牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十二章「悪魔様の婚約者」

幻覚をとく条件

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 =なるほど=
 =大変だったなあルト=
 =心細かっただろうに…=

 ラルクさんは考え込み、双子は俺の肩をぽんぽんと叩いてる。心配してくれてるのかと感動しかけたが、双子をよく見ると笑いをこらえるような仕草をしていることに気づく。

 =ほんとっ、ぷふっ、こんなに可愛くなっちゃって…っ=
 =本当に可愛いな。あと、リボン似合ってる=

 全然心配してないなこいつら。肩にのせられた手を思いっきり噛んでやった。

 =いってえー!!=
 =ふふ、ルト君をいじめるからですよ=

 ラルクさんが笑ってる。その手にはどこから出したのか分厚い本があった。

 =さて、ルト君。私なりですが今回の話を分析してみました=

 姿勢を正し、ラルクさんを見る。

 =今回は幻覚を自在に扱う悪魔による大掛かりな魔法妨害でしょう。ルト君の考えた通りだと思われます=

(やっぱりそうか。ハナさんが幻覚でカラドリオス全体を変えたって事だな)

 =幻覚というのはかけた本人が絶命するか、術を放棄しなければ解けることはない。そのためとても閉鎖的な魔法と言われています。なんといっても幻覚をかけられた方は自分が今幻覚をかけられているのかを確認する術がないのです。今所持している私たちの記憶も捏造されたものかもしれない。そう考えると恐ろしいものですね=

 (確かにそうだけど…ザクや皆のことが幻覚だとは…思えない)

 =そうでしょうね、いえ、そうであってほしいと願います。さあ少し話がずれましたね。戻りましょう。今回は悪魔相手、しかも先手を打たれていますのでなかなか対抗は難しいです。…ですが、私に一つ考えがあります=

 ラルクさんが自信満々に言う。

 =その悪魔は言ったのですよね?消える寸前に「ザクを探せ」と=

 俺は強く頷いた。そう、彼女は確かにそう言った。精々探し回ればいいと。

 (泣きそうな声で…いや泣いてたのかな…)

 =魔法は強大であればあるほど厳しい条件がつくものです。時間制限や人物特定など、それが呪いとして作用する場合もあります。そして今回はキーマンである人物を探し出せればこの術が解ける、という条件が付けられたという事になりますね=

 ザクを見つける事がハナさんの幻覚をとく条件。

(でも...)

 教会にいたザクを思い出す。探すも何も、もう見つけてしまっていた。あっちは俺だと認識してなかったが俺は「ザクを見つけた」事に変わりはないはず。

 =なんと、もう見つけてましたか。そうなるとおかしいですね。条件が異なるのか…もしくは悪魔が嘘をついたということになりますが=

 彼女が嘘をついたとは思えない。どうしてかわからないけど、それはない気がした。同じ人を好きになった共感なのか、最後に見た顔がただの恋する乙女にしか見えなかったからか。どっちにしろ嘘をついたとは思えない。

(教会で見つけたけどそれで終わりじゃないのか?)

 どうして幻覚が解けない。考えろ。

 ハナさんはザクの許嫁で、俺にザクを奪われた立場にある。実際に確かめに来たら本当の事だとわかりショックを受けた。それで逆上してここまで大掛かりな幻覚を作りあげた。しかし逆上してこんな事をするような人には見えない。一緒に食事をしていた時に見せたはにかむ笑顔、辛そうにザクが好きだと言った顔、泣きそうになりながら魔法をかける顔を思い出す。

(もしかして、俺を試してる…とか?)

 ザクに見合うか試してるというのはどうか。それなら色々納得がいく。

 =どうやら何か掴んだようですね=

(うん、ありがとう、ラルクさん)

 =いえいえ、我々の目を覚まして頂いてありがとうございます。皆さんの目も覚ましてあげてください=

 頷いたあと椅子から降りた。慣れたものですたっと音もなく着地できた。そのままお菓子の家を出ていく。もう一度教会に行こう。


 ***


 私と彼はほとんど会話をしたことがなかった。

『いけません、ハナ様』

 窓から頭を出して外を眺めていたら、執事が焦ったように飛んできた。私が家を出ようとしたと思ったらしい。

『ハナ様、あなた様のような高貴な方が、汚らしい悪魔の蔓延る外になど出てはいけません』
『…わかっています』

 そう言って私は窓から体を引いた。わかっている。自分の立場、自分のすべきこと。悪魔の中でも高位に位置する我らアシュタロット家は代々、悪魔界の王位を継ぐ者の伴侶に選ばれてきた。私も、この家に生まれ育ったそのひとり。悪魔を統べる者としてそれ相応の品格が必要。

(わかっている)

 伴侶を作り続ける代わりに、家の者全員が一生寝て暮らせるような富と栄誉が与えられる。私の体ひとつで家の皆が幸せになれるならそれでいいと思っていた。なのに。

『明日は継承者候補の方と会食があります。問題だけは起こさないようお願いいたしますね』
『ええ、もちろんです』

 執事が一礼して去っていく。

(明日、継承者様…私の未来の夫と初めて会うのね)

 そう思うとやはり気が滅入った。どんな人なんだろう。怖い人かしら。悪魔の王になる方だものね。

(私を好きになってくれなかったらどうしよう)

 別に継承者の方と好き合う必要はない。伴侶となり子を作り続けられれそれでいい。でもどうせ結ばれるなら心も一緒に結ばれたい。そう思う私はわがままなのだろうか。

(怖そうな人は…嫌だわ)

 窓の外を眺めてため息をついた。

『・・・?』

 そのとき、窓の外に何かがちらついて見える。私は音を立てないようにして窓を開けた。

『・・・なにも、ない?』

 気のせいかと心を沈ませているとカーテンが大きく揺れた。その隙間から窓の外に目がいく。

『・・・!!』

 見たこともない赤い髪の少年が、屋敷近くの森で寝ていた。

(なんて鋭い赤色…初めてみたわ…)

 真っ赤だから、一瞬目を離してもすぐに見つけられる。でもおかしい。あんなに目立つ悪魔、この近くにいたかしら。不思議に思って少し眺めてると、視線を感じとったのかその少年が目を開けた。

『!!』

 すぐにしゃがんで隠れた。

(どうしよう、見られてはないよね?)

 静かなままの部屋。

『・・・ふう』

 ほっと胸をなでおろす。

『なんか用か』
『きゃっ??!』

 思ったよりも低くて大人っぽい声が頭上からした。慌てて顔をあげる。

『あなたは・・・!』

 そこには赤髪の少年がいて、屋敷の美しく磨かれた窓に座り込んでいた。

『今あんた、俺様を見てただろ』
『っ・・・』
『俺様の事が好きなのか?』
『チッ、ちがいます!!どなたかご存知ありませんけど、私を誰だとお思いですか』
『あ?』

 睨まれる。私は震える体を抑えて言った。

『ここはアシュタロット家の領地です。そしてあなたが先ほどまで寝ていた場所ももちろん領地に含まれています。どこの悪魔か知りませんが、勝手に入ってこないでください』

 下手に反論されぬよう、早口で言い切る。黙って聞いていた少年は眠そうにあくびをしてからノロノロと立ち上がった。

『へえ。ここがアシュタロットの屋敷か』

 この近辺に来たばかりの悪魔なのだろうか。少年は物珍しそうに屋敷の中を歩いていく。私は急いでそれを追いかけた。

『ちょっと!勝手に入らないでと言ったんですが?!』
『いいじゃん、減るもんじゃねーだろ』
『ここは特別な時しか他家の悪魔は入れないんです!…ちょっと、聞いてるの?!っもう!執事に見つかったら殺されるわよ!黙っててあげるから今すぐ出て行って!』
『なあ、あんた…つまんなくね?』
『うっ』

 急に立ち止まられて、私より少し背が高い少年の体に鼻をぶつけてしまう。私は鼻を押さえながら聞き返した。

(何を言ってるの?「つまらない」って何の話…?)

 少し見つめ合った後少年がふいっと目をそらした。

『いや、やっぱいーや』
『え?あ、ちょっと!』

 廊下の窓に手をかけた少年はそのまま地上に飛び降りた。私も追いかけるように窓の外に身を乗り出す。その時ふと、無意識に彼に手を伸ばしていた。久しぶりの話し相手を見つけて、私は内心、喜んでたのかもしれない。

(行かないで…)

 けれど、手を伸ばしても彼に届くことはなかった。掃除中の執事が私の姿を見つけ、血相を変えて走ってくる。

(名前聞けなかった)

 すぐに私は屋敷の中に引き戻され、彼をもう一度見ることはできなかった。その後私は知ることになる。彼が“王位継承者候補”その本人だったのだと。翌日の会食であの赤い髪の少年と顔を合わせたときは、一時間かけてめかしこんだドレス姿というのに頭から思いっきりこけてしまったのを今でも忘れられない。

「…ザク」

 私は閉じていた目を開け、横を見る。そこには気持ちよさそうに眠る裸の姿のザク。

(ずっと…あなたとこうしたかった)

 その燃えるような赤い髪に顔をうずめて息を吸った。彼の匂いがする。

「私はあなたがいないと“つまらない”んですよ、ザク」

 彼の体を抱きしめてもう一度私は眠りにつくのだった。


 ***


 (えっと、ここを使えば近道になるな)

 俺はゴミが落ちまくってる狭い小道に体を滑り込ませた。ウサギの体のおかげでこういう時は便利だ。一気に走り抜ける。

(慣れてきたけどやっぱり遠いな…!)

 ラルクさんの家から教会はかなり離れている。いつもの道を使えば教会にたどり着くまでに朝になってしまうだろう。危ない道だとしても近道を使わないと時間がかかりすぎる。

 (今、ザク達は何をしてるんだろう)

 この時間だしそろそろ寝てるか。寝る。寝るか…。一瞬、嫌な想像をしてしまいすぐに頭を振って忘れようとした。ザクが偽物と俺を間違うわけない。確かにさっき教会で見た俺の偽物はよくできていた(自分でもかなり混乱したぐらいだし)けど、きっとザクならいつか気づいてくれるはずだ。だから俺はザクを信じてやるべきことをやらないと。

 (俺はハナさんを探しだすんだ)

 きっと彼女は俺たちのどちらかの近くにいる。俺の勝手な想像だけど、そんな気がする。彼女は今俺たちを試してる。だとしたら、俺たちがよく見える場所にいてこっちを観察してるはず。

(普通に考えれば、ハナさんはザクに張り付いてるだろう)

 だから教会に行ってザクの周りを調べれば何かしらの手掛かりがつかめるはず。

 (こっちの道は暗いけど教会まで近道になる)

 息が切れて苦しいのを我慢して走り続ける。どんどん暗くなる小道を急いで駆け抜けた。その時だった。

 =やあやあ、ウサギちゃん、さっきぶりだね~♪=

 聞きなれた声がして俺は足を止めた。小道の先から一匹の蛇が出てくる。シュルルと舌なめずりしながら近づいてきた。

 =やっと見つけた、ウサギちゃん♪=
 =きゅきゅ、きゅ(どうでもいい、そこをどけ!)=
 =んー何か言った?=
 =きゅききき!(どけって言ってるんだ!)=
 =いや本気でわかんないんだけど~=

 なんで蛇になったシータは喋れてウサギの俺は喋れないんだと一人苛立つ。蛇に体当たりをしてみるが全く効いてない。さすがに「捕食者と捕食対象」では力関係がひっくり返らないらしい。まあ、人間時でもこの関係はあまり違わないのだけど。

 =とりあえず~!僕お腹すいちゃって辛いんだよね~!だから君のその可愛いお耳を一つでいいからくれないかなー?=
 =きききーっ(あげられるかー!!)=
 =あはは、今のは何となく言ってる事わかったなあ=
 =きききゅう!(いい加減思い出せシータ!)=

 (自分が人間だったってことを!)

 だけど、必死に鳴いてもそれが伝わることはなく、蛇の牙と尻尾を使いながら俺はどんどん小道の暗がりに追い込まれていく。目をランランと光らせるシータ。冷や汗でべとべとの俺の体。

(やばい!!ほんとに食われる!!)

 シータの長い舌が、ねっとりと頬をかすめたときだった。

 ぴょこっぴょーん!!

 =うわあっ!=

 突然、黒い何かが蛇の頭に降ってきた。その何かのせいで前が見えなくなるシータ。

 =なっなにこれ~!見えないいい!!=

 じたばたと暴れるが視界がふさがったままなので壁にぶつかりまくってる。シータが壁にぶつかるたびに黒い何かがズルズルと下に落ちていく。けれど決して離れようとはせず、必死にシータの頭にしがみついていた。

(あれ・・・!こいつって)

 よく見れば、その黒い何かは、さっきラルクさんの家まで案内してくれた毒々しい色合いのカエルだった。

 =ああーー!もう邪魔!!!=

 シータが強く壁に頭突きした。その衝撃でカエルが吹っ飛んでしまう。べしゃりと潰れたような音がする。急いで俺はそのカエルに駆け寄った。気絶してる。

(よかった…死んではない…)

 ほっと胸を撫で下ろす。

 =はあ~~カエルが蛇の僕に張り付いてくるって意味わかんないんだけど!!んもー!おかげで体中アザだらけだよ~・・・ってあれ?アザってなんだっけ?=

 シータが首を傾げている。自らの体を見つめ尻尾を動かしたりとぐろを巻いたり。俺は気絶してるカエルを小道の隅に移動させながら(踏まれないように)シータを見つめる。

 =あれ・・・んー?何か違和感があるような・・・???=

 シータが自分の体を見つめ固まってる。

(今なら逃げられる)

 シータは完全に俺から意識を外してる。今なら、俺ひとりなら、逃げられるだろう。

(でも・・・)

 ちらりと横を見た。気絶したカエルが道の端でぐったりしている。置いて逃げたら、きっと腹を空かせたシータに食べられてしまうだろう。

(それはいやだ)

 この体になって初めて助けてくれたのが、このカエルだった。ただの偶然だったとしても、こいつのおかげでラルクさんの家に行けて、俺は諦めず前に進めたんだ。「ただのカエル」じゃ片付けれない。ならばやることは一つだ。
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