牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第九章「波乱のダンスパーティ」

衣装探し

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「ダンスパーティ?」

 今朝早くエスから電話があり駆けつけると、牧師の仕事があるというわけでも友人として遊ぶというわけでもなかった。(少しがっかりしたのは秘密だ)

「ああ、明日、城でパーティが行われるんだ」

 かくいうエスの手には金箔に飾り立てられキラキラと光る招待状があった。パーティの煌びやかさが嫌でも伝わってくる。

「へえーパーティか。さすが城主。そういうお伽話みたいなのもやるんだ」
「お伽話。。まあ、そうか」
「それで?俺を呼んだ理由とこれ何が関係があるんだ?」

 俺に問いかけられると、エスはきょろきょろと自分の部屋を見渡した。なんとなくその視線の意味を察して

「ザクなら呼び出しがあったとか言って朝からいないぞ」
「!」
「別に大したことじゃない。月に一回あるんだよ」

 そう、ザクは月1ぐらいの割合で教会を空けることがある。ラルクさんと出会った時もその理由で家を空けていた。深くは知らないけど、悪魔同士の付き合いらしく欠席できないとのこと。ちなみに、ザクがいない間はシャドー(ラルクさんの時の影の悪魔)たちが教会の保護や護衛をしてくれている。そう言うと、エスがホッとしたような困ったような顔をした。

「それなら話が早い」
「?」
「実はこのパーティにルトも来て欲しい」
「えっ?!」

 俺がダンスパーティ??

 驚いて手に持っていたコップを落としかけた。落下は防げたが、コップの中身が

 ばしゃっ

 こぼれ落ちてズボンに大きな染みが出来た。

「あっ!しまった!ごめんエス、タオル貸りていい?」
「これは洗った方が良い」
「ええ、うーん…」

 コーヒーの染みは大きい。拭いてもどうにもならないと思ったのだろう。ここはエスの気遣いに甘える事にした。ズボンを脱いで手渡した。

「じゃあお言葉に甘える。ありがとな」
「。。。」

 目をそらしたままズボンを受け取るエス。男同士なんだし見られても平気なんだけど、エスって照れ屋だからな。触れないでおこう。

「えっと話を戻すけど、なんで俺がパーティに?呼ばれたのはエスなんだろ?」

 エスが気まずそうに頷いた。

「年に一度、とある一族を城に招くんだ。親睦の意味も込めて」
「それがこのパーティ?」
「ああ」
「あのさ、とある一族って」
「ウルフマンだ」
「ウルフ...えっ、狼男ってこと?」
「そう、古来からオレ達ヴァンパイアとウルフマンは縄張り争いを続けてきた。だが近年は互いの縄張りを侵害しないことを条件に友好関係を築くことができた」

 縄張り争い。こういう話を聞くと、本当にエス達が吸血鬼なんだと思い知らされる。

「ふーん、それで狼男と仲良くするために人間である俺をオカズに差し出すってこと?生贄ですーって」
「そんなわけないだろ!」
「いや、じょ、冗談だから」
「。。。っそうか。。すまない、怒鳴って」
「俺の方こそごめん…」

 珍しくエスがぴりぴりとしているようだ。パーティで緊張しているのだろうか。

「てか待てよ。狼男を招くってのはわかったけど俺が行かなきゃいけない理由がピンとこないぞ??」
「このパーティには色々な意味合いもあるんだが、たまに友好を深めるために。。。お見合いをしたりするんだ」
「お見合い?!狼男と吸血鬼が?」
「ああ」

 頷くエス。マジか。どっちかといえば吸血鬼って混血を嫌うイメージがあったけど。自分の種族や血筋に誇りを持っているというか。

「由緒正しい血筋の純潔達は血を重視するが、普通のヴァンパイアたちはそれほど気にしない。だから結構ノリ気なんだ。。。斯く言うオレの祖父もノリ気で」
「えっおじいさんが見合い!!?元気だなあ」
「違う、オレをお見合いさせる気なんだ」
「...っあ、なるほど」

 まさかの展開に神妙な顔を浮かべる。

(え、エスにお見合いって…)

 あの厳ついお爺さんを思い出し、笑みがこぼれそうになる。そんな風に笑いを堪えていた俺だったが、エスの口から出てきた言葉によって今度はこっちが凍りつくのだった。

「だから今回のパーティーではルトを恋人として連れて行き、祖父を説得する」
「...っふぁい!!!?」

 ――俺がエスの恋人役?!

 口元に広がっていた笑みはどこへやら、冷や汗をかきながら俺は顔を引きつらせた。机に置かれた招待状の金箔がきらきらと光っている。嘘、うそだよな、エスくん?

「ルト、一緒にパーティに来てくれ」

 真剣な顔で手を差し伸べられる。俺の、束の間の平和が砕け散っていくのだった。


 ***


「はははっ!それで女物の衣装を手配してくれだなんて言ったのか~エスも面白いこと考えるなあ、くく、はははっ」
「笑い事じゃない!バン!」
「わるいわるい!でもこれは笑っちまうって」
「うう…」

 今俺はバンに紹介してもらった衣装屋に来ていた。確かに男の俺が、あんな綺麗な顔したイケメンの恋人役ってのはおかしいのはわかっている。だが本当の恋人になってくれってわけじゃないし、何より今までエスには何度も助けられてるから断る事はできなかった。

「パーティは男女の同伴しかできないから...俺が女装でいくしかない」
「まあそうだよな。はは、そんな人生の終わりみたいな顔すんなよ。ルトなら似合うと思うぞ?」
「ぜんっぜん嬉しくない!」

 近くにあった露出の激しい衣装を見て叫んだ。エスのためとはいえ、こんなの着れるわけがない。恥ずかしさで爆発する。

(無理、絶対無理だ)

 いざ衣装店に行くと場違いという認識が濃くなった。そもそもパーティ衣装なんて着たことないし、何よりパーティに行ったことがないのだ。エスの恋人のフリをする以前にパーティで恥をかかぬように振舞う事すら難しい。

(今からでも遅くない、やっぱり断ろう…いやでも、エスには何度も助けられてるしなあ…何か違う形で恩返しできるなら断りやすいんだけど…)

 どんな酷い状況でもエスは助けてくれた。きっと今回の事だって、立場が逆だったらエスは迷わず引き受けてくれるだろう。たとえ女装を指定されても文句も言わずやってくれた気がする。

「悩んでるみたいだな」
「そりゃ、まあ・・」
「はは、じゃあ今夜、練習もかねてどっかのパーティに潜り込んでみるか」
「え!?」
「不安になるのはルトがパーティに行ったことがないからだと思う。もしもパーティに当てがないなら俺といくか?ちょうど友人に誘われてたんだ。行く相手もいないし断るつもりだったがルトにはいい練習になるかもしれない」
「…俺の見苦しい姿に耐え切れなくなって逃げたら一生恨むからな」
「ははは、俺がそんなことするわけないだろ」
「じゃあ行く」
「決まりだ!早速電話してくるから衣装選んどいてくれ」
「うん…」

 店から出ていくバンの背中を眺めてから店内の衣装に視線を戻した。どれも同じに見えてしまって手が伸びない。ふと、衣装に目が止まった。

(あ、この赤いスーツ、ザク似合いそうだな...いや、でもこっちの落ち着いたほうが俺的には・・・)

「って!何考えてんだ俺!」

 今ザクはいないのに。馬鹿馬鹿しくなってその衣装から視線を外す。

(・・ザクの奴、いま何してるんだろ)

 この状況じゃいない方がうるさくなくて都合がいいが。

(悪魔との付き合い...か)

 真っ赤の衣装を前にして、悶々と考えこむ。

「あれえールトくんじゃん」
「うわあ!」

 衣装の向こうから見知った顔が現れた。

「シータ...!!」

 飛び退るように距離を置き、睨みつける。

「やっほーこんな所でどしたのさールトくん」
「お前こそ、何してるんだ!」
「いやー街をぶらぶらしてたら、恋焦がれたような目で赤いスーツを見てるルトくんが見えてさー...来ちゃった★」
「今すぐ帰れ」
「そんなつれないこと言わないでよー」
「あっちいけ!お前がいると話がこじれるし、いい風になったことがない!」
「アハハ、言えてる」
「自覚ありかよ・・」

 シータの悪気のない姿に心底うんざりした。そんな俺の姿を楽しそうに眺めてる姿がまた憎たらしい。

「ふふ、見た感じパーティにでも呼ばれたのかな?それで衣装選んでるんだ。どう?当たりでしょ」
「・・・」
「ん~そうだな、ルトくんなら女の子の衣装も全然似合うと思うよ」

 こんなんどう?と際どい衣装を渡される。もちろん女もの。

「論外。せめてもっと布の部分が多いやつにしろ」
「じゃあこれはー」
「俺の言葉聞いてたか?」
「こっちはどう?」
「...」

 どんどん露出が激しくなっていく。俺は怒りを通り越して呆れるのだった。

「だからもっと大人しめで地味な…ん?」

 シータに話しかけようとした時、ふと、とある衣装に目が止まった。青ベースに白銀の模様。露出は少なめで清楚な印象を受ける衣装だった。娘の初衣装として父が贈る感じといえばいいのか。とりあえず可憐だけどいやらしくない。俺が衣装を眺めたまま停止しているとシータが後ろから覗き込んできた。

「あーこれいいね、似合いそう」
「...サイズ小さくないか?」
「着てみればいいじゃん。僕の見立てじゃぴったりだよ」
「見立てって…どっちにしろ着るのはいやだ」
「なんでさー覗かないよ?」
「嘘だ」
「流石の僕もこんなお店の中で覗きなんてするわけないでしょ~」
「…本当か?」
「うん!」
「絶対覗くなよ」
「あははオッケー」

 笑うシータに背を向け、試着室に駆け込んだ。なるべく店員に顔を見られないよう下を向いておく。男が女物着るなんて知られたくない。

 しゅるっぱさっ

 試着室で衣装を広げる。近くで見るとその美しさがよりわかった。繊細で丁寧な作りの衣装は普通に感動する。なんだか俺なんかが着るのが申し訳なくなった。葛藤していると外から声がかかる。

「まだー?」
「わあっいたのか?!」
「そりゃ着れなかった時困るかな~と思ってすたんばってるよ★」
「...たとえ槍が降ってきてもお前だけは呼ばないから安心しろ」
「ええ~~」

 気を取り直して衣装に腕を通す。ひんやりと冷たいシルク生地が体を包んだ。

「...!」

 驚くことに、何の苦労もせず着れてしまった。最近食が細くて痩せ気味だったから...?どっちにしろ複雑な気持ちだった。

「お、似合ってるねー!」
「うわっ!!勝手に開けるなよ!」
「男同士なら別に構わないでしょー?」
「覗くなって言っただろ!」
「あははー着替え終わってるから覗きじゃないよ♪」
「うっさい!いいから出てけ!!」

 乱入してきたシータを慌てて追い返す。シータは同性とは言え色々危険だ。しかも、この女装姿を見られるのは普通に恥ずかしい。

「ねえ、ルトくん。それってさ誰のために着るの?」
「誰だっていいだろ...」
「やっぱあのイケメン君?」
「?」
「赤髪の彼だよ」
「...ああ、ザク?違う」
「へえ意外~てっきり彼のためなのかと思った」
「なんで俺がザクの為に女装するんだ…」

 ため息交じりに牧師服にへと手を伸ばす。さっさと着替えた。ドレスのあとだと余計しっくりくる。やっぱり俺はこの服が一番いいと思った。

「でも待てよ、じゃあ誰のためなんだろう」
「...」
「女物をわざわざ着てあげるなんてすごい愛があるよね、うーん・・」

 シータの言葉をスルーして会計に向かう。カウンターには店主ともう一人、バンが立っていた。二人で談笑していたのか俺に気付くと軽く手を振ってくる。

「ルト!って、シータもいたのか」
「バンこそ珍しいじゃん、どしたの」
「俺はルトの相談役みたいなもんだ。で、ルト、衣装は決まったか?」
「ああ、一応これに」
「うん…おお、いいな。よし、ちょっと待ってろ」

 俺の持っていた衣装を受け取りバンは店主と共にカウンターの奥へと消えた。それを黙って見守っていたシータが俺の事を見てニヤりと笑う。

「なあーんだ、こっちか」
「...」

 色々と誤解されてそうだが、わざわざ訂正するのも面倒なので放置しておいた。するとすぐにバン達が奥から現れて、衣装を再度渡される。

「ほら、OKだったぜ」
「ありがと。バン」
「なになに?どーゆうことさー」
「ああ。この店の店主とは古くからの付き合いなんだ。だから数日この衣装を借りれるよう交渉したんだ。一、二回しか着ないのに買うなんて馬鹿馬鹿しいだろ?レンタル扱いってことで格安にしてもらったぜ」
「ほんとに助かったよ。俺にこんな高級なものを買う余裕なんてないし」

 この衣装は美しいし、壁に飾っておくのもいいかもしれない。だが結局は俺にとって必要ないものには変わりない。このパーティ期間でだけ借りられればそれでいい。そんなわけで準備の整った俺たちは店をあとにした。しぶるシータと別れ、街の裏道を進めば徐々に街並みが夕焼け色に染まっていく。行き交う人も家族連れからカップルに変わった。ふとバンが立ち止まり、ぽんと手を叩く。

「っと、いけねえ。忘れてた。パーティ行くなら俺も着替えねーと」

 城で行われるほどのパーティでないにしろ、ある程度の服装でないと入れてもらえないはず。今のバンの姿はカジュアルな服装のままだ。

「家にもスーツはあるが。せっかくだしな…あっち行くか」
「あっち?」
「んー俺の家」
「!」

(今更だけど、バンの家って行ったことないな)

 親しいといってもバンはいつも飄々としていて掴みどころがない。俺や友人の話は興味津々で聞いてくる癖に自分の話は全くしない。

 (バンの家、行けるのか。ちょっと楽しみだな)

 あまり踏み込んだことがなかったバンの情報を知れてちょっとうれしかった。

「あっちの方が色々揃ってんだ」
「??」

 あっち、ということは家が何個もあるのか?聞くタイミングを逃してしまい俺はただ頷いて応えるのだった。
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