牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第一章「呪われた教会」

★インキュバスの悪夢

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 どさっ

「ーっ!いて、て...」

 両手を縛られたままの解放されてない状態で放り投げられたため、大して受け身も取れず転んでしまう。口の中に砂が入ったせいか喉が痛い。

 ザッ

「!!」

 ビクッと体が音に反応する。目の前に、誰かがいる。

「ようこそ、憐れな子羊くん」

 状況と一致しない軽いノリの男の声。

(?!)

 それには聞き覚えがあった。俺はおずおずと顔を上げる。

「やあ・・・さっきぶりだねルト君」
「!!!どうして、お、お前は、シータ!???」

 そこにはありえない人物、シータがいた。

「さて、どうしてでしょう?」

 にやりと微笑む。その姿に、今までの頼りなかったシータの面影はなかった。ただの・・・邪悪な笑みを浮かべる、気味の悪い男だ。

(こんなの、前にもあった...くそ!!学習しろよ、俺!!!)

 俺は懸命に距離を置こうとするが、その度にシータが逆にこちらに歩み寄り、距離を詰めてくる。

 すっ

 奴が俺の顔を撫でる。ひんやりと冷たい指先。まるで蛇が這いずっていったみたいな感覚に鳥肌が立つ。

「そんな怯えないでよ。殺しはしない」

 ニヤっと粘ついた笑顔を俺の顔に近づける。必死に顔を背けるが、両頬を挟まれて固定されてるので大して変化はない。

「かわいいね」

 突然、額にあたたかくて柔らかいものがあたった。

「...っ!!」

 その柔らかいものは、シータの唇だった。なんで・・・いや、額に当たっただけだし、ただの事故という可能性も...という現実逃避を必死に繰り返す俺を、奴は笑いながら見下ろしていた。

「知ってるかい?蛇は獲物を捕まえてすぐこうやって」

 シータが俺の喉元に噛み付いてきた。

「ーっい、あっ・・!」

 自然と声がでる。

 怖い、怖い怖い...!
 気持ち悪いっ!!

 恐怖で震え始める俺の体。シータがその様子を見てまた笑う。口から見える白い歯が光った。俺の喉を突き破ろうとしてるその牙は鋭そうでまた怖さが増す。

「こうやって、噛み付いて首の骨を折ってとどめを刺すんだって。やってみる?」
「!!!」
「うそうそ。クスッ」
「はっ、はあっ、シータ・・・」

 俺が少しだけ緊張を解こうとした、その時

 ガブリっ

 鋭い痛みが鎖骨のあたりに走った。それに伴い、胸に生温かいものが流れていくのを感じる。鉄臭いこの匂いは。

「イッあああっ?!はあっ、はあ!やめ、ろっ!!」

 俺は軽くパニック状態になって暴れた。

「うん、血の味だ」

 口元を俺の血で汚すシータの姿はそれこそ悪魔そのものだった。だが、暴れていると血が勢いよくあふれるのに気づき呼吸を深くしてなるべく動かないようにする。

(早く逃げて手当しないと...!)

「ふふ、蛇は獲物に感づかれないようにしずかーに追い込んでいくんだよ?そして後ろからぱくんっ・・・怖いでしょ」
「...っ、なんの、つもりだ!」
「別に?いつもどおり牧師を殺すだけってのも飽きてきたんだ」
「お前が牧師たちを...っ」
「まあ、細かく言えば違うよ。僕は最近加わったばかりだしね。」

 シータが背後にある大きな旗をさす。その旗には白い鳥に巻き付く蛇の模様。スネーカーのシンボルがあった。

「どうして、っ...こんなことを」
「んー」

 気持ちの悪い笑みを貼り付けたまま腕を組むシータ。

「君がこれに耐えれたら説明してあげる」

 奴は俺のすぐ目の前に立って言った。ちょうど腰のあたりが見える。そしてズボンの前を開け始めた。

(まさか・・・)

 嫌な予感がして体を後ろに倒そうとするが、後頭部を掴まれてしまう。

(逃げられない・・・!)

 俺が焦っていると、シータは荒々しい動きで・・・自分の昂ぶったモノを俺の口に押し付けてきた。

「っむぐ!?」

 俺は必死に顔をずらす。

「説明、いいの?」

 にやっと笑いながら見下ろすシータと目があった。

(スネーカーの・・・情報・・・)

 ここまで核心に近い情報はきっとバンでも手に入れられないだろう。そしてその情報が俺にとっては喉から手が出るほど欲しいものだったら・・・。

(っくそ!!)

 俺は目を閉じて、口をゆっくり開ける。間髪入れずシータは差し込んできた。口の中にあるものを、反射的に噛み切りそうになるのをぐっとこらえる。そしてされるがままに目を閉じて奴の動きに応えた。時々舌をそわせて刺激を与えたりする。

「へえ、っうまいね?どっかで...っ覚えたの?」
「...っ...っは!ん...ぐ」

 俺はなるべく自身に起こってる事を考えないように、目を閉じて他のことを考えた。猫は無事だろうか?ゴロツキに絡まれてすぐ腕から降りてどっかへ行ってしまったが...あと、リリは大丈夫だろうか?俺たちがいないことに気づいて探してたりして...

 俺は他の不安をすることで現実から徐々に目を背けていく。だが口の中のモノは少しずつ大きくなってきた。呼吸がしにくくなってくる度に現実を思い知らされる。

「...っーッん...う...ふ」
「うん、いい感じ」

 目をつぶって必死に動きに耐える。開けっ放しの口の端から自分の涎が垂れていくのを感じた。拭いたくても腕が自由ではないためそれは叶わない。奴の顔を見上げてみると、気持ちよさそうにこっちを見ていた。目が合ってしまう。ギクリと体を揺らし俺は目をそらした。

(早く終われ...!)

 ふと、シータの後ろの旗に目が行く。その旗が不思議とゆらゆらと揺れている。気になって凝視してると旗の下から赤い猫が現れた。

(あれは!!)

 その猫はこっちをじーっと見ているだけで何もしてこようとしない。ふと、猫はおもむろに足に付けられた包帯を牙でとり始めた。傷にばい菌が入って悪化してしまう。焦ったがそれは杞憂に終わった。

(怪我が、治ってる?!)

 嘘だ。酷い怪我でないとはいえ、一日二日で治るものじゃなかった!それなのに、怪我が消えてる。そういえばさっきも平気な顔して走ってたし・・・

(どういうことだ・・・?)

 俺が混乱していると、口の中のものがドクっと脈打ち始めた。嫌な予感がして顔を後ろにたおそうとする。しかし、シータの手が後頭部をがっしりと押さえているせいで逃げれない。

「っ...ん、そろそっろ、かもっ」
「!!...っま!」

 俺はとっさに口を外そうとする。が、両手で顎と頭を押さえつけられ、引き寄せられる。奴はこれまで以上に早くそれを出し入れし、深く押し込んでくる。今までで一番深くまで刺さったとき、それが大きく脈打った。

 ドクッドク・・ドロ・・

 ハジけるように吐き出す。俺の口の中はすぐに熱い液体で満たされた。あまりの量で口の端から零れていく。

「...ん!!!!...あ、ふっう、うえっゴホゴホ!」
「っん、だーめ、全部飲んで?」

 口の中の液体を吐き出そうとするとシータは顎を押さえてこぼれないように閉じさせた。

(く、くるしい...!)

 そう目で訴えたがシータはただ笑うだけで力をゆるめてくれない。逆にまた口に差し込まれ、かなりの量を追加して口に出してきた。このままでは窒息してしまう。

(これ以上は無理だ!)

 俺はなるべく考えないようにして、一気に飲み込んだ。

 ゴクン・・・!

「...っはあ...ハア、うっ、かはっごほごほ!」
「よくできましたー」

 肩で息をする俺の頭を楽しそうに撫でてくる。俺にその手を振り払う気力はなかった。口の中にまだ苦い味が残っていて気持ちが悪い。ぽろぽろと涙が溢れてきた。

「かわいいなー、泣いちゃったんだ?」

 俺を優しく撫でながら奴はまた笑った。もう、シータが裏切ったとか、何故そんなことをとか、そういうのもどうでもよくなってきた。

(とりあえず俺が自由になった暁にはこいつを...消す!)

 殺意を込めて睨みつけてやると、シータは旗の横にあった椅子に座った。震える体をたたき起こし俺は立ち上がる。

「約束だっ・・・!教えろ!教会の、こと」
「え~?どうしよっかな?」
「は??!」
「だって零してるじゃない」
「!!」

 地面を指差す。俺がむせた時にこぼした奴のそれを見る。まさか・・・。

「それも全部舐め取ってよ」
「・・・・!!」
「知りたいんでしょ?じゃあなめて、ルト♪」
「・・・。・・・・俺が馬鹿だった」
「?」

 俺は、はあ、と深く息をつく。そして力強く正面からシータを睨んだ。

「お前の力なんて借りようと思ったのが馬鹿だった」
「?」
「お前が真実を言うとは思えないし、何よりお前に情報を教えてもらわえなくても、俺は生き残ってみせる!」
「・・・」
「俺が今までの牧師みたいに自分の思い通りに行くと思うなよ!!!」

 足で、奴の吐き出したものを踏みつける。それを見たシータはへえと言って笑う。視界の端にいた赤い猫のしっぽがゆらゆらと揺れた。

「君、面白いね、やっぱり」
「うるさい!さっさと俺を解放しろ!」
「それはできないよ、だって」

 =おい、シータ=

 突然、俺達のいる部屋に何かの声が木霊する。

 =終わったのならさっさと殺せ=

 その声を聞き、シータは一気に萎縮してしまう。そしてゆっくりと天井のあたりを見た。俺もつられて奴と同じとこを見るが何も見えない。

(一体何を見てる?いや、何がいるんだ?)

「あはは、焦らないでよ、言わなくても最後はやるから」

 怯えた態度で天井を仰いでいる。傍から見ると完全に頭のイカれた奴だ。

 =ワタシは暇ではない。早くペットの世話をしなくてはならんのだ。ワタシが見ている前で、すぐに牧師を殺せ=

 その言葉に、一気に鳥肌が立つ。

(こいつが教会の呪いの原因?!)

 俺は立ち上がってこぶしに力を込めた。

「お前っ!悪魔か!」
 =ほお?悪魔だとわかってどうする?=

 俺が叫んでも全く動揺した様子が見えない。そして少しずつだが、靄がかかっているようにくすむ場所が天井の隅にあることに気づいた。きっとあそこに悪魔がいるのだろう。

 =ワタシはこの土地が気に入ってる。やっと目障りなあいつの守護がなくなったのだ、お飾りの牧師にはさっさと消えてもらうに限る=
「なんのことだ?!いや、そんなことどうでもいい・・・俺は...俺はこの街でリリと静かに暮らしたいんだよ!それを、お前のようなよくもわからない奴に邪魔されてたまるか!!」

 怒りに任せて叫んでいると、奥にいる赤い猫が尻尾を振ってこちらを熱心に見ていることに気づく。

(あの猫、まだいたのか、そろそろ逃げないと危ないぞあいつ)

 そこに気を取られてる隙にシータが背後から羽交い絞めしてきた。

「...っな!シータ!やめろ!」

 シータはゆっくりと俺のズボンに手を伸ばす。その触り方が気持ち悪くて身をよじって逃げようとしたが何も状況は変わらなかった。

「マスター。そういえば最近ペットに飽きてきたって話してなかった?」

 俺の体を触りながらシータは話し出す。歯痒い気持ちでいっぱいになる。腕の拘束具に意識をうつすが俺の力でどうこうできそうな代物ではなさそうだった。そんなことをしてる間も会話は続く。

 =...確かに、反応もよくなくなってきたな=
「じゃあ、これ、どうかな?」

 シータが俺の右頬にキスしてくる。

「!!やめっ・・・シータ!」
「こんな感じで...」
「っう...!あ、やめろってば!」

 シータがズボンに手を突っ込んできて、俺の完全に萎えてるモノを握りしめた。思わず声が出てしまう。自分の情けない声が部屋に響き、顔が真っ赤になった。

「反応もなかなかですし、人魚というのもプレミアだし。殺すのはもったいないよ。」
 =・・・・。=

 悪魔の本体らしき黒い靄みたいなものが天井から落ちてくる。いや、降りてくると言った方が正しいか。目の前に来られて俺はとっさに身構える。靄の悪魔はしばらく黙っていたかと思うと

 =おい、キュバス。いるか。=
 =はいここに!=

 元気な声と共にどこからともなく(多分天井あたりから)悪魔が現れる。その悪魔は教会の屋上で寝てたときに襲ってきたヘビ型のインキュバスだった。

「おっおまえは!あの時の...!」
 =やあ!人魚!...ボス!こいつなかなか面白いっすよ!前に少し味見しやしたが=
 =いいから奴に夢を見せろ=
 =いえっさー!=

 靄の悪魔の一声でインキュバスがこっちに来る。俺がのけぞって逃げようとするのを楽しそうに見下ろし、悪魔は尻尾でつついてきた。ふと、口元にその尻尾がきたので思いっきり噛んでやった。

 =イイイイッテエーーーー!=
 =油断するからそうなる=
 =すいやせん...=

 叱られたインキュバスがこっちに来て煙を吐いてきた。急のことだったのでそれを吸い込んでむせてしまう。

「けっほ!...うっゴホゴッホ!」

 あまりにも苦しくて地面に座り込んだ。口に手を当てて激しくむせる。吸ってしまった煙を出そうとするが、もちろんそんな事に意味はなかった。

「...?あ、れ?」

 いつの間にか腕が自由になってる。しかも見渡す限り真っ白な世界に俺一人が立っていた。

「ここ、どこだ??」

 急のことで頭がついていかない。シータ達もいないこの空間は完全に先ほどまで俺がいた場所とは異なっていた。

 バサバサ

 あまりの事に呆然としていると、鳥の羽音が上から聞こえてきた。

 =にい!ルトにい!=

 目の前にリリがいる。全く状況が読めないが、俺の心は一気に跳ね上がった。

「よかった!リリ無事だったんだな!」
 =にい!=

 俺とリリは抱き合って喜びを分かち合った。リリとも会えたし、悪魔もいなくなって...心なしか気持ちよくなってきた。

(なんだか体がふわふわ、いや、ムズムズするような...?)

 =ケケケっ=

 すっかり俺がリラックスしたその時、聞いたことのない声が世界に木霊した。その声は低く滑らかな男のものだった。

「誰だっ!?」

 俺はリリを背中に隠し、どこにいるかもわからない声の主に吠える。靄の悪魔でもインキュバスでもない、でも確実に悪魔なのは直感でわかった。

(声に独特の悪意がこもってるからな)

 =なんだよ、そんなに緊張すんなって。別に俺様はお前の敵じゃない。=
「は???」

 どう考えても敵だろ。牧師と悪魔だぞ。

 =そう睨むなって。俺様に敵意はない。助言をしに来てやったんだよ=
「助言...?結構だ、悪魔の甘言など聞く気はない!」

 悪魔にされるような助言などない。はっきりとそういってから俺は、前も後ろもない白いだけの世界を歩き出す。少しでも早く声から遠ざかるために。

 =その警戒心は大事だけどな?今は俺様の言葉を聞いといた方がいいと思うぜ=

 声が追いかけてくる。足を速めた。

「うるさい!どこかへ行け!悪魔!」
 =けけけ、じゃあこれは独り言だ・・・早く目を覚ました方がいいと思うぜ=
「...?」

 目を覚ます?

 =ここはインキュバスの夢の中だ。それぐらい予想が付いてるだろ?=
「...!!」

 まさかとは思ってたが、ここが夢の中??前回見せられた悪夢に比べてかなり平和だったから別物だと思っていた。腕の中のリリもいつもどおり可愛いし。

「でっでも!お前が俺に嘘をついてる可能性もある!」
 =けけ、確かにな~=
「?!」

 食えないやつだ。悪魔なら嘘でも否定しろよ。

 =じゃあサービスしてやるか=
「?」

 悪魔の声が遠ざかったと思ったら急に目の前に猫が現れる。その赤い猫は見覚えのある眼帯をしていた...

「お前!あの猫の?!」
 =その節は世話になったな=
「そ...そんな...悪魔だったのか...」
 =猫じゃねえけど、猫の恩返しってやつだ。ほら見てみろ=

 猫が尻尾で地面をツンとつつく。すると地面に波紋が広がりある映像が映し出される。俺たちの足の下に、見たことのある部屋が見え始めた。

「ここは...」

 悪魔に囲まれて俺が寝ている。

「・・・って!これさっきまで俺がいた部屋じゃん!」
 =あ~あ、すっかり遊ばれてるぜ=
「は?って、わあ!あいつらどんなとこ触ってんだ!」

 悪魔たちは俺が起きない事をいいことに、俺の体をベタベタと触ったり舐めたりしていた。シータが頬を染めながらそれをじーっと見下ろしている。

 =な?だから起きた方がいいって言っただろ=
「っくそ!なんであんな事されて俺は起きないんだ!」
 =インキュバスの力だよ。強制的に夢を見せられてるからあっちに意識が戻らないんだ。=
「...っどうやったら、この悪夢を覚ませるんだ??」

 この前のよりも何倍も嫌悪感が募る夢だ。早く終わらしてあいつら十回ずつ蹴り飛ばす!

 =目を覚ます方法は俺様も知らん=
「は?」
 =まあ、現実に飛んでるインキュバス本体をぶちのめせば覚めるとは思うが、お前は夢から出られないだろ?だから無理だと思うわ~=
「なな、な、な!それはつまり、諦めろってことかよ!」

 夢から出ろって言っておいて、それはないんじゃないか?これだから悪魔は!

 =八つ当たりすんなよ~じゃ、恩返しもしてやったし俺様は帰るわ=
「へ、ちょ」

 猫が薄くなっていく。本当に消えるつもりらしい。いくらなんでも気まぐれすぎるだろ!いや、助けてくれるとは思ってなかったけど、でも、でも・・・悪魔のくせに親切だって思った自分がバカだった!

 完全に猫の姿が見えなくなると、世界は急に静かになった。

「...。」

 体が、ムズムズする。きっと現実の方の体と少しリンクしているのだろう、あっちでされてることを思い出して余計に体がむず痒くなってきた。どうする。もう寝てしまおうか。どうせこのまま外に出られたとしても悪魔二匹と男一人に囲まれていては、為すすべもない。

「・・・」

 俺が静かにうずくまっていると、背中に隠れていたリリがつついてきた。

「なんだ?」
 =ガガガ...ッ=
「...?」
 =に、い=

(なんだ今のノイズみたいな鳴き声は?)

「リリ・・・大丈夫か?」

 リリに手を伸ばすが、逃げられてしまった。その際、はばたく翼とぶつかり指を切ってしまう。

「イッつ...!」
 =・・・=

 夢の中なのに、痛みを感じる。これも悪夢特有の現象なのだろうか?だとしたら奴らの見せる夢は、夢というよりは幻覚に近いのかもしれない。不思議だけど、少しだけ感心してしまった。

「って、そうだ・・・リリ、どうしたんだ」
 =・・・=
「ほんとに大丈夫か?」

 いつもなら、俺が少しすりむいただけでとても心配するリリが、指から滴り落ちていく血を見ても平然としている。なんだか様子が変だ。

 ん?待てよ。

 この世界が幻覚でできているとしたら...

「リリ、お前リリ・・・か?」

 このリリは本物、なのか??俺の問いかけにリリは答えない。距離をとったまま空中を飛んでいる。

「リリ!豆があそこにあるぞ!」
 =...=
「...リリ」

 反応しない、豆は大好物のはずなのに。俺は目を瞑り、牧師様に教えられたことをゆっくりと思い起こしていく。

 “インキュバスは人間に夢を見させた後、その夢の中に共に入って精気を吸いとる事もある”

 その言葉を思い出す。

「・・・」

 目を開き、覚悟を決めた。

(本当のリリなら効かない・・・これが効けば・・・)

 俺はポケットから聖書を出して、目に付いた文章を読み上げていく。

「神は言われた、信じよ。さすれば救われん。汝、若い仔羊の生贄を捧げ葡萄酒を...」

 教会本部が悪魔用に少しアレンジ(強化)している文章を唱える。すると、目の前のリリが苦しみ始めた。飛ぶのをやめ地面に落ちて転げまわる。

 =ぐぎ、がぎあ=
「戸を開けよ。狭い門からはいれ。愛を与えよ。」
 =アアアアア!!!!ヤメろ!!死ね!クソ牧師ガア!!=

 リリとは程遠い汚い口調で叫びだした。そんな声、そんな言葉、リリは使わない!

「やっぱりお前は、リリじゃない!!」

 俺はそう確信できた瞬間、より声を大きくして悪魔に近づいていく。リリの姿はもはや跡形もなく消えていた。体中がボロボロくちばしは割れていて...美しいはずの黄色の翼は真っ黒になっている。

「自分を嫌うものを一番に愛しなさい」
 =やめろ!くるな!その口を閉じやがれええええええ!!=

 のたうちまわる悪魔に手を添えて、俺は言い放った。

「神の愛を受けよ!」
 =あああああああぁぁぁぁ!!!!=

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