躯炉音

グリエール君戸部

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躯炉音

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ギュッギュッギュッと音が鳴るのを知っているかね。いやいや、わたしのお腹ではないんだ。しかし、昼時だね。ここいらで喫茶にでも入って何か軽くつまんでいこうか。
君は何を頼むかね、紅茶かね珈琲かね。おやおやコーラなどとは。知っているかね、コーラと言うのは昔、原材料にコカインが使われていたそうだよ。いやなに安心したまえ、昔の話だ。さて、何の話だったか。

そうだ、音が鳴る話だったな、ギュッギュッギュッという。いやギャッギャッギャッだったかな。とにかくそんな音がするのだよ。ちょうどそうだな、ゴムの風船があるだろう。あれの膨らましたやつ同士をこすり合わせるような、人の肌が硝子を擦る音にも似ているな。
とにかく、そんな音が鳴るんだよ、焼却炉から。それがとても耳障りと言うか、何か人の精神をまともでいられなくする様な力を持っているのだよ。なに、古い焼却炉じゃあよくある事だ。もっともその音を聞き取れるのはほんの一部の人間らしいがね。
さて、その音には直接関わりのない話なのだが、すこしばかり聞いてもらおうじゃないか。私が何故君にこのような話をするのか。まあまあ嫌な顔をせずに、少しで終わるから聞いてはくれまいか。
この音が聞こえた者は、君のように、誰かに聞かされる以外にその理由を知る方法がない。何故なら、自分と同じ音を聞く人間がいないからさ。この音を聞くにはいくつもの条件が揃わなければならないからね。そして、原因不明の音に悩まされ、まあ人によっては死に至るまで悩まされるものも居るようでね。
そこで、私たちのように、なんとかその真相に辿り着いた者が、私たちの同志にこうやって伝えに来るのだよ。そんな顔をしても無駄さ。あの音が聞こえる限りは、君はどう足掻いても私たちの同志だ。
もっとも、その音を聞かなくなれば私たちの同志ではなくなるがね。まず、聞かなくなるような選択を選んだ時点で私たちとは道を違える事になるのだから。そう、私たちとは道を違える者がいる。音を聞かなくてすむようになる方法があるのだが、君にはできれば私たちの同志でいて欲しいものだ。

ああ、条件だったね。まずは焼却炉から話そうか。
場所や形はどんなものでも構わない。性能や規模についても問わない。唯一つ、人間を生きたまま焼いた事があるか、この一点だ。よくあるだろう、学校の焼却炉にまつわる怪談話が。大体は嘘だったりただの噂だったりするのだが、何せ焼却炉なんてどこにでもある。今でこそ規制が掛かったが学校だけでも残っているものは多い。その中のいくつかが人を焼いていたって何の不思議もない。そうだろう?だから聞こえる者はそこらを散歩しているだけで出くわすのだよ。

もう片方、人間の条件。これが滅多に合わない。しかもこちらにはいくつもの条件があってね。
まず始めに双子である事だ。しかも一卵性の。そうでないといけないのだよ。そしてこれは三つ子や四つ子には当てはまらない。母親の胎の中から生まれるまでずっと双子でないといけないのだよ。
そして二つ目はそのどちらかが子供の時に亡くなった事。そうだ、ちょうど君のように。そして私のようにね。ただ、これにもいくらか制約があってね。
三つ目。その、片割れの死因が焼死である事だ。つまり一酸化炭素中毒による死亡や殺されてから焼かれる事は含まない。意識があったかなかったかは抜きにして、純粋にまだ生きた状態で焼かれたかどうかだ。ちょうど君の兄弟のように、そして私の兄弟のように。
まだあるぞ、四つ目。更に焼死の原因になりうる出来事を起こしたのが生き残りである事だ。そうだよ、君だ。そして私でもある。ストーブを倒したのでも、花火をしていたのでも、ろうそくに火をつけたのでも、天ぷらを揚げている母親を呼びつけたのでも、なんでもだ。その原因が自分であると自覚しようがしてまいが関係はない。少しでも関わったのなら、それは我々が原因なのだよ。
これが最後だ、五つ目。更にその時、自分の片割れを見捨てた事。これは気持ちの問題とは違ってね。例えば2人で逃げようとして、途中、何らかの障害によって引き裂かれたのであれば、この範疇ではないらしい。だから後悔はしていても、助けられなかったと言う自責の念があっても、この音を聞くことはない。何故なら、その者の意思で見捨てたわけではないからね。
この条件に当てはまるのはつまりこういう事だ。最初から、助ける気などなかった。そう、自分が助かる事しか考えなかった。そういうことなのだよ。片割れを振り返る事も、片割れに呼びかける事も、その手を引く事もしなかった、否、しようとも思わなかった者だけが聞く音なのだよ。

そうだ、君のように、そして私のように!

やあ、すまないね。どうも私はこの話をするたびに、何かに憑かれたようになってしまう。いやなに、原因は何となく知っているさ。そうだろう。

さて、ここまで長々と話をしたわけだが、これで私の言わんとしている事に、さすがに君は気が付いただろう。そうだ、君も聞いたはずだ。焼却炉から聞こえる、自分にしか聞こえないあの音を。自分の片割れである者の呼び声を。
ここから先どの道を選ぶかは君の自由だ。呼び声に答えるもよし、それに気付かぬ振りをして過ごすもよし、私たちの仲間に入って同じ音に悩む仲間を救うもよし。いや、これで同志たちを救えるとは思えないが、少なくとも忘れたふりや誤魔化しをする自分に苦しむ事はなくなる。あの音が容赦なく私たちを責めてくれるのだから。
そうだ。自分を責めたいのなら、あの音を精神が狂うまで聞き続ければいい。まったく自己満足も甚だしいがね。

そろそろ出るとするか。なに、ここの勘定は私に任せてくれないかね。といっても、珈琲とコーラだけなのだが。
そうそう、それともう一つ、君に教えておこう。この私たちにしか聞こえない音を、私たちがどう呼んでいるか。
 
躯炉音。

体躯を焼く炉の音。それで“くろおん”と呼んでいるのだよ。どうだ、皮肉な呼び方だろう。
いったい何の冗談かだって?

質の悪い冗談さ。
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