上機嫌になりながら一歩下がり様子をうかがってくる。周りも馬鹿にするような雰囲気は消え、固唾を飲んで見守っていた。
「お前、場慣れしているな?グレイの姉御がただの人間を飼うわけねえもんなあ!!ハッハ!楽しいな!!ワクワクさせやがって人間!!」
戦いが好きな種族なのかアドレナリンと共にテンションがぶち上がってる。面倒くさい相手だ。
「もう俺に絡む気がなくなった…わけないか」
「ああ、より好みだ。絶対連れ帰って、抱き潰してやる」
「くたばりやがれ」
「ハッハ!」
笑いながら巨人は腰を落とし、体当たりしてくる。
「っ…!」
ブウウンッ
間一髪避けられたが、風圧で体がぐらつく。速さも重さもまるでクマを相手にしてるみたいだ。余裕で人間のレベルを越えてる。
(あの体重でぶつかれば交通事故にあうのと同じだな…)
全身の骨が砕けるだろう。いっそ即死するかもしれない。
(かすることも許されない、か)
そして木のような腕をみればわかる。俺ら人間とは筋肉の質が違う。指先一つでも捕まれば正面からの力勝負になり、絶対に負ける。
「こんの、ちょこまか…と!」
巨人が俺の服を掴もうと手を伸ばす。それを避けて、とっさに背中をむけた。巨人からすれば絶好のチャンスだ。
「ハッハ!」
俺の隙をとらえた巨人がそこに踏み込んできた。俺の背中に覆い被さるように腕を広げる。
「ウオオラ!捕まえたぞ!!」
ガッ
巨人の手が俺の服を掴む。ビリビリと服が引き裂かれる音がしたが気にせず振り返った。
「いや、…捕まえたのは俺だ」
奴の右手首を掴み捻りあげる。
(どんな怪力男でも手首の構造は同じ)
向きさえ工夫すれば簡単にほどくことができる。すんなりと抜け出したあと、奴の右腕の下から死界を利用して脛を蹴りあげた。
「ッ!」
流石の巨人も脛は筋肉に守られていない。痛みに体の重心がぶれて前のめりになった。
(ここだ!!)
その瞬間を見逃さず、奴の前のめりになった勢いを利用し
「こんのっ…!!」
渾身の背負い投げをお見舞いする。明日は絶対筋肉痛だなと顔をしかめつつ思いっきり投げた。
ドガアアン!!バキバキ!
テーブルを思いっきり粉砕しながら巨人の体が背中から沈んでいく。テーブルを囲んでいた巨人達が悲鳴をあげながら後ずさった。
「はあ、はあ…思ってたより軽いな、巨人も…っ」
俺は全身の筋を痛める限界状態だったが、胸を張った。バレバレの虚勢である。
(頼むからもう起きてくるなよ…!)
虚勢でも十分の威力があったらしい。周りから歓声があがった。
「いいぞいいぞ!人間の兄ちゃん!」
「もっとやれー!!」
「負けるな~!!」
「喧嘩は巨人の一番の余興だー!!」
「あ~待って待って!お金はこっちに入れテー!」
歓声と共に金が振ってきて、それをグレイが必死に拾っている。俺が呆れていると、倒れていた巨人が木の破片を飛ばしなから勢いよく体を起こした。
「てんめえ…今、何しやがった…!!」
すっかり頭に血が上って顔が真っ赤だ。自分より小さい俺に投げ飛ばされたのが相当屈辱だったらしい。俺は肩で息をしながら説明してやった。
「何って、日本の技に“相手の力を利用する"ってのがあんだよ。格闘技だし練習が必要だけどな、それを使えば力の弱い女性でも男を倒せるんだぜ」
「そんな技が…!しっ信じられねえ…!!」
「誰かさんが力は強さだとか言ってたがそれは違うってことの証拠だ」
「うるせえ!!今のはまぐれだ!もう一度やるぞ人間っっ」
巨人が叫びながら起き上がると
「あ~な~た~た~チー?」
ピシリと空気が凍りついた。声のした方をみればグレイが唇をプルプルと震わせている。相当怒っているようだ。
「これ以上店を壊そうもんなら…あたしがあんたたちを壊すわヨ…」
グレイの前髪の奥からギラリと瞳が光った。いつの間にか俺たちの周辺に灰色の霧が漂っている。これ以上怒らせたら永遠の眠りにつかされる気がする。本能的な恐怖にその場にいた全員が縮こまった。周りの巨人達も俺の後ろに隠れてくる。調子のいい奴らだ。俺が後方から視線を戻すとグレイと目が合った。
「あんたもよ、初日から客と喧嘩してテーブル粉砕だなんて、やってくれんじゃないの、エエ?」
「す、すみませんでした」
早口で謝る。謝らないとこのまま首を絞め殺されそうだった。ギロりと前髪の奥から鋭い睨みが届いてくる。生唾を飲み込む。
「お客さんたちも困りますよ?お店の備品はタダじゃないんですからネエエエ?」
「はっはいっ心得ておりますっ」
巨人たちが震え上がり、土下座する。不謹慎だが、土下座なんてよく知ってるなと感心した。
「とりあえず主犯の二人。これ、掃除しなさい」
「「はい」」
俺と巨人が正座して声を揃えるのだった。
うすぼんやりとした意識の中で真人の声が響いてくる。
『雷くん』
真人が呼んでる。ああ、もう朝か。起きねえと。
『雷くん、雷くん!』
何度も呼ばれ耳を塞ぎたくなる。うるさいな、わかってる。もう起きるよ。
『国枝センパ~イ』
『!!』
能天気な新人の声にぎょっと体を起こせば、真人と新人が腕を組んで見下ろしてきた。二人は俺を見ると馬鹿にするように笑って背を向けた。そのまま歩いていく。
『ま、待ってくれ!真人…真人!!』
手を伸ばす。だが、その手が届くことはなかった。
「はっ…!!」
目を覚ますと見覚えのある天井が広がっていた。まるでマラソンでもしたかのように息があがっている。
「はあっ、はあっ」
全身にびっしょりと冷や汗をかいていて気持ち悪い。
「ライ、おはよう。今日もうなされていたな」
「ああ…もう…慣れたけどな」
「慣れるべきではないが、こうも続けば仕方ないか」
そう言いながらコップの水を差し出してきた。礼を言って受け取る。フィンは俺が目を覚ますといつもそばに駆け寄ってくる。それは出会ってから一週間経った今でも変わらない。
「今は…七時か…」
またこの時間に起きてしまった。前の会社でのルーティンがなかなか抜けない。真人との記憶と同じで体内時計もしっかり体に刻まれている。昨晩は四時ぐらいまでグレイの手伝いをしていて、今さっき寝たばかりなのに。フィンが心配するように眉を下げた。
「ライ、目をつむって。食事もあまりとれてないのに睡眠まで欠けたら体に毒だ」
「そう…だな…フィンも起こしちまって悪い」
「いいんだ。ライを助けられるなら何でもさせてくれ」
このフィンの恩返しマインドも継続している。木箱から助けだした俺に恩を感じてくれてるのは嬉しいが、もう十分してもらった。そろそろいい加減解放してくれるとありがたいんだが。
「私の命はライのものだ」
「……」
日常に見合わない重すぎるセリフに顔をしかめる。
(フィンって一歩間違えたらヤンデレとかメンヘラに化けそうだよな…)
俺の事を第一に考えてくれるのはありがたいが、時々不安になるほど周りが見えてない時がある。俺関係でなければ冷静で正常なのに。そもそもフィンの炎を操る力はかなり危険なものだ。その力が暴走したらと思うと恐ろしくなる。
「ちょっとライ~!起きてる?あ、ちょうど良かったワ」
グレイが顔を出してきた。手招きしてくる。
「あんたに客よ~」
「客…?」
(幻獣スナックを訪れるような知り合いなんて俺にはいないが…)
警戒しつつスナックの店内に移動した。カウンター席に大柄な男が座って待っていた。男の顔はみたことがあった。
「あんたは…!」
大柄な男は俺を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「よう、ライ。待ってたぞ」
この男は数日前にやってきた巨人(の団体客)の一人だ。
(絶対、面倒事だ)
嫌な予感がした。できるならこのままUターンしてベッドに戻りたい。
「はいはい、ちゃんとお客さんの話を聞いてネー」
しかしグレイに肩を掴まれ、戻れずに終わる。諦めてカウンターに移動するとすぐさま男に腕を掴まれた。
がしっ
巨人の怪力だ、簡単には腕を振りほどけない。そのまま引きずられるように扉へと引っ張られた。
「うおっ、ちょっまっ、どこ行くんだよ!」
「いいからついてこい」
「っはあ??」
「ライ!!」
俺が無理矢理連れ去られかけ、フィンが止めに入る。俺の腕を掴む巨人の手を引き剥がし睨み付けた。
「ライに触るな、巨人!」
「あ?部外者は引っ込んでろ」
「なんだと!」
バチバチと火花を散らす二人。フィンには悪いが、俺を挟んでやりあうのはやめてほしい。普通に命の危険を感じる。
「で。行くって、何の話だよ。どこへ行くつもりだ」
「そんなの俺たちのパーティーに決まってるだろ!お前の面と体貸せや、ライ!」
「はあ??」
横暴もいいところだ。お前はジャイアンなのか?そう言ってやりたいがこの男は知らないと思うので諦めた。巨人は腕を組み何故か誇らしげに言い放った。
「ライ、お前を俺の女にしてやる!」
「なっ…」
巨人の言葉に、今日も1日が長くなりそうだと俺は頭を抱えるのだった。
***
さて、少し時間を遡ることにする。そもそもこの巨人の男とは誰なのか、まずはそこからだろう。数日前…俺が初めてスナックで働いた日のことだ。
「グレイ。今日は巨人が来るって言ってたが、普通の人間より大きい人間って認識でいいのか?」
開店まであと一時間を切ったところで、作業の合間に尋ねてみた。流石の俺でも、映画とかで巨人的なものは見たことがある。
「まあ端的に言えばそうね。あたしやフィンみたいに魔力がないから人間寄りの幻獣っていえばいいかしら。でも元々はかなり大きかったのヨ。でも世代を進むにつれて人間の血が混ざって、最近のは小さくなったワネエ」
「最近のはってあんた何歳なんだ」
「あら、レディに年を聞くなんて野暮ネ~」
「…」
グレイをレディと呼ぶには無理がある気がするが、本人の認識に文句はいえない。スルーして話の続きを催促する。
「なあに、ライってばやけに興味があるのね」
「いや…初日ってのもあるけど、巨人って聞いてビビるだろ普通…」
「ふふ、あなた人間だったわね、ごめんごめん。順応性高いからついつい無茶振りしちゃうのよネ」
「勘弁してくれ」
初日から客に押し潰されて死ぬなんてごめんだぞ。俺の言いたいことが通じたのか、グレイは笑いながら手を振った。
「大丈夫大丈夫安心して!あたしの店に来る巨人は穏便なのばっかだから!初日だしとりあえずあたしの動きを観察してればいいワヨ。あとは皿洗いでもしてなさい」
「わかった…」
不安が全て消えた訳じゃないが、グレイの横で皿洗いしてるだけなら死にはしないだろうと思うようにした。
だが、その考えが、甘かった。
「いらっしゃいませ~!あら~皆さーん、待ってたのよ~!!」
開店してから30分ほどで巨人たちが現れた。
ズシッズシッ
まるで像が歩いてるみたいな重い足音がする。2mはあるスナックの扉を前にして誰の顔も見えていない。一番小さいのでも2m半はあるだろう。グレイも大概だが、更に背の高い集団が中腰で店の中に入ってきた。
(でっけえ…)
上にも横にも大きい体が店の椅子に腰かけていく。座ってるだけなのにかなり威圧感があった。店を潰すとかそういうサイズ感じゃなくて安心したが他の客が入る隙間はなくなってしまった。
「ライ、これ、外にかけてきてチョーダイ」
貸し切りとかかれた看板を渡される。俺は急いでそれを外の扉に立て掛けた。
「さあ、大忙しよ~」
グレイがバタバタと走り回る。慣れた手付きで巨人たちにそれぞれ酒を用意していく。俺もそれを手伝いながら巨人たちを観察した。カウンターに偉そうな巨人が二人、後方のテーブル席に残りが座っている形だ。カウンター席からやけに視線を感じるが気にしないようにした。
「やっぱりこの辺りに来たら寄っておかないとと思ってな!また会えて嬉しいよ、グレイねえさん」
「こちらこそ、可愛い坊やたちの顔が見れてあたしも嬉しいわ。なんだか若返りそう、うふふ」
「そんなこと言って、誰よりも若々しくて綺麗だぞ!ガハハ!」
カウンター席にいる初老の巨人客がグレイと親しげに話す。どうやら巨人のリーダーのようだ。彼が酒を口にすると他の巨人も酒をのみ始めた。
わいわい
グレイと話を弾ませる巨人たち。皆、酒を水のように煽りどんどん顔を赤く染めていく。
(巨人でも酒は酔うんだな…)
カウンターの洗い場から不思議そうに見ていると正面から声がした。
「お前、やけに人間臭いな」
「…!」
カウンター席に座っていたもう一人の一際デカイ巨人が、くんくんと鼻を近付けてくる。やめろ、と後ろに下がった。
「人間臭いって、失礼だな(人間にも俺にも)」
「本当の事だろ。グレイの姉御がただの人間を雇うとは思えねえしな、一体何者だ?」
「…別に、拾われただけだ」
嘘は言ってないが、ほとんど答えにはなってないだろう。巨人はじろじろと俺を観察しながら酒を口にする。
(なんだこいつは、俺を肴に飲んでて楽しいか?)
よっぽどグレイの方が話も面白いし見てて楽しいと思うが。しかもその視線が舐めるような動きをしていて、なんとも居心地が悪い。というか気持ち悪い。
(こういう時に限ってフィンは急ぎの買い出しに行ってるし…)
「なあ、お前、人間臭いが…やけに色っぽいな。欲求不満か?俺が抱いてやろうか」
「なっ…!」
人生28年。結構色々大変ではあったがこんな台詞を言われたのは初めてである。ぶっちゃけ顔面殴られたか、それ以上の衝撃を受けた。俺は顔をひきつらせながら即座に断る。
「丁重にお断りする」
「なんでだよ、巨人とやったことなくて怖いのか?心配するな、天国にいかせてやるぜ」
「どうせデカイだけだろ」
巨人は愉快そうに笑った。
「間違いねえ!だが、デカイってのは正義だ。体がデカけりゃ強い・良い、そうだろ?」
「…どうだかな」
俺の冷めた反応で更に火がついたのか、巨人が前のめりで口説いてくる。
「なあ、試してみないか」
「…」
周りの巨人たちは酒が回ったことで声が大きくなっている。おかげで俺たちのやり取りが目立ってる気配はない。グレイは勘づいてるっぽいが他の客の相手で手一杯だった。
(つまり自分で何とかしろってことだ)
俺は別に小柄な方ではない。179という微妙に180cmに届かない数字だが日本の平均身長よりは高い。なのに女役を求められ口説かれる。こんな屈辱はなかなかない。
(勤務初日からなんて災難だ)
俺が黙ってると更に迫ってくる。
「おい、金か?金ならあるぞ。お前ほどの女になら金を払ってやってもいいぜ」
そして「もっとも巨人の女たちは俺とやるために金を積んで頼み込んでくるがな」と自慢するように笑う。
(誰が金なんかでてめえなんかに抱かれるか、くたばれ)
俺が内心暴言を吐いてると、巨人は更に顔を近付けてきた。カウンターに身を乗り出す勢いだ。
「お前だって、金がほしくてここに立ってるんだろう?」
「…」
「体売っちまえよ」
今の台詞で気付かされた。かなりムカついたが少し冷静になる。
(そうか、そうだった)
訂正しよう。スナックとはそもそもこういう場所なんだ。訪れた客を酔わせ、その話に耳を傾け、笑顔で頷きお金を落とさせる仕事。こういう口説きもきっと日常茶飯事で、受け流していくのが仕事の一貫なんだろう。世界中のスナック…いや客商売の従事者を尊敬した。
「おい無視すんなよ!俺たちもパーティーのためとはいえ禁欲状態で来てるんだ。こちとらたまってんだよ」
「パーティー?」
「ああ、俺たちは元々この国で仕事してねえ。ここじゃ俺たちのガタイは目立ちすぎるからな」
確かに。黒人でもここまで大きい者はいないだろう。そんな巨体が街を歩いていたら散歩中のじいさんばあさんが腰を抜かしてしまう。
(子供が泣いて逃げるのが目に浮かぶな)
夜に歓楽街を歩くぐらいでギリギリだろう。
「だから俺らは海外を飛び回って、人間にはできねえ高いレベルの肉体労働をしているってわけだ。だがそのためには営業の仕事も必要だ。仕事を見つけるための仕事ってやつだ。それが今回のパーティーってわけだよ」
「なるほど…だがそれがなんで禁欲に繋がる?」
「さっきも言ったがここじゃ俺らは肩身が狭い。少し歩けば職質の嵐だ。挙げ句の果てはギャングが顔を出して噛みついてくる。そんな状態じゃ街中を歩けねえだろ?街に行けないってことは女を買うこともできねえんだよ」
確かに…それもそうか。食事や必要最低限の外出すらできない状態で風俗に行くなんてもっての外だろう。海外からわざわざ来たというのに少し哀れに思えた。
(まあ、自分で処理すればいいだけだけどな)
哀れとは言えそれを俺が解消してやる義理はないわけで。
「だから抱かせろよ。俺だけじゃ足りねえってんならここにいる全員で相手してやるぜ?」
「地獄過ぎるわ。あんたから見たら小さくて女に見えるかもしんねーけど。俺は男だ。あんたに抱かれるつもりはねえ」
きっぱりと断る。
「そんなツンケンするなよ。巨人族の女がちょうどお前ぐらいの背丈なんだよ」
抱き締めたらきっとピッタリだぜ?と誘うように見てくる。俺は頭を振って断った。今度こそ話は終わりだと追加の酒を押し付ける。これでも飲んで潰れとけ。
「ちょっと~!一番テーブルのグラスとお皿回収してチョーダイ~!」
そこで助け船がきた。グレイの指示に、ホッとしたようにカウンターを出る。
「ああ、わかった」
その合間も巨人はずっと俺を視界から外さなかった。テーブル席は絡んできた巨人の後方にあり、ちょっかいを出されないか警戒していたが意外にも何もされなかった。
「失礼します」
巨人たちの食器をお盆に並べていく。その時だった。
さわ…
何かが腰を撫でていく感触がした。一気に鳥肌が立つ。やはりあいつだ。後方をみれば、カウンターでニヤつくクソ巨人と目があった。
「な?デカイと腕が長い。腕が長いと、便利だろう?」
撫でる動きを手で再現してくる。イラつきすぎて血管がきれそうだ。
「……いい加減にしろ」
「ん~?よく聞こえねえなあ~?」
「失せろって言ってんだよ、でけえだけの能無しが」
俺の台詞に店内がひりつく。スタッフが客に「失せろ」はなかなかの失言である。店内は結構な盛り上がりを見せていたが、それでも流石に俺たちのやり取りはかき消せなかったらしい。一気に皆の視線が俺たちに集まった。
「ハッハ!失せろねえ…残念だが俺達は言葉じゃ止められねえ種族だ。力で奪い、力で魅せるのが巨人族」
巨人が立ち上がる。俺の二倍の身長はありそうだ。横幅も他の巨人と比べて一際大きく筋肉も逞しい。だからこそこの態度の大きさということなんだろう。
(なるほど)
頭脳としてのトップは初老の巨人で、肉体のトップはこいつということだ。
「お前も俺に認められたかったら証明してみな。その細い腕で何がやれるって話だがなあ!ハッハッハッ」
巨人につられて周りも笑い転げた。小さい俺が楯突いてるのがよっぽどおかしいらしい。俺は深呼吸をしたあと膝を曲げ左足を少し前に出した。
「あ~?それで構えてるつもりか?そんな小せえ体で何ができるってんだ」
「…弱い犬ほどよく吠える」
「ほお、言ってくれんじゃねえの…」
俺の言葉で頭にきたのか。巨人は腕捲りをした。
「いいぜ!やってやらあ!潰れて死ぬんじゃねえぞ!!!」
笑いながら俺に掴みかかってくる。
パシッ
襲いかかってきた手を素早く横に叩き、向きを変えさせる。本来ならそこで膝を蹴り、体勢を崩させて一撃を入れるのだが、巨人はすぐに一歩引いて体勢を戻してきた。流石に喧嘩慣れしているらしい。そう簡単には倒せそうにない。
「おっと…!?ハッハ!」
今ので巨人は警戒度を上げたようだ。俺の反撃に上機嫌になりながら一歩下がり様子をうかがってくる。周りも馬鹿にするような雰囲気は消え、固唾を飲んで見守っていた。
「お前、場慣れしているな?グレイの姉御がただの人間を飼うわけねえもんなあ!!ハッハ!楽しいな!!ワクワクさせやがって人間!!」
戦いが好きな種族なのかアドレナリンと共にテンションがぶち上がってる。面倒くさい相手だ。
「もう俺に絡む気がなくなった…わけないか」
「ああ、より好みだ。絶対連れ帰って、抱き潰してやる」
「くたばりやがれ」
「ハッハ!」
笑いながら巨人は腰を落とし、体当たりしてくる。
「っ…!」
ブウウンッ
間一髪避けられたが、風圧で体がぐらつく。速さも重さもまるでクマを相手にしてるみたいだ。余裕で人間のレベルを越えてる。
(あの体重でぶつかれば交通事故にあうのと同じだな…)
全身の骨が砕けるだろう。いっそ即死するかもしれない。
(かすることも許されない、か)
そして木のような腕をみればわかる。俺ら人間とは筋肉の質が違う。指先一つでも捕まれば正面からの力勝負になり、絶対に負ける。
「こんの、ちょこまか…と!」
巨人が俺の服を掴もうと手を伸ばす。それを避けて、とっさに背中をむけた。巨人からすれば絶好のチャンスだ。
「ハッハ!」
俺の隙をとらえた巨人がそこに踏み込んできた。俺の背中に覆い被さるように腕を広げる。
「ウオオラ!捕まえたぞ!!」
ガッ
巨人の手が俺の服を掴む。ビリビリと服が引き裂かれる音がしたが気にせず振り返った。
「いや、…捕まえたのは俺だ」
奴の右手首を掴み捻りあげる。
(どんな怪力男でも手首の構造は同じ)
向きさえ工夫すれば簡単にほどくことができる。すんなりと抜け出したあと、奴の右腕の下から死界を利用して脛を蹴りあげた。
「ッ!」
流石の巨人も脛は筋肉に守られていない。痛みに体の重心がぶれて前のめりになった。
(ここだ!!)
その瞬間を見逃さず、奴の前のめりになった勢いを利用し
「こんのっ…!!」
渾身の背負い投げをお見舞いする。明日は絶対筋肉痛だなと顔をしかめつつ思いっきり投げた。
ドガアアン!!バキバキ!
テーブルを思いっきり粉砕しながら巨人の体が背中から沈んでいく。テーブルを囲んでいた巨人達が悲鳴をあげながら後ずさった。
「はあ、はあ…思ってたより軽いな、巨人も…っ」
俺は全身の筋を痛める限界状態だったが、胸を張った。バレバレの虚勢である。
(頼むからもう起きてくるなよ…!)
虚勢でも十分の威力があったらしい。周りから歓声があがった。
「いいぞいいぞ!人間の兄ちゃん!」
「もっとやれー!!」
「負けるな~!!」
「喧嘩は巨人の一番の余興だー!!」
「あ~待って待って!お金はこっちに入れテー!」
歓声と共に金が振ってきて、それをグレイが必死に拾っている。俺が呆れていると、倒れていた巨人が木の破片を飛ばしなから勢いよく体を起こした。
「てんめえ…今、何しやがった…!!」
すっかり頭に血が上って顔が真っ赤だ。自分より小さい俺に投げ飛ばされたのが相当屈辱だったらしい。俺は肩で息をしながら説明してやった。
「何って、日本の技に“相手の力を利用する"ってのがあんだよ。格闘技だし練習が必要だけどな、それを使えば力の弱い女性でも男を倒せるんだぜ」
「そんな技が…!しっ信じられねえ…!!」
「誰かさんが力は強さだとか言ってたがそれは違うってことの証拠だ」
「うるせえ!!今のはまぐれだ!もう一度やるぞ人間っっ」
巨人が叫びながら起き上がると
「あ~な~た~た~チー?」
ピシリと空気が凍りついた。声のした方をみればグレイが唇をプルプルと震わせている。相当怒っているようだ。
「これ以上店を壊そうもんなら…あたしがあんたたちを壊すわヨ…」
グレイの前髪の奥からギラリと瞳が光った。いつの間にか俺たちの周辺に灰色の霧が漂っている。これ以上怒らせたら永遠の眠りにつかされる気がする。本能的な恐怖にその場にいた全員が縮こまった。周りの巨人達も俺の後ろに隠れてくる。調子のいい奴らだ。俺が後方から視線を戻すとグレイと目が合った。
「あんたもよ、初日から客と喧嘩してテーブル粉砕だなんて、やってくれんじゃないの、エエ?」
「す、すみませんでした」
早口で謝る。謝らないとこのまま首を絞め殺されそうだった。ギロりと前髪の奥から鋭い睨みが届いてくる。生唾を飲み込む。
「お客さんたちも困りますよ?お店の備品はタダじゃないんですからネエエエ?」
「はっはいっ心得ておりますっ」
巨人たちが震え上がり、土下座する。不謹慎だが、土下座なんてよく知ってるなと感心した。
「とりあえず主犯の二人。これ、掃除しなさい」
「「はい」」
俺と巨人が正座して声を揃えるのだった。
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