牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第三章「ヘンタイ博士登場」

壊れた悪魔像

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 奥から覗く茶色の瞳はランランとしていて、獣のようだ。

「悪魔は恐れの対象ではありますが我々の生活に根深く関わっています。この教会だって今も悪魔の恩恵を受けてるんですよ」
「えっ、教会が悪魔の恩恵を?!そんなわけ…」
「あるんですよこれが。こちらに来てください」

 ラルクさんが楽しげに俺の腕を引いていく。倒れて運ばれてきたとは顔色が全然違う、食事のおかげなのか寝床が確保できた安堵のおかげか...どちらにしろ青白い顔されるよりは何倍もいい。ふと、彼は足を止め上を指差した。いつの間にか屋外に来ていたが教会の屋根があるため雨の心配はいらなそうだ。ゆっくりと指された方の空を見る。

 屋根の縁に堂々と胸を張ったガーゴイルの像が見えた。

「あれには重要な役割があると言われてます」
「あの像が?」

 あの像は、来て早々行った大掃除時に確認していたが、何の意味で置かれてるのはわからなかった。カラスぐらいの大きさだが十分その異様な雰囲気は伝わってくる。口から除くギザギザとした牙、正面を睨むギョロリとした目、骨の浮き出た気味の悪い体...背中から生えた黒い羽がより不気味さを醸し出してる。

「あれはガーゴイルと呼ばれる悪魔像です。」
「悪魔の、像?」
「ええ。さてルトくん、何故悪魔の像を教会には飾ってあるのでしょうか。」

 腰に手を当て、ゆっくりと話す。今まで見たラルクさんで一番“博士”っぽい姿だった。俺はわからない、と頭を横に振った。

「それは、悪魔に対抗するためです。」
「悪魔に対抗…教会なりの儀式ってことか?」
「ええ。悪魔というのにも上下関係、力関係があると言われています。それを利用して...強い悪魔を形どった像を教会に置くことで弱い悪魔たちを怯えさせ追い返しているのです。」
「...!」

 俺はもう一度悪魔像を見た。確かにとても不気味な像だ、悪魔も怖がって近寄らなさそう。

「意外にも、悪魔というのは臆病で慎重な生き物なので、この像を置くだけで十二分の効果が期待されるようです。」
「ふーん...目には目をってこと?」
「その通りです」

 ニコニコと楽しそうに頷くラルクさん。俺は腕組みを崩さず、首を傾げた。

「でも、今までその効果、発揮されてない気がするんだけど」
「え?」
「あっえっと!」

(悪魔に襲われた云々は説明も長くなるからなるべく説明したくない。うまくはぐらかなさないと...!)

「えーっと、そんな気がするというかなんというか」
「...」

 ラルクさんがじーっとこっちを見てくる。

(怪しまれてる・・・??)

 背中に嫌な汗が流れていった。

「・・・そうですか、悪魔像の力が発揮されてないと。それもそのはずですね、何故なら」

 ほっ・・・特に疑問には思われてないようで安心した。

 っす

 ラルクさんがゆっくりと屋根を指す。つられて見てみたが、何もなかった。・・・?いや何か、像の欠けたような残骸が見えるような??

「そうです、あれはもう一つの悪魔像です、今は壊れて見る影もありませんが。」
「!」
「本来魔除けの像は対となって置かれています。ここのは一つしかないのでその力が弱いのも当然かと」
「つ、対の像が欠けているって、まさか・・・」

 その言葉を聞いて、色々な言葉が俺の頭で巡った。そういえばこの教会に来て初めて襲ってきた悪魔がそんなことを言っていた、片方しかないとかそんなこと。

(それは魔除けの悪魔像のことだったのか・・・)

 教会の中なのに普通に悪魔は現れるし(というか一匹住んでるし)襲われるし...おかしいと思ったんだ。

「え、じゃ、じゃああれを直したら魔除けがまた強まるのか?」
「どうでしょう...一度壊れた悪魔像はほぼ修復不可能ですし、もう一度作り直すのにも生贄やら契約が必要と聞きました。」
「いけに...!?」

 生贄、契約...!!そんなことしたら魔除けをする前に俺が教会本部に殺されるわ!

「...はあ。」
「これは大掛かりな話になりそうですね」
「みたいだな…どうしたもんか…」

 なんだか一気に疲れが襲ってきた。ザクのおかげで大分悪魔の影響はなくなったが、もし悪魔像の代わりのザクがいなくなったら...またここは無法の土地になるってわけだろ。考えただけで目眩がする。

「大丈夫ですか」

 肩に手を置かれ、はっと気付いた。

「あ・・・!だ、大丈夫。今悩んでも仕方ないし、な...それより、ラルクさんほんとに博士だったんだなビックリした」
「ええ、これでも、演説の出張がひっきりなしなんですよ。」

 その大人っぽくて女子ウケの良さそうな顔で悪魔の話をされても複雑な気がするが...優秀なのはなんとなくわかった。

「...俺も悪魔の話、もっと聞きたいかも」

 これからの予防のためにも、知っておきたい。

「それぐらいお安い御用ですよ、宿泊料がわりにたっぷりお教えましょう」
「たっぷりはいらない」
「ふふ、そう遠慮せずに」
「別に遠慮とかじゃなくて...まあよろしく頼む。部屋に戻ろう」
「そうですね」

 それから深夜になるまでみっちりと悪魔学を教え込まれ、若干頭痛を感じつつ俺は眠りにつくのだった。


 ***


 =にいー...=
「...むにゃ、、、ん?」
 =ルトにいー・・・=

 かすかだがリリの声がする。俺は寝ぼけ眼をパチパチと開き、必死に目を開けた。といっても部屋はなんの灯りもつけてないので真っ暗だ。目が暗闇に慣れるまでじっとしておく。近くの時計がまず見えてきた。もう、夜中の2時か。

 =にいー=

 ベッドから体を起こし慣れてきた目で自分の部屋を見回した。確か、リリは窓際のクッションの上で寝てるはず。のっそりと起き上がり窓際に行った。

 =ルトにい!=

 ひょこっと胸に何かがあたってきた。服のないところだったのでくすぐったい。

「どうしたんだリリこんな時間に。トイレか?」
 =ううん、あ、でもうん、トイレなの=
「へ?」

 慌てたように説明してくれたが、要領を得ない。トイレなら一人で行けるはずだろ?ザクに怖い話でも聞いたわけでもあるまいし。

「落ち着け、深呼吸しんこきゅう」
 =すうーはあー=
「そうそう。で、どうした」
 =あ、あのね!リリね、いまおトイレ、いってきたの=
「うん」
 =そしたらラルルさんがいたの=
「ラルクさんな。え、トイレにいたのか?」
 =ううん、トイレからかえってきたら、ここのヘヤのトビラのまえにいたの=
「・・・えっ?!」

 お、俺の部屋の扉の前?!あまりのことで、一瞬俺の聞き間違いかと思った。目が自ずと扉に向けらる。・・・。気配は、感じない。

「それで、な、なにしてたんだ?」
 =わかんないーでもリリがちかづいたらビックリしてもどっていったの=
「そ、そうか」

 今はいないと分かってホッとする。でも扉からは目を離せなかった。ここの部屋には鍵がないから、ラルクさんが入ろうとしたらすぐにでも入ってこれるだろう。

「いやでも、ラルクさんがまさか」
 =リリうそついてないもん~=
「う、疑ってるわけじゃないけど」

「そいつの言うとおりだぜ」

「うわあ!」

 突如の低い声で飛び上がる。急いで声のした窓際の方を見た。

(?)

 窓枠に誰かが腰掛けている。

(誰だ?)

 目を凝らした。

「俺様だよ、眼帯外したぐらいでわかんなくなるなっての」
「!ザク???」

(初めて見た!ザクの眼帯外したとこ・・・!)

 いつも隠れてる方の目は閉じてあるが、両目が隠れてないとまたガラッと雰囲気が変わる。はっきり言ってかっこよかった。服も程よく着崩されてて、服の合間からのぞく鎖骨が色っぽい。窓に腰掛けたまま足を外に出してる。普通の奴だったら危ないだろうがコイツなら心配いらないだろう。

「ったく、あんな得体の知れねーやつ、招き入れるからだ」

 急に会話が戻ってきて、俺も真剣な顔に戻る。

「...でも、困ってたら助けるもんだろ」
「まあ、普通の牧師ならな」
「俺は普通の牧師だ!」
「少女の魂入りの小鳥を連れて、俺様みたいな上級悪魔を飼い慣らす牧師のどこが普通だよ」
「...う」

 改めて言葉にされると、やっぱり普通とはかけ離れていると思った。毎回必死に生き残ろうとしているだけなのに何故こうも厄介事が増えていくのだろう。

 =ごめんね、ルトにい=

 腕の中にいるリリがしょんぼりと謝ってきた。俺はゆっくりと小鳥の背を撫でる。

「お前のせいじゃない。むしろ、会えてよかったと思ってる。後悔なんてしてないからな」
 =うん、リリも!=

(リリに心配をかけてしまうなんて、情けなさすぎるだろ。俺。)

 眠そうに船を漕ぎ始めてる小鳥をクッションに戻し俺は窓辺から離れた。

「確かに俺は普通からかけ離れてるかもしれない、でもこれからはできる限り普通に過ごしたいんだ」
「...」

 呆れたように俺を見てるザク。瞳までもがその髪のように真紅に染まっていて見つめ続けたら吸い込まれそうだ。

「はあー・・・わーったよ、そのために俺様が魔除けになってりゃいいんだろ」
「ああ、バッチリ頼んだ。まあ、今回のラルクの場合、忘れ物をしたとかトイレまでの道がわからなくなったとかで俺に聞きに来ただけだろ」
「だといいけどな~」

 俺の言葉を100%信じてない顔でけけけと笑うザク。その顔をギロッと睨んでから視線を外した。

「もう・・・寝る」

 俺は深いため息をついた後、ベッドに戻る。

「あ、ルト、そうだった、言い忘れてたぜ」
「?」

 ザクが窓に手をかけながら振り返る。

「俺様さ、ちょっくら野暮用で、明日一日教会にいねーから」
「えっ」
「だから明日は無防備状態になるけど気をつけろよ」
「はああ??」
「いや、協力するとか言ったばかりなのにわりーな~」
「っそ、そん・・・」

 そんなの聞いてない。行くな馬鹿。と言いかけて停止する。

(まるで俺がお前なしじゃ生きていけないみたいじゃないか・・・!)

 違う。それは断じて違う。そもそも奴に守ってもらわないといけないなんて甘ったれてる。俺は一人でも生きていくと誓ってこの道を選んだんじゃないか。

「・・・別にいけばいいだろ、一日ぐらいお前がいなくても平気だし!」
「けけけ、そりゃ心強い、じゃ行ってくるぜ~」

 窓から音もなく消えるザク。そしてまた雨が降りだした。

 ザアアア・・・

 俺はベッドを出て、窓の縁を撫でた。

「ほんとは..」

 少し、不安だっつの。

「・・・馬鹿ザク」

 小さな呟きは誰に聞こえるでもなく、雨音にかき消されていった。


 ***


 ちゅんチュン

 小鳥がさえずり、朝を告げてる。無駄に自然いっぱいの公園に囲まれてるおかげで、森の中に教会があるみたいな気分にさせてくれる。悪魔ざたを抜きにして言えば、本当に素晴らしい教会だと思う。

「おはようございます、ルトくん」

 欠伸を噛み殺しながらラルクさんがキッチンに入ってきた。

「あ、お、おはよう」

(昨日のこと、聞こうか...いや気まずくなったらめんどいしな...)

「?どうしました?」
「あっいや、えっと朝ごはんちょっと焦がしちゃってさ」

 ボーっとしていたのか、油をひかずに卵を焼き始めてしまったのだ。しまったなとフライパンを見つめているとラルクさんが優しく微笑んでくる。

「これぐらい全然食べれる範囲ですよ」
「だめだ、こっちは俺が食べるから」
「いえ、しかし・・・」
「ちゃっちゃともう一セット作っちゃうからラルクさんはそこで座っててくれ」
「その・・・私に手伝える事はありませんか?」
「え?」
「何か出来ることがあれば、是非やらせてください。このまま助けられっぱなしでは気持ちが悪いです」
「ラルクさん・・・」

 にこりと笑って俺を伺ってくる彼はどう見ても善人にしか見えなかった。昨日の件もリリが寝ぼけて夢と勘違いしていただけだろう。ザクの脅すような言い方はいつもの事だし。

(うん、気のせい気のせい)

 俺はホッと胸をなでおろし、笑顔を浮かべた。

「...じゃ、えっと、お皿並べてもらってもいいかな」
「ええ、もちろんです」

 やっぱりラルクさんはラルクさんだよ。ちょっと変なとこはあるけど、でも普通の人だ。

(ザクの気にしすぎだよ)

 テーブルに皿を並べてる姿は、そうとしか思えなかった。




「では、雨も止んだみたいですし街に行ってみます」
「あ、うん、昼はどうする?」
「昼には戻ってくるようにします、一文無しですし」
「はは、だな、いってらっしゃい」
「いってきます」

 そうして、教会は静かになった。

「...やけに静かすぎるな」

 なんでだ。しばらく考えて、閃く。

「そうか」

 今日は、ザクがいないんだ。

(・・・ザク、か)

 この教会に来てからずっと一緒にいたアイツがいない。

(まだ一ヶ月ほどなのに、なんだこの感じ)

 いたらいたで煩いし何も役に立たないのに、いなくなると結構大きな喪失感があった。なんとなく、心にっぽっかりと穴が開いたような。何かが足りない、感じがするのだ。

「はあ・・・」

 深いため息のあと顔を上げた。

「って!!はあ!!ってなんだよ!その、帰ってこない恋人を憂うようなため息!!!!」

 と、一人突っ込んでみたけどより孤独を再確認させられただけで何もいいことはなかった。

「...掃除でもするか」

 一昨日、雨漏り用の道具を買い集めたとこだったし、それを使って屋根の修復でもしつつ簡単に掃除をしよう。



「っく!雨のあとやるんじゃなかった...」

 無駄に安定しない足場のせいで全く作業がはかどらない。

「しかも、結構高いし、ここ」

 俺はゆっくりと屋根から顔を出し、下を見下ろしてみる。(地面に置いてあるゴミ袋があんなに小さい...)前にも屋根に寝転がったことがあったけど、あの時は夜だったからあまり気にしてなかった。まさかこんなに高いとは。

「はあ。やっぱ修理はザクにやらせよう」

 結局ザクに頼むことにした。あいつならひょひょいとやってくれるだろう多分。

「・・・」

 屋根に膝立ちしたまま見回してみると、風化しボロぼろになった悪魔像が目に入った。無意識に俺はそっちに歩いて行っていた。

「なんでこの像、欠けてるんだろ」

 老朽化か、誰かの意志的破壊か。この像にはもう足首の部分しか残ってないため、どんな顔をしてるのかわからないが隣の像と対ってことは結構怖い顔してるんだろうなあ...なんて考えながら俺は像の足首を撫でていた。

「...いつもありがとな」

 風がぴゅうっと吹いて俺の前髪をかきわけていく。少し湿気の残る風は心地が良い。

 =きひひひ!!こーんなとこに人魚がいるぞ!=
「?!!」

 突然の声に驚く。この特徴的な響き方はまさか

(悪魔?!)

 急いで立ち上がり周囲に目を凝らす。

(あれ...何も、いない?)

 =きひひっどこ見てるんだ?ここだよ、ここ=
「どこだ!!」
 =あんた飛行系の悪魔ばかり絡まれてたんだな~きひひ!下が無防備だよ?=
「っわあ!」

 右足首にひやりとした何かが触れる。
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