上 下
25 / 95

しおりを挟む
 殿下はにこやかに返したが、「何言ってんだこいつ」という目を向けられている。いきなり愛称で来いは攻めの姿勢ですからね。そうこの殿下、見た目はどう見ても受け身系だけど、基本戦法がガンガン行こうぜなお方なのです。

 ロジェ=ギルマンの目がこちらを向く。
 この流れはわたくしも自己紹介しないといけないのか……そっと頭を下げた。

「初めまして。シャリーアンナ=リュシー=ラグランジュと申します。最近殿下の案内人というか世話人というかに任じられまして……以後お見知りおきを」
「……で? なんであんたら、ここにいるんだよ」
「ぼくが王国の食事を堪能したいって言ったから――」
「いや、皇子サマはまあ、わかるけど。そっちのあんた、“沈黙のシャリーアンナ”だろ。いつものダサ眼鏡がないけど」

 ダサ眼鏡ってなんですか。結構気に入ってたんですけど、あれ。

 しかし、殿下はともかく、わたくしのことを元から知っていたらしいことには驚いた。

 噂話とか興味なかったので片っ端から聞き流していましたが、わたくし、そんな風に言われてたんですね……ちょっと恥ずかしい。

「あんた自身というか、ミーニャ=ベルメールが有名人だから。次々男に声をかけて、ついに侯爵令息までたらしこんだ。でもあんた、それでこの前、派手にやり合ったんだって? で、今は皇子サマと一緒にいる? ……なんだこれ、ベルメールへの意趣返しって奴か?」

 いぶかしげな目を向けられ、わたくしは思わず真顔で返してしまった。

「わたくしがそんな人間に見えますか? ミーニャに対抗して殿下を籠絡できる女だと?」
「えっ……いや、どうだろう。あんた眼鏡取ったら案外美人だし――いや目力強いな、こっわ! やめろよにらむなよ!」
「これはただの真顔です」
「マジで!?」

 ロジェはガタッと椅子を引く。
 ううむ、やっぱりわたくしの目つきは苦学生が引くぐらい極悪なのか……眼鏡、必要なのかなあ。

「シャンナはとても魅力的な人だから、ぼくが積極的に声をかけているだけだよ、ロジェ。それにシャンナの目は怖くないよ。ちょっとつり目で翡翠色が鮮やかだから、印象に残りやすいだけさ」
「いや……それ言えるの皇子サマだけだと思うけど……」

 やっぱり殿下、わたくしのことを過剰評価していません?
 わたくしには特別な所など何一つないのに――少なくとも表向きには。

「ところでロジェ。きみはいつも、あんな風に嫌がらせを受けているの?」
「そのネタ蒸し返すのかよ……わかるだろ、見れば」

 殿下が話の矛先を振ると、赤髪の苦学生ロジェは嫌そうな顔をした。

「でも、きみのその左胸のバッジは特待生の証。つまり優秀な学生だ。将来有望なのに、なぜあんなことが起きるんだい?」
「自分より貧乏で貧相な奴が、自分よりテストで良い点取ったら腹が立つんだろ? 知らねーけど。俺、あいつと同郷だけど、元からそりが合わねーんだよ」

 ロジェはつまらなそうに言う。
 なるほど、彼はいわゆる、優秀すぎて意図せず出る杭になってしまった人間らしい。
 杭として陥没していて誰からも相手にされないわたくしとは正反対の人間だ。

 ふむふむ、と大人しく話を聞いていた殿下の目がきらりと光る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

処理中です...