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本人以外の方が盛り上がっている気がする
しおりを挟むもちろん、競りはつつがなく終了した。
契約の最終確認があるとかで、ズズは別の部屋に呼ばれ、お供達をぞろぞろ引き連れて案内された。
雑多な仕事はもはや付き人達に任せて高みの見物のズズは、眼鏡をかけた男にえへんおほんと咳払いされて目を向ける。
「では……最終的な確認を。基本的なプロフィール等は競りの前のご紹介で述べた通りですが、元々はさる豪商のご令嬢でして……ま、よくある話です。主人が病気で急死しましたら、誰も支える者がおりませんでな。それどころか使用人連中と来たら、真っ先にこのお嬢様をいい値段で売り出したのですわ、うわっははははは……」
ああはい、まあそんなところでしょうね、と思いながらズズは大人しく書面と読み上げつつ補足する商人の言葉を聞いている。きょろきょろ見回したが、ここにはまだヴィヴィアンヌはいないらしい。
「舞台裏でご主人様用の最後の調整を行っておりますのですじゃ!」
と小人が耳打ちしたので、へえ、と思っておく。
「行儀作法問題なし。文字の読み書き可能。言語はトスカール語にアントレア語を履修済、どちらも発声聞き取り読み書き問題ありません。勉強は歴史や文学など一般的な淑女教育は施されていたようですが、さほど熱心な生徒ではなかったようですな。歌はまあまあ、ピアノはそこそこ。好きな食べ物はお菓子、虫歯に注意してください……」
なんだ。こういうことなら、六年前にズズが自力で調べ上げたことと大差ない。
案外変わってないんだなあ、となんとなく微笑ましい気分になり油断していた彼の耳に、いささか衝撃的な言葉が飛び込んでくる。
「では調教の程度につきまして。胸とクリトリス、内部の感度を指で高めてありますが、処女膜は健在ですのでご安心を。大丈夫、詐欺じゃありません、新品です」
ん? 聞き間違いかな? とズズは首を傾げてみるが、話題が変わる様子もなければ言葉が訂正される気配もない。
「口での奉仕も仕込んでありますが、少々性格に難有りと申しますか……最初から使うのは安全の保証ができません。媚薬、開口器、筋弛緩剤等の利用をおすすめします。素面だと噛まれる恐れがありますので。ただまあ、快楽にも痛みにも弱いので適当に強く出てやればすぐ大人しくなります。相性の良い媚薬は――」
周りの付き人達が一斉に青ざめて龍神様の顔色を窺いだしたが、業務に忠実なのか鈍感なのか、係の者はすらすら続きを述べる。
「――あ、そうそう。忘れるところでした。尻穴は未開発ですので、お好きな場合はご自分でどうぞ。他に何か質問は?」
「…………」
逆に何を質問してほしいのか質問したい。喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、今入ってきた情報も一端頭の中で事実として受け止める。
それはまあ。人身売買で、若い女を売るのだ。こういうのは、当然完備されているサービスなのだろう。……なのだろうか? 娼館の経験はあるが、性奴隷は微妙に彼の人生の管轄違いだ。「そうか、なるほど」という感想だけが頭を埋め尽くす。
「りゅっ、龍神様……逆に考えましょう。煩わしい手間なく最初から愛し合えるのだと、ポジティブに考えますのじゃ!」
「しょっ……処女ですから! 処女ですから、セーフ!」
ズズの異様に静かな様子に、焦ったらしい取り巻き達が口々に震え声で述べる。
そちらにも「ん?」と言う顔で振り返ってから、ようやくズズは彼らが何に怯えているのか理解した。
あれだ。他人の手垢に触れた番という状況を、龍神が許せるのか的なあれだ。処女厨はどこまで適応されるのか的な。
そりゃまあ、生涯ほとんど一人しか出会えない番が、自分と結ばれる前に経験があったら、嫌だと感じる竜の方が多い……のかもしれない……? ズズにはわからない。
何しろズズ個人に限って話をするなら、全く何の問題もないからだ。
今のは単純に新世界に触れて固まっていたというか、大人の世界の気配り(?)に驚いたのと、なるほどヴィヴィはもはやここまで純然たる“商品”になってしまったのだな、とある種の感動を抱いていただけで、極端な話ヴィヴィが既に誰か別の男の子を孕んでいようが、彼の気持ちには関係ないのだ。
そこでふと、一つするべき質問があったことを思い出す。
「彼女は出産可能ですか?」
「ええ。まあ処女ですから確実に保証できるとまでは言いにくいですが、至って健康、若いですし、病気の様子もなし。特に問題はないかと。あ、これ三ヶ月分の健康診断の結果です」
見ます? と渡された書類をパラパラめくりながら、ズズは自分の顔が変な形に歪むのを感じていた。
皮肉なものだ。カメラ一つすら許されず、権力に怯えて逃げ出すことになった自分が、こんな――。
薄ら笑いを浮かべているズズからちょっと身体を離した眼鏡が、プルプル小刻みに震えながら主人を見守っている連中を見回して、一番話ができそうだと判断したのだろう、小人の老人にそっと近寄っていって耳打ちする。
「ちなみに、ですが。今ならお得なオプション、つけられます。有料ではありますが」
「是非! お願いします!」
まあお金に困ってはいないだろうけど、内容聞いてないのにそんな安直に答えていいのかな、とズズは思っているが、彼は基本思っているだけで声を上げないので、誰も止める者がおらず話はするする進んでいく。
「ちょうどお部屋が空いていますので。こう、いい感じに雰囲気もセッティング済です」
「なるほど。話がわかりますな……」
「今ならお薬とセットで好き好き大好き催眠術もおつけしますので。お互い童貞処女もあろうかと、当方用意がございますので。大丈夫です、処女ですが一通り教えてありますから催眠状態ならちゃんとリードできます。ご安心下さい、我々もプロですから……」
「是非に。是非にお願いします。初夜で嫌がられたのがショックで勃たなくなったとか言われたら、目も当てられませぬ。一発目は必ず完遂させねばなりませぬ……」
一応何が起こるかは横で聞いてるせいでなんとなく把握できてるからいいけど、そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫なのにな。まあくれるって言うならもらっておくけど。ヴィヴィが痛がるのを見るのは嫌だし。
なんてことを思いながら遠巻きに見守っているズズの前で、男達はがっしり固い握手を交わした。
「じゃっ、そういうことですので!」
「ご武運を祈ります、龍神様っ!」
「何か事故が起きたら、呼び鈴を! 呼び鈴をいただければ! 駆けつけますから! それまでは! お邪魔しませんからっ!!」
最終的にズズは、またも見知らぬ別の場所まで引っ張っていかれたかと思うと、一つの部屋の中にぽーいと投げ出された。実に用意のいいことだ。
ふわっと花のような甘い香りに目を細めた彼の視界に、大きなベッドと、その上に座る女の姿が映る。
金髪に碧眼。白い肌を上気させ、ピンク色の超ミニ型透け透けワンピース(ズズはそれがベビードールと呼ばれる種類のものだとすぐピンときた)に身を包む彼女は、確かにズズの記憶のままの想い人だが、何もかも決定的に違っている。
可哀想なヴィヴィ、と一瞬だけ感傷に浸りそうになったズズの前で、彼女が桃色の唇を開いた。
「ああ、ご主人様……! どうぞヴィヴィを、可愛がって下さいませ……!」
おもむろに両足を開き、腰をくねらせながら、女が言った。
しばらくまた、ズズは新世界との対面に思考も身体の動きも完全にフリーズした。
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