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戦えぬ理由、戦う理由
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「戦えー!! 乙姫!」
竜之助は血反吐を飛ばしながら叫ぶ。
「俺は戦ったぞ、この島の人間ではないのにだ! 何人もむごたらしく殺した! なのにお前ときたらなんだその体たらくは!! ずっと砂遊びでもしているのか!!?」
背中に自分の血と人の血を背負いながら、今も手と膝に砂利を着けたままの乙姫に活を飛ばす。
「なんで戦わねえ! 死ぬのが怖いか! 心配はいらねえ、戦えばお前が一番強い! 俺が保証する! それとも人を殺すのが怖いのか!? それも心配いらねえ! 俺は何人も殺してきたが一度も化けて出てきたことはねえ!」
ぶつけるのは怒りだけじゃない。
「戦ってくれ……この島を……守ってくれ……」
願い。
無駄死にしたくないのではない。
ついに見つけた死に場所を失いたくないからだ。
「誰もが愛する……この島……を……」
その言葉を最後に意識が朦朧とし舌が回らなくなる。
目は開いているが瞳は動かず光があるかないかもわからない。
「はーっはっはー! はーっははは! 気色の悪い言葉を吐いてくたばりやがった!」
高笑いするは浦島。
「もはや聞こえぬだろうが教えてやる! 乙姫は戦わないのではない、戦えないのだ! もはや見えていないだろうがとくと見ておけ!」
刃を乙姫に向ける。
「ほら、この刀がよく見えますか、お姫様?」
「浦島、貴様というやつは……!」
乙姫に異変が現れる。動いてもいないのに汗をかき、呼吸が乱れ、肩を上下させる。表情も次第に病人のようにやつれていく。
「こんな時だというのに私は……!」
波にもまれたようにくらくらと眩暈がする。
かろうじて意識を保ち、嘲笑う浦島を睨む。その目もまるで定まっていない。
「ははは! 振っても投げても届かないほど離れているのにどうしてそんなに怯えられるんだ!? ほら、お前たちも笑えよ」
手下の賊にも笑うように促し、元主を笑いものにする。
「これが竜宮家当主代理の真の姿さ。稽古の時からこうだった。ばあやも甚平もこの事実を知っていたが島民には一切明かすことはなかった。バレるのが怖かったんだろうね。いざというときは島のみんなを身を挺して守ると偉そうに語っておきながらこのざまだよ。甚平も肝心な場面で読み違えたな。この島を狙う海坊主はいないとたかをくくったのだろう。でもおかげで最高の結果になった。信仰していた龍神様にまんまと裏切られたのだから。これぞ皮肉ってやつじゃないか! くきゃきゃきゃ!!」
事件が起きてもどこ吹く風と済ましていた中性的な美顔が邪悪に歪む。
「……浦島、どうしてこんなことを……」
乙姫がそう問いかけると浦島は直角に首を傾げる。
「はあ~~~~~~? そんなのおおかた想像はつくでしょう?」
「……」
何も言い返せず黙り込んでしまう。
「でも、まあ、お情けで教えてあげましょう。この島が嫌いで、竜宮家が憎いからですよ。でもこれは僕だけに限った特別な感情ではないでしょう。みんな、この島が嫌いで、竜宮家が憎いんですから」
その言葉に乙姫はびくんと体を跳ねらせる。
「おやぁ……?」
浦島は反応を見逃さなかった。
「ははは、そうか、お姫様が今まで頑張ってきた理由ですもんね。島のために、でしたもんね。くだらない、実にくだらない。誠実に生きて何か変わるのか。誠実を貫いたとしても死は努力を嘲笑うように命を奪っていく。なのに君たち竜宮家は誠実、奉仕、忍耐を押し付ける。肝心な時に守れないくせに、だ。僕はそういうところが憎くて憎くて仕方がないんだ。あっさりと海向こうの男に泣きついた時もそりゃもう情けなくて腹立たしかったものさ」
「すでに裏切りを心を決めていたのにか……」
「僕自身に腹立ったのさ。こんなやつらに頭を下げていたのかってね。その点ではあの男は同情しなくもないね」
浦島はちらりと打ち上げられた貝のように寡黙な男を見る。
「あいつも、最期は誠実を守ってあのざまだ。彼も君にそそのかされて落とさなくてもいい命を落としてしまったね」
「違う、竜之助は、遠ざけて」
咄嗟に否定。
「結果は同じさ。お前がどれだけ胸を張って生きようとそれはごっこに過ぎない。付き合わされる者の気持ちを少しでも汲んだことがあるかい。どれだけ尊い理想を掲げようとそれを実際に実行するのは結局は下の人間じゃないか」
「それは……そうだが……」
抗えずに肯定。
さよりを思い出す。助けるつもりで島に残し生活する選択肢を与えた。だが返って苦痛の人生を強いたのではないか。孤独にもかかわらず価値があやふやな平等のために贔屓は禁じられた。最期も無常を感じずにはいられない。それならば一思いに家族と呼べる人たちとともに海に眠ったほうが楽だったのではないか。
さよりは誠実の犠牲者たる人物だった。
(さより……お前は、私のせいで……)
乙姫の手には砂を握る力すら残っていなかった。
「……ふん、案外あっけなかったな」
浦島は完全に戦意が喪失した乙姫を見下ろす。
「おい、お前ら、あとは好きにしていいぞ」
興が削がれるとずっと狙っていた獲物の処遇をあっさりと手下に手渡す。
そのうちの一人が、
「あのぉ……よろしいのですか」
「何がだ」
「お宝は……じぶん一攫千金につられてきたものでして」
「あれは完全な腑抜けだ。問いかけても何一つ答えないだろう。それでも穴はある。男はそれで充分だろう」
「んーまー、そすね。引き留めてすいやせんでした」
男たちはそろりそろりとギンギンにさせながら乙姫に近づいていく。
その時、やってくる。
「姫様ー! 姫様ー!」
村の方向からそれはやってくる。
「遅れて申し訳ありません! 加勢に参りましたー!」
それはまごうごとなき加勢。
だがしかし、
「ぷっ」
思わず浦島は吹き出してしまう。
「なんとも頼りない加勢だ」
ほとんどが女で構成された加勢。しめて十人。
持ち合わせの武器は上等なもので漁に使う櫂に縄で包丁をくくりつけた即席の槍。あとは包丁をそのまま持ってきた者も。
大局を覆すにはあまりに弱い。
海賊たちに武器も数も経験も、何一つ勝る点はなかった。
「姫様、お怪我はありませんか!」
「我々が来たからにはもう大丈夫です!」
やんややんやと騒ぎながら乙姫を囲む。
「羨ましい連中だ……まだその女を姫と呼ぶか」
浦島は心底侮蔑した瞳を向けた。
「浦島様、姫様の危機に何を呆けているのですか!?」
加勢に加わった一人が浦島を叱る。
「呆けている? はてさて、それはどっちかな?」
浦島の飄々とした態度、海賊たちの笑いで全員が状況を理解する。
「なるほど……つまり、そういうことなんだね……」
予想よりも危機的状況に緊張が走る。
「怪我したくなかったらそこの腑抜けを置いて立ち去るといい。特別に見逃してあげるよ」
浦島は笑いを我慢する。
(ははは、乙姫も哀れな女だ。加勢に来た島民にまで見捨てられるのだからね)
だがしかし、読みは外れる。
「バカ言ってんじゃないよ!!」
島の女たちは弱くとも、脆くはなかった。
乙姫を囲って、即席の武器を強く握りしめる。
「どうして乙姫ちゃんを置いて逃げるんだい!」
「そうよ! 私たちはこの子を守るためにここに戦いに来たんだから!」
浦島は呆けるどころか、
「……は?」
面を食らってしまう。
「君たち、本気かい? そいつを庇うために?」
「そうよ!」
浦島は逡巡した後に、掌にこぶしを打ち付ける。
「あー、そいつを命を賭けるに値する竜宮家の娘だと勘違いしてるのか? やめとけやめとけ。そいつは刀を見ただけで震えて動けなくなる腑抜けだ。戦えないもんだから身体を差し出そうとした阿婆擦れだぞ」
容赦のない事実の開示。
(さあ、どうだ、今度こそ見限って──)
島の女の答えは意外なものだった。
「それがどうしてっていうのさ! こんな若い女の子だ、それくらい一度は考えて当然さ!」
「そうさせないためにも私たちはここにいるんだよ! ちょっと遅れそうになったけどね!!」
「それにね、竜宮家がどうの関係ないのよ! 乙姫ちゃんが乙姫ちゃんだから私たちは戦うのさ!」
「血はつながってないけど娘みたいなもんさ! 娘だけを戦わせる母がどこにいるってんだ!」
浦島は手のひらで顔を覆う。
「……わからない」
そのまま手のひらで顔面を何度もこすりつける。
「……わからない……わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない、わからない!!!」
まるで理解できなかった。
「お前ら、知能は皆無なのか!? 頭の中、ヒトデに食われちまったのか!? わかるように嚙み砕いて話さなくちゃわからないか!? ちょっとでもこの島の在り方がおかしいと考えなかったか!? 乙姫という存在が疎ましく、理不尽、不平等と一度でも、思わなかったのか!? ならばわかるはずだ! そいつがどれだけ卑しいか!」
島の女は即答する。
「わかってないのはあんたのほうさ! こんな良い子、島の中、いいや海の向こうにだっていやしないよ!」
「この子はいつだって私たち島民のことを最優先に考えてきた! そりゃ若いし抜けていると感じることがあるけどね、嫌いになるなんてことはありえないんだよ!」
「あんたは私たちよりも乙姫様の側にいて気づいてあげられなかったの!? 竜宮家としての苦悩に葛藤に焦りにその他もろもろに!」
「つらいときもくるしいときも、乙姫ちゃんは私を守ってくれた! 今度は私たちが守る番だよ!」
浦島はクラゲに刺されたような全身の痒みに苛まれる。
「信仰とはここまで人を妄信させ堕落させるのか……まるで話が通じない……こうなったら現実を見せてやるしかないな……」
顔を覆っていた手を下すと、
「お前たち、やれ。相手は素人だ。簡単な仕事だろ」
冷たい瞳が覗かせる。
「小娘よりも人妻のが好みなんだけどねー、大将の命とありゃ従うしかありませんなー」
賊たちはさらに歩を進める。
「いいかい、あんたたち! なにがなんでも乙姫様だけは守るよ!」
「言われなくても!」
島の女たちは引かず怯まず、額に汗をにじます。
そんな彼女たちに水を差す一言。
「いい、お前たち。戦わなくてもいい」
彼女たちに囲まれ、守られていた乙姫の言葉だった。
「いいのよ、乙姫ちゃん! 遠慮しなくたって! いつも子供たちの面倒を見てもらってるんだから!」
「姫様! 私にもしものことがあったら息子のこと頼みますよ!」
「私の代わりに旦那をこき使ってもらって構わないからね!」
死地へと赴くような女の言葉を乙姫は認めない。
「いい、いいのだ、お前たち」
乙姫は立ち上がり、女たちを押しのけて前へと出る。
「乙姫ちゃん!? だめよ、危ないから!」
乙姫は止まらない。
「あとは任せてくれ」
落ちていた網から切れた海水と砂交じりの紐を拾い、後ろ髪を束ねる。
「私が戦う」
乙姫の心は大海のようにさまざまな感情が渦巻いていた。
迷いは消えず答えも見つからない。
それでも彼女は戦うことを選んだ。
竜之助は血反吐を飛ばしながら叫ぶ。
「俺は戦ったぞ、この島の人間ではないのにだ! 何人もむごたらしく殺した! なのにお前ときたらなんだその体たらくは!! ずっと砂遊びでもしているのか!!?」
背中に自分の血と人の血を背負いながら、今も手と膝に砂利を着けたままの乙姫に活を飛ばす。
「なんで戦わねえ! 死ぬのが怖いか! 心配はいらねえ、戦えばお前が一番強い! 俺が保証する! それとも人を殺すのが怖いのか!? それも心配いらねえ! 俺は何人も殺してきたが一度も化けて出てきたことはねえ!」
ぶつけるのは怒りだけじゃない。
「戦ってくれ……この島を……守ってくれ……」
願い。
無駄死にしたくないのではない。
ついに見つけた死に場所を失いたくないからだ。
「誰もが愛する……この島……を……」
その言葉を最後に意識が朦朧とし舌が回らなくなる。
目は開いているが瞳は動かず光があるかないかもわからない。
「はーっはっはー! はーっははは! 気色の悪い言葉を吐いてくたばりやがった!」
高笑いするは浦島。
「もはや聞こえぬだろうが教えてやる! 乙姫は戦わないのではない、戦えないのだ! もはや見えていないだろうがとくと見ておけ!」
刃を乙姫に向ける。
「ほら、この刀がよく見えますか、お姫様?」
「浦島、貴様というやつは……!」
乙姫に異変が現れる。動いてもいないのに汗をかき、呼吸が乱れ、肩を上下させる。表情も次第に病人のようにやつれていく。
「こんな時だというのに私は……!」
波にもまれたようにくらくらと眩暈がする。
かろうじて意識を保ち、嘲笑う浦島を睨む。その目もまるで定まっていない。
「ははは! 振っても投げても届かないほど離れているのにどうしてそんなに怯えられるんだ!? ほら、お前たちも笑えよ」
手下の賊にも笑うように促し、元主を笑いものにする。
「これが竜宮家当主代理の真の姿さ。稽古の時からこうだった。ばあやも甚平もこの事実を知っていたが島民には一切明かすことはなかった。バレるのが怖かったんだろうね。いざというときは島のみんなを身を挺して守ると偉そうに語っておきながらこのざまだよ。甚平も肝心な場面で読み違えたな。この島を狙う海坊主はいないとたかをくくったのだろう。でもおかげで最高の結果になった。信仰していた龍神様にまんまと裏切られたのだから。これぞ皮肉ってやつじゃないか! くきゃきゃきゃ!!」
事件が起きてもどこ吹く風と済ましていた中性的な美顔が邪悪に歪む。
「……浦島、どうしてこんなことを……」
乙姫がそう問いかけると浦島は直角に首を傾げる。
「はあ~~~~~~? そんなのおおかた想像はつくでしょう?」
「……」
何も言い返せず黙り込んでしまう。
「でも、まあ、お情けで教えてあげましょう。この島が嫌いで、竜宮家が憎いからですよ。でもこれは僕だけに限った特別な感情ではないでしょう。みんな、この島が嫌いで、竜宮家が憎いんですから」
その言葉に乙姫はびくんと体を跳ねらせる。
「おやぁ……?」
浦島は反応を見逃さなかった。
「ははは、そうか、お姫様が今まで頑張ってきた理由ですもんね。島のために、でしたもんね。くだらない、実にくだらない。誠実に生きて何か変わるのか。誠実を貫いたとしても死は努力を嘲笑うように命を奪っていく。なのに君たち竜宮家は誠実、奉仕、忍耐を押し付ける。肝心な時に守れないくせに、だ。僕はそういうところが憎くて憎くて仕方がないんだ。あっさりと海向こうの男に泣きついた時もそりゃもう情けなくて腹立たしかったものさ」
「すでに裏切りを心を決めていたのにか……」
「僕自身に腹立ったのさ。こんなやつらに頭を下げていたのかってね。その点ではあの男は同情しなくもないね」
浦島はちらりと打ち上げられた貝のように寡黙な男を見る。
「あいつも、最期は誠実を守ってあのざまだ。彼も君にそそのかされて落とさなくてもいい命を落としてしまったね」
「違う、竜之助は、遠ざけて」
咄嗟に否定。
「結果は同じさ。お前がどれだけ胸を張って生きようとそれはごっこに過ぎない。付き合わされる者の気持ちを少しでも汲んだことがあるかい。どれだけ尊い理想を掲げようとそれを実際に実行するのは結局は下の人間じゃないか」
「それは……そうだが……」
抗えずに肯定。
さよりを思い出す。助けるつもりで島に残し生活する選択肢を与えた。だが返って苦痛の人生を強いたのではないか。孤独にもかかわらず価値があやふやな平等のために贔屓は禁じられた。最期も無常を感じずにはいられない。それならば一思いに家族と呼べる人たちとともに海に眠ったほうが楽だったのではないか。
さよりは誠実の犠牲者たる人物だった。
(さより……お前は、私のせいで……)
乙姫の手には砂を握る力すら残っていなかった。
「……ふん、案外あっけなかったな」
浦島は完全に戦意が喪失した乙姫を見下ろす。
「おい、お前ら、あとは好きにしていいぞ」
興が削がれるとずっと狙っていた獲物の処遇をあっさりと手下に手渡す。
そのうちの一人が、
「あのぉ……よろしいのですか」
「何がだ」
「お宝は……じぶん一攫千金につられてきたものでして」
「あれは完全な腑抜けだ。問いかけても何一つ答えないだろう。それでも穴はある。男はそれで充分だろう」
「んーまー、そすね。引き留めてすいやせんでした」
男たちはそろりそろりとギンギンにさせながら乙姫に近づいていく。
その時、やってくる。
「姫様ー! 姫様ー!」
村の方向からそれはやってくる。
「遅れて申し訳ありません! 加勢に参りましたー!」
それはまごうごとなき加勢。
だがしかし、
「ぷっ」
思わず浦島は吹き出してしまう。
「なんとも頼りない加勢だ」
ほとんどが女で構成された加勢。しめて十人。
持ち合わせの武器は上等なもので漁に使う櫂に縄で包丁をくくりつけた即席の槍。あとは包丁をそのまま持ってきた者も。
大局を覆すにはあまりに弱い。
海賊たちに武器も数も経験も、何一つ勝る点はなかった。
「姫様、お怪我はありませんか!」
「我々が来たからにはもう大丈夫です!」
やんややんやと騒ぎながら乙姫を囲む。
「羨ましい連中だ……まだその女を姫と呼ぶか」
浦島は心底侮蔑した瞳を向けた。
「浦島様、姫様の危機に何を呆けているのですか!?」
加勢に加わった一人が浦島を叱る。
「呆けている? はてさて、それはどっちかな?」
浦島の飄々とした態度、海賊たちの笑いで全員が状況を理解する。
「なるほど……つまり、そういうことなんだね……」
予想よりも危機的状況に緊張が走る。
「怪我したくなかったらそこの腑抜けを置いて立ち去るといい。特別に見逃してあげるよ」
浦島は笑いを我慢する。
(ははは、乙姫も哀れな女だ。加勢に来た島民にまで見捨てられるのだからね)
だがしかし、読みは外れる。
「バカ言ってんじゃないよ!!」
島の女たちは弱くとも、脆くはなかった。
乙姫を囲って、即席の武器を強く握りしめる。
「どうして乙姫ちゃんを置いて逃げるんだい!」
「そうよ! 私たちはこの子を守るためにここに戦いに来たんだから!」
浦島は呆けるどころか、
「……は?」
面を食らってしまう。
「君たち、本気かい? そいつを庇うために?」
「そうよ!」
浦島は逡巡した後に、掌にこぶしを打ち付ける。
「あー、そいつを命を賭けるに値する竜宮家の娘だと勘違いしてるのか? やめとけやめとけ。そいつは刀を見ただけで震えて動けなくなる腑抜けだ。戦えないもんだから身体を差し出そうとした阿婆擦れだぞ」
容赦のない事実の開示。
(さあ、どうだ、今度こそ見限って──)
島の女の答えは意外なものだった。
「それがどうしてっていうのさ! こんな若い女の子だ、それくらい一度は考えて当然さ!」
「そうさせないためにも私たちはここにいるんだよ! ちょっと遅れそうになったけどね!!」
「それにね、竜宮家がどうの関係ないのよ! 乙姫ちゃんが乙姫ちゃんだから私たちは戦うのさ!」
「血はつながってないけど娘みたいなもんさ! 娘だけを戦わせる母がどこにいるってんだ!」
浦島は手のひらで顔を覆う。
「……わからない」
そのまま手のひらで顔面を何度もこすりつける。
「……わからない……わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない、わからない!!!」
まるで理解できなかった。
「お前ら、知能は皆無なのか!? 頭の中、ヒトデに食われちまったのか!? わかるように嚙み砕いて話さなくちゃわからないか!? ちょっとでもこの島の在り方がおかしいと考えなかったか!? 乙姫という存在が疎ましく、理不尽、不平等と一度でも、思わなかったのか!? ならばわかるはずだ! そいつがどれだけ卑しいか!」
島の女は即答する。
「わかってないのはあんたのほうさ! こんな良い子、島の中、いいや海の向こうにだっていやしないよ!」
「この子はいつだって私たち島民のことを最優先に考えてきた! そりゃ若いし抜けていると感じることがあるけどね、嫌いになるなんてことはありえないんだよ!」
「あんたは私たちよりも乙姫様の側にいて気づいてあげられなかったの!? 竜宮家としての苦悩に葛藤に焦りにその他もろもろに!」
「つらいときもくるしいときも、乙姫ちゃんは私を守ってくれた! 今度は私たちが守る番だよ!」
浦島はクラゲに刺されたような全身の痒みに苛まれる。
「信仰とはここまで人を妄信させ堕落させるのか……まるで話が通じない……こうなったら現実を見せてやるしかないな……」
顔を覆っていた手を下すと、
「お前たち、やれ。相手は素人だ。簡単な仕事だろ」
冷たい瞳が覗かせる。
「小娘よりも人妻のが好みなんだけどねー、大将の命とありゃ従うしかありませんなー」
賊たちはさらに歩を進める。
「いいかい、あんたたち! なにがなんでも乙姫様だけは守るよ!」
「言われなくても!」
島の女たちは引かず怯まず、額に汗をにじます。
そんな彼女たちに水を差す一言。
「いい、お前たち。戦わなくてもいい」
彼女たちに囲まれ、守られていた乙姫の言葉だった。
「いいのよ、乙姫ちゃん! 遠慮しなくたって! いつも子供たちの面倒を見てもらってるんだから!」
「姫様! 私にもしものことがあったら息子のこと頼みますよ!」
「私の代わりに旦那をこき使ってもらって構わないからね!」
死地へと赴くような女の言葉を乙姫は認めない。
「いい、いいのだ、お前たち」
乙姫は立ち上がり、女たちを押しのけて前へと出る。
「乙姫ちゃん!? だめよ、危ないから!」
乙姫は止まらない。
「あとは任せてくれ」
落ちていた網から切れた海水と砂交じりの紐を拾い、後ろ髪を束ねる。
「私が戦う」
乙姫の心は大海のようにさまざまな感情が渦巻いていた。
迷いは消えず答えも見つからない。
それでも彼女は戦うことを選んだ。
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