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竜宮家の御役目 七

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「邪魔するぜー!」

 サンマは頭を下げずに門をくぐる。後ろにいた家来たちは戸惑いながらもおずおずと門をくぐる。

「いったいぜんたい何の騒ぎだい……サンマ!? どうしてここに!?」

 ばあやは来訪者を敵として認識し、拳を構える。

「やべえ、ばあやだ! いきなり出くわしちまった!」

 そして拳法を繰り出されるかと思いきや、

「おっと、ばあや。こいつが見えねえかな」

 通行手形と言わんばかりに捕らえた乙姫を見せつけるとばあやの動きはぴたりと止まる。

「大事な大事な竜宮家の跡取り様だぞ。殴りかかってきて怪我でもしたらどうする」
「貴様……堕ちるところまで堕ちたな……!」
「大人しく縄につきな。命だけは助けてやるぜ」
「年寄りだと侮りよって! 外道の悪漢に屈すると思ったか!」

 拳を握りなおすばあや。

「そうかい、そうかい、まだわかってないようだな」

 サンマは刀を抜き、乙姫の顔に近づける。

「……俺は本気だぞ?」

 乙姫の鼻先を刀が通る。

「んんんん!」
 
 涙を浮かべ、くぐもった悲鳴を上げる。
 幼いながらに刀の恐ろしさを知っている。いかに刀が恐ろしいものか、当主直々に叩き込まれている。

「姫様……!」
「かわいいかわいい孫みたいなもんだろ? お休みの時間だぜ、ばあさん」
「……申し訳ございません……乙姫様……甲姫様、甚平様……許しは乞いませぬ……」

 ばあやはその場で正座する。

「よし、縛れ。何重にもだ。年寄だと思うな、これでも仙術使いだ」

 家来たちは鯨でも縛るように幾重にも縄を巻いた。

「これで一つの障害は排除した……残すは本命ただ一人。ふふふ、大事な一人娘を人質に取られたと知ったら、亀の甲羅のように顔が動かんあやつも蟹のように泡を吹いて倒れるかもな」

 サンマは微笑む。

「一度は暗く寒い海底まで沈んだが……光り輝く水面が見えてきたぞ……」
「……はあ」

 悦に浸っていると水を差すような大きなため息。

「誰だ、この肝心な場面、人生の最高潮に似つかわしくないため息をしたのは」

 サンマは家来たちを一人一人睨む。

「俺たちじゃありませんよ、ばあやですよ、ばあや」

 家来の一人が縄に巻かれたばあやを指さした。

「……お前は何もわかっていない。何一つ、何一つだ……」
「この俺が何をわかってないんだ? ご教授お願いできますか、敵前逃亡したばあさん?」
「言ったところでわからんさ。ウニよりも中身の詰まってないお前の頭じゃね」
「ふんふん、なるほどなるほど……」

 サンマは縛られたばあやの肩に足を置くと、

「俺が保証するのは命だけだぜ」

 力強く足を突き出し、ばあやの身体を地面に叩きつけた。

「っはっはっは! ちょっと押しただけで転んじまったぜ! はーっはっは! はーっはっはっはっは!」

 笑い飛ばしたと思うと家来たちをひと睨み。

「どうした、お前ら。ここは笑う場面だぞ」

 あまりの暴虐ぶりに家来たちは言葉を失いかけていたがサンマに睨まれると、

「は、ははは……」
「あは、ははは……」

 引きつった笑みを浮かべた。

「よし、お前とお前とお前、甚平を探してこい。奴は屋敷のどこかにいるはずだ」

 指名された一人が涙目になる。

「えー、俺が行くんすか! 見つかったら逆に殺されてしまいますよ!」
「馬鹿野郎! 別に戦えなんて一言も言ってないだろうが! 城内を探し回って見つけたらすぐに俺の元へ来い。それだけの話だ」
「ううう、怖い……怖いよぉ……」

 こうして捜索が始まる。
 甚平はすぐに発見された。
 彼は数刻前にもいた、屋外の稽古場で見つかった。
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