竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

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竜宮家の御役目 四

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 乙姫が手持無沙汰していると城門をくぐり外に出ていくさよりを見かけた。

「あそぼー!」

 そう呼びかけるもさよりは気づかない。耳は遠くなっているし、それどころではなかった。

「いそがしいのかな……そうだ、ついていこっと」

 遊び足りない乙姫はこっそりとさよりについていった。
 とぐろをまくような山道を下り、分岐に差し掛かる。

「あれ……? おうちとちがうみち……?」

 さよりは別の道を進む。間を置いてから乙姫も分岐に立つ。
 乙姫は別の道があるのは知っていたがその先に何があるのかは知らない、考えたこともなかった。
 薄気味悪い、できれば近寄りたくない場所だった。

「……どうしよう……」

 少女は知らない。ここが道の分岐であり、運命の分岐でもあると言うことに。

「……ううん、しゅぎょうも積んでるしこわくないよね……」

 さよりについていく乙姫。
 意を決して、意に介さず彼女は波乱の道を選んでしまう。


 初めて通る、歩き慣れない道。
 いつしか目印のさよりを見失い、道らしい道を歩く他ならなくなる。
 引き返すなどせずにそのまま突き進んでしまう。
 幸い一本道で乙姫はついに発見する。

「ほらあな……?」

 不気味な洞穴。
 興味本位で近づいてみると、

「今すぐここから出せー!!!」

 激しい男の怒声。

「ひぃ」

 聞き慣れない、触れ慣れていない怒りの感情に乙姫は思わず物陰に隠れてしまう。
 乙姫は怒られ慣れていない。子供であるため、怒られたことはあるがせいぜい包丁を持っているばあやに抱き着いた時や、刀に触れようとした時のみ。

「さより!! 見てないで俺を助けろ!!」

 二言目でようやく声の主がサンマだとわかる。彼は激昂し声を裏返しながらも叫ぶ。
 かすかにさよりの声も聞こえてくる。

「サンマ様。このような場面ではお労しや、と言うべきなのでしょうが、さよりはとてもじゃありませんが言えません。あなたは仕える主に刃を向けようとしたのです。その場で切り捨てられてもおかしくありません。なのに今もこうして生き長らえているのは甚平様の海のように広い心があってこそなのです」
「……さより。貴様は俺の家来だろうが。寝返ったか!」
「さよりはあなたのお父様の代から鶴野に仕える女中でございます。これも主を思っての行動です。どうかしばらくここで自身を見つめ直してください。それと腹が空いては気が立つでしょう。おにぎりも置いていきます。これも竜宮家からのお恵みでございます。鶴野家の台所事情を話し、米をせがんだところ、その場で焚いてもらい握ってもらったものです。誰が食べるかは聞きませんでしたが竜宮家の皆様は察しがついていることでしょう」
「……ふん。年寄の長話に付き合ってられない。早々に去るんだな」

 乙姫は声が途切れた後もしばらく物陰に隠れていた。
 声が聞こえなくなってから洞窟の中に入っていく。まださよりが中にいると思ったからだ。だがさよりはとっくに出ていった後。
 残っていたのは牢屋の中で涙を流しながらおにぎりにがっつくサンマだけだった。

「……どうして泣いているの?」

 子供ながらにあまりに惨めな姿に映った乙姫はそう話しかける。

「お、乙姫様!?」

 サンマは慌てて涙をぬぐい、残りのおにぎりを喉の中に詰め込んだ。

「う、う、げほっげほ! ど、どうしてここに?」
「さよりについてきた」
「さよりがここに連れてくるわけねえから、勝手についてきたんだな……」
「うん、そう」
「もうここにさよりはいねえ。それとここは子供の来るところじゃねえ! とっとと去りな!」
「でもサンマがひとりぼっちでかわいそう……」
「くっ、子供まで俺を惨めにさせるのか……」

 拭き取った涙がまた流れてくる。
 見かねた乙姫は言ってしまう。

「ねえ、サンマ。おとひめにできることはある?」

 微笑ましい少女の優しさ。

 しかし、サンマには悪魔の囁きに聞こえた。

「……そうだ、乙姫様を使えば、あるいは……さよりもなかなかどうして良い仕事をしてくれるじゃないか……ふっふっふ」

 ぶつぶつと呟く。

「何か言った?」
「おっと独り言だ。気にしないでくれ。そうだ、乙姫様、お願いがあるんだ。俺をここから出してほしいんだ。ここは暗くて寂しい場所だろう? 早く出たいんだ。出たらさ、お父様にも謝りに行こうと思うんだ。手伝ってくれるか?」
「うん、わかった」

 乙姫は檻を掴むと引っ張った。

「……開かないや」
「そりゃ開かないだろうね……乙姫様にやってもらいたいことがあるんだ。鍵を持ってきてほしい。たぶんさよりが持っていると思う。いつもの隠し場所では誰かに取られてしまう。ならば常に持ち歩いているはずだ」
「うん、わかった! さよりに言ってくる!」
「ちょいちょい待ったー! 直接話しても渡してくれるわけないだろう!」
「え、じゃあ、どうするの?」
「そりゃあ袖に手を突っ込んでだな」
「それって……ドロボーだよね?」
「……チガウヨ?」
「ドロボーだめ! ドロボーしないで、さよりとお話する!」
「やだよ~~~このままだとずっと牢屋の中だよ~~~~」

 サンマはとっさに大泣きを始める。無論嘘泣き。
 しかし乙姫には効果が絶大で、だんだんと可哀そうになり、罪悪感も忘れてしまう。

「……あとでドロボーしたこと、いっしょにごめんしてくれる?」
「うんうん、ごめんするよ」
「……わかった。でもだめだったらさよりとお話するからね」
「……刑はさらに重くなるかもしれんがやむを得ないか……」
「なんかいった?」
「なーんも言ってない」
「まっててね、すぐだしてあげるから」

 乙姫は牢屋を後にしてさよりのもとへと向かった。
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