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第十四章「海賊船と呪いの秘宝」
★ワルい子
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「…そうだった。ルトは、ワルい子だったな」
「何を言って…イっああぁ?!」
トーンの下がった低い声で囁かれ、グリグリと固いものを俺のいい所にぶつけてくる。レインのがあたるたびに跳ね上がる俺の体。
「悪い子にはお仕置きだ」
「ああっ?!やめっ」
うつ伏せの姿勢で首を絞められ強く突かれる。酸欠からくる息苦しさと、中から溢れてくる快感、体の中で暴れる異物感。俺の脳はぐちゃぐちゃになっていった。何も考えられなくなり、意識が朦朧とする。
「あっああっ、ハア、だ、れっか、ハッ、たすけっ…!」
そう叫んだ時、視界が赤く染まった。一瞬酸欠のせいでそうなったのかと思った。けど、違う。中央にある、一段と強く光る赤い光が二つ。すぐにそれが瞳だと気づく。
ゾクリ
「っ…!!」
どんな化物よりも恐ろしい、我を忘れたザクが俺たちの前に立っていた。無表情でじっと見下してくる。
「…はは、そろそろ来る頃かと思った」
特に焦った様子もないレインは突くのをやめることもなく淡々と呟いた。恐ろしい殺気と邪気を放つ悪魔を見て笑っている。
(二人とも…正気じゃない…っ)
俺だけが正気の中に取り残されたみたいで恐ろしかった。
「ふーん。その姿…かつての王みたいだな」
『グルルッッ』
「…そうか。破片に触れたせいで理性も飛んだのか。はは、すっかり悪魔らしくなったな。ルトの彼氏くん」
「うっ、あ、ざ…く、ああっ、ざく…っ!」
俺達の前に立つザクはすでに「ザクの形をした何か」に変貌していた。
『グルルルルッ!』
体からは溢れるように黒い臭気が出ていて、全身は血で真っ赤に染まっていた。
(これはイーグルの血なのか?じゃあイーグルは…?!)
いつもなら不敵に笑っている口元も、獣の発するような唸り声しか出てこない。
「ざ、く…?」
『グアウウウ!!!』
俺が名前を呼んでも反応しない。それがとても怖くて、ザクが遠くに行ってしまったみたいで…言い表せない不安に襲われた。
「ざく…ザクっ…!」
『ア、グ、グルルルルアアア!!!』
「っ!!」
ザクが強く吠える。あまりの威圧感につい身が引けてしまう。
「はは、ルトが怖がってるじゃないか」
よしよしと頭を撫でられる。びくりと震えたあと顔を上げればレインが笑いかけてきた。
「ほら悪魔って怖いだろ?」
「うっ…こ、こわくなんか…」
「いやわかったはずだ。ルトが愛そうとしてるのは恐ろしい化物だって」
「…っ、ザクは化物なんかじゃない!」
「そんなに震えてるのによく言う。説得力が全然ないよ。でも駄々をこねてるみたいでこれはこれで可愛いかな」
「~~っ!だ、黙れ!そんなこと言ってないで、少しは動揺をしろよ!お前殺されるぞっ」
「はは、ここで俺を心配しちゃうんだ、ほんと…ルトは聖母にでもなるつもりなのかな」
「ふざけるなっ!!!」
「大丈夫だよ、悪魔はその十字架の近くには来れないから」
「えっ…あ!」
俺が握りしめていた十字架を指差してくる。手を開いて確認すると、こんな状況でも白銀色に光る十字架はとても綺麗だった。汚れの一切ない十字架から放たれる光を避けるようにザクが後退る。
(本当だ…)
我を失ったザクが唸吠るだけで近寄ってこないのはそのせいか。
(レインの話って本当なのか??この十字架にそんな力が…?)
十字架というより十字架の光を嫌がっているようだった。後退っていくザクを見ながらレインの話を必死に思い出す。
「だから俺はこのままルトを抱けるわけなんだけども。はあ。残念なことに…邪魔が入りそうだ」
「え…?」
ビュオオオオォォ!!!!
物凄い轟音とともに夜空から何かが降ってきた。それは人の形をした黒い塊で、俺たちのすぐ目の前に着地した。
「…あ!」
ゆらりと起き上がった姿を見て俺は目を丸くする。金色に輝く瞳とぶつかり、息をのんだ。
「え、エス?!!」
「ルトから離れろ人間!!!」
黒い髪を靡かせ、金の瞳を鋭く光らせる…美しい吸血鬼がそこにいた。
(助けにきてくれたのか…っ)
鬼気迫る勢いだがこっちは正気を失ってない。それだけでも嬉しくて涙が溢れそうになった。
「エス…っ」
「さっき港で怪しい船を見つけて、乗員からここの場所を吐かせた。まさかこんなことになってるなんて…」
「エス!だめだっ今俺に近づいたらっ」
「っぐ?!」
十字架の光に当たったエスが膝をつき唸った。倒れはしなかったが冷や汗を大量にかいてる。
「なんだっ…これは、?!…っ」
「へえ、吸血鬼にもきくのか。すごいすごい」
レインが楽しそうに十字架を眺めてくる。
「ねえ、ルト、俺にそれをくれない?」
「だめだ…っ」
「このままだと吸血鬼くんが近寄れないよ?」
「…そ、ん」
「オレのことは気にするな!ルト!」
苦しそうに息を荒げながらレインを睨むエス。絞り出すように口を開いて話しだした。
「お前…!あの時、ルトを…っ、苦しめた男だな…?!」
「ああ、森でのことかな?うん。そうだよ。よくわかったね」
「あの時ルトには吐き気がする程お前の匂いが染み付いていた…っ!忘れるわけがない!!」
牙を見せ、唸りながらにじり寄ってくる。それを見たレインが「へえ」と楽しそうに笑った。
「そっか、吸血鬼くんもルトが好きなのか」
「?!」
「…哀れだな」
そう言ってレインはエスから視線を外した。もう興味をなくしたらしい。
『グっガアア、アア…オ、イッ、テメエ…!』
それまで唸っているだけだったザクが、唸り声の合間にエスを呼んだ。
「?!」
エスが脂汗を流しながらザクの方を向く。意識を保つだけでも辛そうなエスと、獣のようなザクが視線を数秒合わせた。エスが一瞬、目を見開いて、それから小さく頷く。
「わかった…あとで文句は受け付けないからな」
『ッハ…っ!』
エスの言葉に、ザクは苦しそうに顔を歪めて笑った。
「悪魔と吸血鬼か…全く、嫌な組み合わせだ。仲が悪いんじゃなかったか」
それを見たレインが俺の腰を引き寄せて、ググッと強く奥を突いてくる。
「ううあ?!あっああっな、なにすっ、る、あああっ!!」
「逆だよ。もうあれで彼の理性は消える。言うなれば最後の悪あがきってやつかな」
「そ、そんなっ…!」
ザクにもう一度視線を戻した。真っ赤に染まるザクは確かに別人みたいだった。
(これで最後だなんて…そんなの嘘だろ??)
こんなことなら、もっと、もっと素直に言っておけばよかった。ザクが好きだって…お前だけだよって…照れずに言えばよかった。
ポロッ…
後悔すればするほど涙が溢れてくる。
「あー。ルトの泣き顔は癖になるね。もっと泣かしたくなる」
レインが優しい手つきで俺の頭を撫でてくる。そのままあやすように丁寧に腕を回されぎゅっと抱かれた。
「ほら、彼が壊れていくのを眺めながら、俺を受け入れるんだ、ルト」
「いやだッ嫌だ!!ザク!!」
手を伸ばす。少しずつ黒く染まりかけてる悪魔に。届くはずのない悪魔に向けて。まだ意識が少し残ってるのか、悪魔は唸りながら一歩、また一歩近づいてくる。同じように手を伸ばして。
『グアアッ…グウルルル…!!』
急に悪魔が苦しそうに呻きだした。
『グッ、アアアァァ!!』
真っ赤だったはずの悪魔がどんどん臭気に染められ黒く変化していく。
(ザクの体が侵食されていってるのか??)
レインの腕に拘束されて身動きの取れない自身がもどかしい。
「ザク!!ザクっっ!!!」
『っ……!』
狂ったように名前を呼んでいると、急にザクが動きを止め震えだした。何事だとザクを見ていると
『ゴボッ…グッ、う…ガハッ』
急にザクの口から大量の血が溢れてきた。目の前の地面に赤い水溜りができる。
「ザク!?!」
ザクの腹から誰かの手が突き破って出てきている事に気づいた。白くて爪の長い手。エスの手だ。
「エス!!何してるんだよっ!!」
ただでさえ重症なのに、追い討ちをかけるつもりか?!俺が悲鳴をあげるように叫んだ。
ズボッ!
ザクの後ろに立つエスは無表情のまま腕を引き抜く。そこから大量の赤い液体が溢れてきて、ザクは血溜りに濡れる地面に倒れこんだ。そのまま動かなくなる。
「あれ、彼死んだ?」
レインが拍子抜けだというように呟いた。流石にエスの行動は予測できなかったのが倒れているザクを不思議そうに見ている。
(いまだ…!)
ドン!
「おっと」
「んぐ、はあ…っ!…ザク!!」
俺は隙のできたレインの体を押し退けザクの元へ走った。うつ伏せに寝ているザクを表に向け、口に耳を近づける。
「…っハア……ッハア」
息をしてる。死んでない。
「よかった…」
へにゃへにゃと体から力が抜ける。
「急所は避けてある」
「エス…っ」
返り血で赤く染まったエスを睨みつける。なんでこんなことをしたんだと怒鳴る気力はなかった。ただただ放心してしまう。そんな俺を前にしてエスは…血で濡れた右腕を眺めて…
ぺろり
その血に舌を沿わせた。
「うっ…まずすぎる…おえっ」
口元についた血を袖で拭きながら顔をしかめる。
「エス…?」
「…アアッ、クソ痛え……っ」
「!!」
エスに目を奪われていると、急にザクが起き上がってきた。飛び上がる。
「ザク??!」
驚いて口をパクパクしていると、正気に戻ったザクと目が合う。汗をびっしょりかいていて顔色も悪いが「化物」ではなくなっていた。ドス黒い臭気も消えている。
「わり…ビビらせた、な、…っぐ、イテテっ…!くそっ!ちっとは加減しろよ吸血鬼!」
「お前ならこの程度の傷では死なない」
「けけ。本当は殺す気だったんじゃねえのか、クソッタレ…」
ザクの悪態にエスは肩をすくめるだけだった。
「はあ、だが、おかげで正気に戻れたぜ…ったく、痛すぎてハゲるっつの」
「ザク…?ザク、なのか…?」
名前を呼ぶと少し照れたような顔のザクに抱き寄せられる。
「ああ、俺様だぜ」
「ザク…」
「怖がらせて悪かった。でもな、俺様がルトを置いていくわけねえだろ?」
「ーーっ馬鹿!!!」
「けけ、そうだな、馬鹿になっちゃうんだよなあ…ルトといると」
しゃくり上げる俺の背中を優しくゆっくりと撫でてきた。それだけで色々な思いが、不安が、溶けていくようだった。
「はあ、やっぱ今回は手駒が少なかったか」
冷めきったレインの声が路地に響いた。急いでレインがいた場所に視線を戻す…がそこにはすでにレインの姿はなく…声だけが反響していた。
「まあ、仕方ないか。あっちはうまくいってるようだし結果オーライだな」
「レイン…っ!」
「ルト、今は預けておくけどいつか必ずもらいにいくから、その十字架大事に守っててね。あと破片の方はもらっていくよ」
「おいてめえ!待ちやがれ!!」
ザクが起き上がろうとする。しかし流石のザクでも腹に穴があいた状態で動くのは厳しいみたいで、痛みに顔を歪め床に蹲った。
「うぐっ…!」
「ザク!動いちゃダメだ!」
すでにレインの姿は消えてる。ザクがここで暴れても意味がない。
「馬鹿ザク!本当に死ぬから寝てろって!」
「俺様がそんな簡単にくたばるかッ!今すぐレインをぶっ殺さねーと腸が煮えくり返って吐きそうだ!」
「レインは消えたんだぞ!落ち着け!」
出血しすぎてザクは興奮状態になっていた。俺の言葉を全く聞いてくれない。
「ルト、どいていろ」
「え、エス?何するつもり…」
さっきの腕ぶっ刺さりシーンを見てしまっているため、はいそうですかとはどけなかった。ごねているとエスがふっと優しく笑う。
「安心しろ、もうあんな事はしない」
そう言われ大人しく引いてしまう俺。エスの微笑みは珍しいのでついつい体が動いてしまったのだ。自分の単純さに呆れつつ、じっとエスの動きを見守る。
サッ
ザクの背後にまわり、その鍛えられた体に手を添えた。やっと気づいたザクが振り向く。
「ああ?なんだ吸血鬼っ――うあっ?!」
大きく口を開けたと思えば、ガブリとザクの首元に噛み付いた。エスの鋭い犬歯が首に埋まっていく。その傷口からはツーっと一筋の血が流れていった。
「イッ…ってめえ!!!」
血の気が引く光景に俺は無意識に後ずさってしまう。
バタリ
次の瞬間、糸が切れたようにザクが倒れこんだ。
「何を言って…イっああぁ?!」
トーンの下がった低い声で囁かれ、グリグリと固いものを俺のいい所にぶつけてくる。レインのがあたるたびに跳ね上がる俺の体。
「悪い子にはお仕置きだ」
「ああっ?!やめっ」
うつ伏せの姿勢で首を絞められ強く突かれる。酸欠からくる息苦しさと、中から溢れてくる快感、体の中で暴れる異物感。俺の脳はぐちゃぐちゃになっていった。何も考えられなくなり、意識が朦朧とする。
「あっああっ、ハア、だ、れっか、ハッ、たすけっ…!」
そう叫んだ時、視界が赤く染まった。一瞬酸欠のせいでそうなったのかと思った。けど、違う。中央にある、一段と強く光る赤い光が二つ。すぐにそれが瞳だと気づく。
ゾクリ
「っ…!!」
どんな化物よりも恐ろしい、我を忘れたザクが俺たちの前に立っていた。無表情でじっと見下してくる。
「…はは、そろそろ来る頃かと思った」
特に焦った様子もないレインは突くのをやめることもなく淡々と呟いた。恐ろしい殺気と邪気を放つ悪魔を見て笑っている。
(二人とも…正気じゃない…っ)
俺だけが正気の中に取り残されたみたいで恐ろしかった。
「ふーん。その姿…かつての王みたいだな」
『グルルッッ』
「…そうか。破片に触れたせいで理性も飛んだのか。はは、すっかり悪魔らしくなったな。ルトの彼氏くん」
「うっ、あ、ざ…く、ああっ、ざく…っ!」
俺達の前に立つザクはすでに「ザクの形をした何か」に変貌していた。
『グルルルルッ!』
体からは溢れるように黒い臭気が出ていて、全身は血で真っ赤に染まっていた。
(これはイーグルの血なのか?じゃあイーグルは…?!)
いつもなら不敵に笑っている口元も、獣の発するような唸り声しか出てこない。
「ざ、く…?」
『グアウウウ!!!』
俺が名前を呼んでも反応しない。それがとても怖くて、ザクが遠くに行ってしまったみたいで…言い表せない不安に襲われた。
「ざく…ザクっ…!」
『ア、グ、グルルルルアアア!!!』
「っ!!」
ザクが強く吠える。あまりの威圧感につい身が引けてしまう。
「はは、ルトが怖がってるじゃないか」
よしよしと頭を撫でられる。びくりと震えたあと顔を上げればレインが笑いかけてきた。
「ほら悪魔って怖いだろ?」
「うっ…こ、こわくなんか…」
「いやわかったはずだ。ルトが愛そうとしてるのは恐ろしい化物だって」
「…っ、ザクは化物なんかじゃない!」
「そんなに震えてるのによく言う。説得力が全然ないよ。でも駄々をこねてるみたいでこれはこれで可愛いかな」
「~~っ!だ、黙れ!そんなこと言ってないで、少しは動揺をしろよ!お前殺されるぞっ」
「はは、ここで俺を心配しちゃうんだ、ほんと…ルトは聖母にでもなるつもりなのかな」
「ふざけるなっ!!!」
「大丈夫だよ、悪魔はその十字架の近くには来れないから」
「えっ…あ!」
俺が握りしめていた十字架を指差してくる。手を開いて確認すると、こんな状況でも白銀色に光る十字架はとても綺麗だった。汚れの一切ない十字架から放たれる光を避けるようにザクが後退る。
(本当だ…)
我を失ったザクが唸吠るだけで近寄ってこないのはそのせいか。
(レインの話って本当なのか??この十字架にそんな力が…?)
十字架というより十字架の光を嫌がっているようだった。後退っていくザクを見ながらレインの話を必死に思い出す。
「だから俺はこのままルトを抱けるわけなんだけども。はあ。残念なことに…邪魔が入りそうだ」
「え…?」
ビュオオオオォォ!!!!
物凄い轟音とともに夜空から何かが降ってきた。それは人の形をした黒い塊で、俺たちのすぐ目の前に着地した。
「…あ!」
ゆらりと起き上がった姿を見て俺は目を丸くする。金色に輝く瞳とぶつかり、息をのんだ。
「え、エス?!!」
「ルトから離れろ人間!!!」
黒い髪を靡かせ、金の瞳を鋭く光らせる…美しい吸血鬼がそこにいた。
(助けにきてくれたのか…っ)
鬼気迫る勢いだがこっちは正気を失ってない。それだけでも嬉しくて涙が溢れそうになった。
「エス…っ」
「さっき港で怪しい船を見つけて、乗員からここの場所を吐かせた。まさかこんなことになってるなんて…」
「エス!だめだっ今俺に近づいたらっ」
「っぐ?!」
十字架の光に当たったエスが膝をつき唸った。倒れはしなかったが冷や汗を大量にかいてる。
「なんだっ…これは、?!…っ」
「へえ、吸血鬼にもきくのか。すごいすごい」
レインが楽しそうに十字架を眺めてくる。
「ねえ、ルト、俺にそれをくれない?」
「だめだ…っ」
「このままだと吸血鬼くんが近寄れないよ?」
「…そ、ん」
「オレのことは気にするな!ルト!」
苦しそうに息を荒げながらレインを睨むエス。絞り出すように口を開いて話しだした。
「お前…!あの時、ルトを…っ、苦しめた男だな…?!」
「ああ、森でのことかな?うん。そうだよ。よくわかったね」
「あの時ルトには吐き気がする程お前の匂いが染み付いていた…っ!忘れるわけがない!!」
牙を見せ、唸りながらにじり寄ってくる。それを見たレインが「へえ」と楽しそうに笑った。
「そっか、吸血鬼くんもルトが好きなのか」
「?!」
「…哀れだな」
そう言ってレインはエスから視線を外した。もう興味をなくしたらしい。
『グっガアア、アア…オ、イッ、テメエ…!』
それまで唸っているだけだったザクが、唸り声の合間にエスを呼んだ。
「?!」
エスが脂汗を流しながらザクの方を向く。意識を保つだけでも辛そうなエスと、獣のようなザクが視線を数秒合わせた。エスが一瞬、目を見開いて、それから小さく頷く。
「わかった…あとで文句は受け付けないからな」
『ッハ…っ!』
エスの言葉に、ザクは苦しそうに顔を歪めて笑った。
「悪魔と吸血鬼か…全く、嫌な組み合わせだ。仲が悪いんじゃなかったか」
それを見たレインが俺の腰を引き寄せて、ググッと強く奥を突いてくる。
「ううあ?!あっああっな、なにすっ、る、あああっ!!」
「逆だよ。もうあれで彼の理性は消える。言うなれば最後の悪あがきってやつかな」
「そ、そんなっ…!」
ザクにもう一度視線を戻した。真っ赤に染まるザクは確かに別人みたいだった。
(これで最後だなんて…そんなの嘘だろ??)
こんなことなら、もっと、もっと素直に言っておけばよかった。ザクが好きだって…お前だけだよって…照れずに言えばよかった。
ポロッ…
後悔すればするほど涙が溢れてくる。
「あー。ルトの泣き顔は癖になるね。もっと泣かしたくなる」
レインが優しい手つきで俺の頭を撫でてくる。そのままあやすように丁寧に腕を回されぎゅっと抱かれた。
「ほら、彼が壊れていくのを眺めながら、俺を受け入れるんだ、ルト」
「いやだッ嫌だ!!ザク!!」
手を伸ばす。少しずつ黒く染まりかけてる悪魔に。届くはずのない悪魔に向けて。まだ意識が少し残ってるのか、悪魔は唸りながら一歩、また一歩近づいてくる。同じように手を伸ばして。
『グアアッ…グウルルル…!!』
急に悪魔が苦しそうに呻きだした。
『グッ、アアアァァ!!』
真っ赤だったはずの悪魔がどんどん臭気に染められ黒く変化していく。
(ザクの体が侵食されていってるのか??)
レインの腕に拘束されて身動きの取れない自身がもどかしい。
「ザク!!ザクっっ!!!」
『っ……!』
狂ったように名前を呼んでいると、急にザクが動きを止め震えだした。何事だとザクを見ていると
『ゴボッ…グッ、う…ガハッ』
急にザクの口から大量の血が溢れてきた。目の前の地面に赤い水溜りができる。
「ザク!?!」
ザクの腹から誰かの手が突き破って出てきている事に気づいた。白くて爪の長い手。エスの手だ。
「エス!!何してるんだよっ!!」
ただでさえ重症なのに、追い討ちをかけるつもりか?!俺が悲鳴をあげるように叫んだ。
ズボッ!
ザクの後ろに立つエスは無表情のまま腕を引き抜く。そこから大量の赤い液体が溢れてきて、ザクは血溜りに濡れる地面に倒れこんだ。そのまま動かなくなる。
「あれ、彼死んだ?」
レインが拍子抜けだというように呟いた。流石にエスの行動は予測できなかったのが倒れているザクを不思議そうに見ている。
(いまだ…!)
ドン!
「おっと」
「んぐ、はあ…っ!…ザク!!」
俺は隙のできたレインの体を押し退けザクの元へ走った。うつ伏せに寝ているザクを表に向け、口に耳を近づける。
「…っハア……ッハア」
息をしてる。死んでない。
「よかった…」
へにゃへにゃと体から力が抜ける。
「急所は避けてある」
「エス…っ」
返り血で赤く染まったエスを睨みつける。なんでこんなことをしたんだと怒鳴る気力はなかった。ただただ放心してしまう。そんな俺を前にしてエスは…血で濡れた右腕を眺めて…
ぺろり
その血に舌を沿わせた。
「うっ…まずすぎる…おえっ」
口元についた血を袖で拭きながら顔をしかめる。
「エス…?」
「…アアッ、クソ痛え……っ」
「!!」
エスに目を奪われていると、急にザクが起き上がってきた。飛び上がる。
「ザク??!」
驚いて口をパクパクしていると、正気に戻ったザクと目が合う。汗をびっしょりかいていて顔色も悪いが「化物」ではなくなっていた。ドス黒い臭気も消えている。
「わり…ビビらせた、な、…っぐ、イテテっ…!くそっ!ちっとは加減しろよ吸血鬼!」
「お前ならこの程度の傷では死なない」
「けけ。本当は殺す気だったんじゃねえのか、クソッタレ…」
ザクの悪態にエスは肩をすくめるだけだった。
「はあ、だが、おかげで正気に戻れたぜ…ったく、痛すぎてハゲるっつの」
「ザク…?ザク、なのか…?」
名前を呼ぶと少し照れたような顔のザクに抱き寄せられる。
「ああ、俺様だぜ」
「ザク…」
「怖がらせて悪かった。でもな、俺様がルトを置いていくわけねえだろ?」
「ーーっ馬鹿!!!」
「けけ、そうだな、馬鹿になっちゃうんだよなあ…ルトといると」
しゃくり上げる俺の背中を優しくゆっくりと撫でてきた。それだけで色々な思いが、不安が、溶けていくようだった。
「はあ、やっぱ今回は手駒が少なかったか」
冷めきったレインの声が路地に響いた。急いでレインがいた場所に視線を戻す…がそこにはすでにレインの姿はなく…声だけが反響していた。
「まあ、仕方ないか。あっちはうまくいってるようだし結果オーライだな」
「レイン…っ!」
「ルト、今は預けておくけどいつか必ずもらいにいくから、その十字架大事に守っててね。あと破片の方はもらっていくよ」
「おいてめえ!待ちやがれ!!」
ザクが起き上がろうとする。しかし流石のザクでも腹に穴があいた状態で動くのは厳しいみたいで、痛みに顔を歪め床に蹲った。
「うぐっ…!」
「ザク!動いちゃダメだ!」
すでにレインの姿は消えてる。ザクがここで暴れても意味がない。
「馬鹿ザク!本当に死ぬから寝てろって!」
「俺様がそんな簡単にくたばるかッ!今すぐレインをぶっ殺さねーと腸が煮えくり返って吐きそうだ!」
「レインは消えたんだぞ!落ち着け!」
出血しすぎてザクは興奮状態になっていた。俺の言葉を全く聞いてくれない。
「ルト、どいていろ」
「え、エス?何するつもり…」
さっきの腕ぶっ刺さりシーンを見てしまっているため、はいそうですかとはどけなかった。ごねているとエスがふっと優しく笑う。
「安心しろ、もうあんな事はしない」
そう言われ大人しく引いてしまう俺。エスの微笑みは珍しいのでついつい体が動いてしまったのだ。自分の単純さに呆れつつ、じっとエスの動きを見守る。
サッ
ザクの背後にまわり、その鍛えられた体に手を添えた。やっと気づいたザクが振り向く。
「ああ?なんだ吸血鬼っ――うあっ?!」
大きく口を開けたと思えば、ガブリとザクの首元に噛み付いた。エスの鋭い犬歯が首に埋まっていく。その傷口からはツーっと一筋の血が流れていった。
「イッ…ってめえ!!!」
血の気が引く光景に俺は無意識に後ずさってしまう。
バタリ
次の瞬間、糸が切れたようにザクが倒れこんだ。
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