牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第五章「ゴーストタウン」

生けるゾンビたち

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「あー!イライラする!!」

 帰り道、しばらくしてザクが叫びだした。

「なんだよ、レインの料理美味しかったろ」
「男の作った料理なんてどれも一緒だ!って、そうじゃなくてだな!俺様はルトと馴れ馴れしいあの男がムカついてんだよっ!昨日お前からほのかに男の匂いがすると思ったらあんな顔だけの間男とイチャコラしてたのか!」

 レインとイチャコラなんてするわけがないだろう、と睨みつける。

「助けてもらった流れでご飯をご馳走してもらっただけだけど」

 何もやましいことはしてない。あの蕩けるような甘い笑顔にコロッといきかけたぐらいだ。

「それでお前があんだけ心を開いてたら十分…って、はあ。もういい、どうせ出張とやらが終わればあの男とはおさらばなんだ。さっさと悪魔を探そうぜ!」
「やけにやる気になったな。でもあてはあるのか?」

 俺は先程のレインの指摘でより謎が深まってしまったのだが。

「皮肉だが、間男のおかげで気づいたことがある。」
「?」
「それを今から証明してやるよ」
「??」
「悪魔はこの街では力が弱るはずなのに、大勢の人間が消えるカラクリは・・・」

 にやりと笑って大通りに出るザク。黙って俺はその背中についていく。

 すっ

 ふとザクが指を刺した先に、居眠りをしているおっさんがベンチに寝ているのが見えた。

「あれだ」
「?」

 じーっと見ているが何も起こらない。

「おいザク」
「もう少し待ってろ」
「・・・?」

 しばらくそのまま待つこと五分、時計が夜の12時をさした頃。

 むくり...

 おっさんが起き上がる。

「!!!」

 しかしその目つきはどこか朧げで足取りも頼りない。酔っ払いというよりは手足が無理やり引きずられていくかのような動きだった。

「ど、どうしたんだ・・・ってわああ!」

 バタン、バタタン

 街中の扉が開き、人が出てくる。皆おっさんと同じ状態で引きずられるように歩いていた。ゆらゆらと覚束ない足取りだが、皆同じ方向を目指して迷わず進んでいる。

「なっ・・・こ、これは・・・」

 ズルズルと何百人もの人間が並び歩く様子は完全に異様だった。口から涎をダラダラ垂らし腕を前に突き出す姿はまるで

「ゾンビみたいだ・・・」
「ま、あれは生きてるけどな」
「そっそうなのか??あれで??」

 目の前をゾンビ(住人)が通っていく。奴らの垂らした涎を見下ろしながら俺は数歩下がった。ドン引きする俺の様子に、ザクはけけけと楽しそうに笑う。

「ああ、意識がない状態にさせられてそれを誰かに操られてる」
「操られてる…」

 ザクは頷いた後真剣な顔に戻った。腕を組む。

「これでわかっただろ?悪魔が街に入らなくても、人間に外に来てもらえば洗礼地も何もない。無傷で楽に移動させられるってわけだ」
「なるほど・・・」
「てなわけであいつらを追いかけるぞ」
「あ、ああ!」

 面倒なことになりそうだとはわかっていたが、仕方ない。ここまで見てしまってはもう無関係じゃいられない。明日の昼俺たちは帰ることになってるためゴーストタウンを解決するには、今日中になんとかしないといけないのだ。俺は拳を握り締め、ザクの後を追った。


 ***


「お、おい...これ、現実か...」
「っけけ!もちろん、夢だったら悪夢いや、淫夢か?どっちにしろすげー光景だな~」
「勘弁してくれ...」

 俺は頭を抱えうなだれる。半ゾンビ軍団を追っていたら街を出たのだが。その先に進んだ森に入った瞬間、ゾンビ達がお互い絡み始めたのだ。ゾンビ同士が隣の体に腕を回し、顔を引き寄せ自らの顔を近づけていく。皆、顔は虚ろでゾンビのまま…あろうことか性行為をしていた。目の前の異様な光景に俺はドン引きしている。

「てか、よく見ると同性同士で絡んでるのな」
「ほんとだ...」

 どうしてか分からないが、というか何も分かることはないのだけど。とりあえず目の前の半ゾンビたちは同性同士で絡み合ってる。俺は狼狽え、答えを求めてザクの方を見た。

「けけけ・・・これはなかなか・・・」
「・・・」

 奴は不謹慎にも、女子の群れを熱心に見ていた。鼻血をたらしながら。

「馬鹿ザク!」

 奴の頭頂部に、必殺脳天チョップをお見舞いしてやった。

「ぐあう!いっ、いってーな!!エロくなったらどうする!」
「もう十分エロいし馬鹿だから心配いらない」
「おいこら!」
「...でも、これ、止めたほうがいいんじゃないか」
「んー同性なら子供もできねーしいんじゃね」
「そういう問題じゃなくて!!」

 何の目的かわからないが悪魔がやろうとしてることだ。止めたほうがいいに決まってる。

「だが、止めるにしろこいつら皆悪魔に遠隔操作されてるからキリがねーぜ?」
「遠隔...」

 吸血鬼事件の犯人である男を思い出す。あいつも操られてたんだっけ。でも操られてるとこんな人形みたいになっちゃうのは吸血鬼事件の犯人とは異なっていた。あいつは操られててもちゃんと会話ができていたし自我があった。

 (ということは・・・今回は大人数だから意思までは操れないとか?)

「・・・ザク、これだけの量を操るのって、結構すごい事なんじゃないのか」
「だな。だからあんま関りたくねーけど」
「ここまで来て無視はできないだろ、行こう」
「わかったって」

 この近くに、森の、ゾンビたちの状態を見てる奴がいるはず。そいつを探すしか手はない。



 それからしばらく森を歩いたが手掛かりはつかめなかった。埒が明かず、状況を確認してくるからとザクが木の上に登ってしまったのだ。そしてそれから五分。何も起こらない。

(・・・ザク)

 きっと自慢の嗅覚で犯人を探しているんだろう。今俺にできることはない。大人しくして待っていよう。座り込みジッとしてるとゾンビたちの声が入り込んでくる。

(聞きたくない・・・)

 両手を耳にあて塞いだ。

「・・・あ、れ」

 すると急に睡魔が襲ってくる。

(や、ば・・・)

 俺は頭を何度かカクンと揺らしたあと、自分の膝に頭を埋め...少し仮眠をとることにした。



 =ふふふ、見てよ、可愛い子が寝てるわ=
 =ふん、女みてーな顔だな=
 =じゃあ女の子ってカウントでいい?=
 =だめだ、男のままやるのがいいんだろ=
 =ほんと意味わかんないわ、その感覚=
 =お互い様だろ=
 =まあね、アタシには可愛い女の子たちがいるからいいわ。譲ってあげる=

(・・・誰の声・・・だ?)

 俺はゆっくりと目を開ける。目の前には朧げだけど二つの影があった。

(誰、だ・・・?)

 その内の一つが顔を覗き込んできた。

 =おい、お前、名前は=
「・・・」
 =まだ効いてないのね、もう少し後で聞いたら?=
 =ふん、こういうのは体に聞くのが一番だ=
 =あらやだ、これだからオスは=
 =うっせえ、あっちいってろ=
 =はいはい言われなくとも=

 影の一つが消える。俺が残った方の影を睨むと、ははっと笑われた。馬鹿にしたような、見下したかのような笑い声。

(なんか、変だ・・・)

 ぼうっとする。頭がぐるぐるして、思考できない。まるで夢の中にいるみたいだ。

 =そう、ここはお前の夢の中だ=

 影が形を変え、ピアスを体中につけた派手な男になる。いや、男というより“悪魔”に近いか。背から生えたボロボロのコウモリ翼が人外さを醸し出してる。男は何食わぬ顔で俺の体に手を伸ばしてきた。服の上から体を撫でられる。

「ゆ、夢...?」
 =ああ。だが、すべての権限はオレにある。なんたってオレ特注の淫夢だからな=
「犬?」
 =淫夢!雰囲気ぶち壊すなよ!=

 手が服の隙間から差し込まれ、その気持ち悪さにゾゾッと体が震えた。

「やめ、ろ!」
 =さっきまでどうやって傍受してたかしらねーけど、一回夢に入っちまえばこっちのもんだ=

 ぱちんと指を鳴らすと、俺は裸になっていた。

(え?!何事!!!)

 一気に血の気が引き、頭が冴えていく。

 =さあて、どうしてやろうかな=

 やばい!!逃げないと...!でも体は思うように動かないし...!

(落ち着け!)

 やつが言ったことを整理して考えろ。そうすれば何か脱出の糸口が...

 =やっぱ男が一番だ=

 悪魔はそう呟き、俺の体をベタベタ撫でたり先の割れた舌で舐め回してくる。その度に思考が停止しそうになるが、

 ガリッ

 唇を噛み意識を保った。

 (...血の味がする。)

 加減もせず噛んだせいで切れてしまったようだ。痛みで目を覚ますのは無理ってことか。ということは、普通の夢じゃない。この感覚を俺は覚えている。いや、知っている。

 =あーあ、唇切れてるぞ=
「っ触るな!」

 差し伸べられた手をバシっとはじく。そんな俺の様子に悪魔は楽しそうににやっと笑い、顔を近づけてきた。

 =ここは誰もいねー、何をしたっていい世界なんだぜ?何を我慢する必要があるよ?=
「・・・」

 誘うように、顎を指で撫でてくる。

(そうか、そうだ・・・ここは悪魔の作る夢の世界!)

 俺は悪魔を睨みつけ、嘲るように笑い返してやった。

「何をしても良い世界なら…相手を選びたいもんだ」
 =ふん、口の減らねーガキだ=
「いっ!!」

 急に自身を握りしめられ涙目になる。握りつぶされそうなほど強い力だった。

 =せっかく楽しませてやろーと思ったのに=
「っけ、っこうだ…!」
 =ふん、いつまで続くかね、その態度っ!=

 牙のはえた口が俺のものに近づく。

(!!)

 噛み付かれるのかと思い固く目を閉じた。

「ほーい、どけどけー」

 ひゅるるるるる

 と間抜けな風切り音が聞こえてきて、次の瞬間

 ズドオオン!!!

 地面が大きく揺れる程の衝撃が来る。

(何かが上から落ちてきた?!)

 俺は地面から叩き起こされ、そしてまた尻餅をついた。普通に痛い。でもおかげで目の前の悪魔の手が体から離れた。慌てて奴から距離をとりつつ“何か”が落下した場所の方を見つめる。

「ったく、目を離すとすぐこれだ」
「!!」

 聞きなれたこの声。俺は一気に心拍数が上がった気がした。

「っザク!!!」
「もう首輪でもつけとこうかね~」

 赤い髪をたなびかせ長身の男がこちらに歩み寄ってくる。レインや夢悪魔とはまた違う、野生的で雄臭い格好良さを兼ね備えるザク。その姿に俺は胸がぐっと熱くなった。

 =?!何だお前、どうしてここにっ!!=

 あれだけ堂々としていた夢の悪魔が狼狽える。ザクの乱入があまりにも衝撃的だったのだろう。後退り、ザクと俺から距離をとった。

「おら、着とけ」

 自らの上着を脱ぎ、投げて寄こす。

「あ!」

 そうだ、俺いま裸だったんだ。急いで俺は上着を羽織った。

(でも、なんでザクの服は消えないんだ?)

 そう思ってるのは俺だけじゃないらしく、夢の悪魔は顔をぐしゃりと歪めて大量の汗を流していた。

 =どうしてここに悪魔が!お前はなんなんだ!!=
「ふん、この世界はお前らインキュバスの淫夢の中ってわけだな」
 =そうだ!!だからお前はとっくにオレに殺されてるはずだ!!さっきからずっと殺すようにイメージしてるのに・・・なのにどうして!!=
「けけけ、残念だな。俺様にお前の力はきかねえよ。なんたって俺様はお前の夢に無理やり割り込んで入ってるからな、招かれざる客の俺様にお前の力は効かねえぜ」
 =なっ!!!=
「だから、コイツは返してもらう」
 =!!!...っま!!待て!!!=

 ザクが俺を抱え、壁を蹴り破った。

 バリイイイィィン!!

 砕け散った壁の奥は黒い闇になっていた。ザクは迷わず、その暗い部分に向かっていく。そしてそのまま暗闇に足を入れて

「――――っは!!」
「お、起きたか」

 ガバッと体を起こす。咄嗟に体を触る...よかった、裸じゃない。はあ、と息をつく。

「ったく、俺様が離れたらすぐ持ってかれやがって」
「ご、めん…」
「だろうな。今回は言っても仕方ねえ。奴らの夢に入ったおかげでわかったが、今回の悪魔は二人組のインキュバスだった。で、インキュバスの手口は」
「夢を媒介に、精気を奪う、そして奪った者達の体を操っている」
「そうだ。なのにお前こんなとこで寝やがって、襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ」
「...」

 夢のショックが大きいのか、言い返せない。

「...よくわかんないけど、急に眠くなったんだ」
「俺様の近くにいるときは奴らから送られてくる睡魔が妨害されて効果がなかったんだな・・・くそ、一緒に連れて行くんだった」

 だからザクが離れてすぐ眠くなったのか。ザクの言葉ではっと気づく。

「…そうか、そうだったんだ」

 ネオン通りのやつらが無事だったのは“夜起きてるのが普通”の人間だから睡魔が効かなかったのだ。ゴーストタウンの矛盾をやっと理解する。

「よし、これで大体の謎は解けたけど…」

 周りを見るとゾンビ軍団はまだ動いていた。

「ザク、なんか様子がおかしくないか?」
「ああ」

 ゾンビたちは互いに絡むのはやめて、うろうろと用もなく歩いていた。何がしたいのかよくわからない。

「つーことは、インキュバス本人が狼狽えてる証拠だ、よし!畳み掛けっぞ!」
「場所は」
「この先にある小屋だ、場所もしっかり暗記してある」
「...行こう」

 立ち上がり、深呼吸をした。そこで俺は肩にかけてあった上着に気づき、それがザクのものだとわかった。急いで返す。

「・・・ありがと」
「んー?」

 聞こえねーんだけど?と耳を近づけてくる。素直にお礼を受け取れないのかコイツは。

 (お前が助けに来てくれて…嬉しかったんだからな)

 そう心の中で呟いて、俺は歩き出した。

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