73 / 99
竜宮家の御役目 四
しおりを挟む
乙姫が手持無沙汰していると城門をくぐり外に出ていくさよりを見かけた。
「あそぼー!」
そう呼びかけるもさよりは気づかない。耳は遠くなっているし、それどころではなかった。
「いそがしいのかな……そうだ、ついていこっと」
遊び足りない乙姫はこっそりとさよりについていった。
とぐろをまくような山道を下り、分岐に差し掛かる。
「あれ……? おうちとちがうみち……?」
さよりは別の道を進む。間を置いてから乙姫も分岐に立つ。
乙姫は別の道があるのは知っていたがその先に何があるのかは知らない、考えたこともなかった。
薄気味悪い、できれば近寄りたくない場所だった。
「……どうしよう……」
少女は知らない。ここが道の分岐であり、運命の分岐でもあると言うことに。
「……ううん、しゅぎょうも積んでるしこわくないよね……」
さよりについていく乙姫。
意を決して、意に介さず彼女は波乱の道を選んでしまう。
初めて通る、歩き慣れない道。
いつしか目印のさよりを見失い、道らしい道を歩く他ならなくなる。
引き返すなどせずにそのまま突き進んでしまう。
幸い一本道で乙姫はついに発見する。
「ほらあな……?」
不気味な洞穴。
興味本位で近づいてみると、
「今すぐここから出せー!!!」
激しい男の怒声。
「ひぃ」
聞き慣れない、触れ慣れていない怒りの感情に乙姫は思わず物陰に隠れてしまう。
乙姫は怒られ慣れていない。子供であるため、怒られたことはあるがせいぜい包丁を持っているばあやに抱き着いた時や、刀に触れようとした時のみ。
「さより!! 見てないで俺を助けろ!!」
二言目でようやく声の主がサンマだとわかる。彼は激昂し声を裏返しながらも叫ぶ。
かすかにさよりの声も聞こえてくる。
「サンマ様。このような場面ではお労しや、と言うべきなのでしょうが、さよりはとてもじゃありませんが言えません。あなたは仕える主に刃を向けようとしたのです。その場で切り捨てられてもおかしくありません。なのに今もこうして生き長らえているのは甚平様の海のように広い心があってこそなのです」
「……さより。貴様は俺の家来だろうが。寝返ったか!」
「さよりはあなたのお父様の代から鶴野に仕える女中でございます。これも主を思っての行動です。どうかしばらくここで自身を見つめ直してください。それと腹が空いては気が立つでしょう。おにぎりも置いていきます。これも竜宮家からのお恵みでございます。鶴野家の台所事情を話し、米をせがんだところ、その場で焚いてもらい握ってもらったものです。誰が食べるかは聞きませんでしたが竜宮家の皆様は察しがついていることでしょう」
「……ふん。年寄の長話に付き合ってられない。早々に去るんだな」
乙姫は声が途切れた後もしばらく物陰に隠れていた。
声が聞こえなくなってから洞窟の中に入っていく。まださよりが中にいると思ったからだ。だがさよりはとっくに出ていった後。
残っていたのは牢屋の中で涙を流しながらおにぎりにがっつくサンマだけだった。
「……どうして泣いているの?」
子供ながらにあまりに惨めな姿に映った乙姫はそう話しかける。
「お、乙姫様!?」
サンマは慌てて涙をぬぐい、残りのおにぎりを喉の中に詰め込んだ。
「う、う、げほっげほ! ど、どうしてここに?」
「さよりについてきた」
「さよりがここに連れてくるわけねえから、勝手についてきたんだな……」
「うん、そう」
「もうここにさよりはいねえ。それとここは子供の来るところじゃねえ! とっとと去りな!」
「でもサンマがひとりぼっちでかわいそう……」
「くっ、子供まで俺を惨めにさせるのか……」
拭き取った涙がまた流れてくる。
見かねた乙姫は言ってしまう。
「ねえ、サンマ。おとひめにできることはある?」
微笑ましい少女の優しさ。
しかし、サンマには悪魔の囁きに聞こえた。
「……そうだ、乙姫様を使えば、あるいは……さよりもなかなかどうして良い仕事をしてくれるじゃないか……ふっふっふ」
ぶつぶつと呟く。
「何か言った?」
「おっと独り言だ。気にしないでくれ。そうだ、乙姫様、お願いがあるんだ。俺をここから出してほしいんだ。ここは暗くて寂しい場所だろう? 早く出たいんだ。出たらさ、お父様にも謝りに行こうと思うんだ。手伝ってくれるか?」
「うん、わかった」
乙姫は檻を掴むと引っ張った。
「……開かないや」
「そりゃ開かないだろうね……乙姫様にやってもらいたいことがあるんだ。鍵を持ってきてほしい。たぶんさよりが持っていると思う。いつもの隠し場所では誰かに取られてしまう。ならば常に持ち歩いているはずだ」
「うん、わかった! さよりに言ってくる!」
「ちょいちょい待ったー! 直接話しても渡してくれるわけないだろう!」
「え、じゃあ、どうするの?」
「そりゃあ袖に手を突っ込んでだな」
「それって……ドロボーだよね?」
「……チガウヨ?」
「ドロボーだめ! ドロボーしないで、さよりとお話する!」
「やだよ~~~このままだとずっと牢屋の中だよ~~~~」
サンマはとっさに大泣きを始める。無論嘘泣き。
しかし乙姫には効果が絶大で、だんだんと可哀そうになり、罪悪感も忘れてしまう。
「……あとでドロボーしたこと、いっしょにごめんしてくれる?」
「うんうん、ごめんするよ」
「……わかった。でもだめだったらさよりとお話するからね」
「……刑はさらに重くなるかもしれんがやむを得ないか……」
「なんかいった?」
「なーんも言ってない」
「まっててね、すぐだしてあげるから」
乙姫は牢屋を後にしてさよりのもとへと向かった。
「あそぼー!」
そう呼びかけるもさよりは気づかない。耳は遠くなっているし、それどころではなかった。
「いそがしいのかな……そうだ、ついていこっと」
遊び足りない乙姫はこっそりとさよりについていった。
とぐろをまくような山道を下り、分岐に差し掛かる。
「あれ……? おうちとちがうみち……?」
さよりは別の道を進む。間を置いてから乙姫も分岐に立つ。
乙姫は別の道があるのは知っていたがその先に何があるのかは知らない、考えたこともなかった。
薄気味悪い、できれば近寄りたくない場所だった。
「……どうしよう……」
少女は知らない。ここが道の分岐であり、運命の分岐でもあると言うことに。
「……ううん、しゅぎょうも積んでるしこわくないよね……」
さよりについていく乙姫。
意を決して、意に介さず彼女は波乱の道を選んでしまう。
初めて通る、歩き慣れない道。
いつしか目印のさよりを見失い、道らしい道を歩く他ならなくなる。
引き返すなどせずにそのまま突き進んでしまう。
幸い一本道で乙姫はついに発見する。
「ほらあな……?」
不気味な洞穴。
興味本位で近づいてみると、
「今すぐここから出せー!!!」
激しい男の怒声。
「ひぃ」
聞き慣れない、触れ慣れていない怒りの感情に乙姫は思わず物陰に隠れてしまう。
乙姫は怒られ慣れていない。子供であるため、怒られたことはあるがせいぜい包丁を持っているばあやに抱き着いた時や、刀に触れようとした時のみ。
「さより!! 見てないで俺を助けろ!!」
二言目でようやく声の主がサンマだとわかる。彼は激昂し声を裏返しながらも叫ぶ。
かすかにさよりの声も聞こえてくる。
「サンマ様。このような場面ではお労しや、と言うべきなのでしょうが、さよりはとてもじゃありませんが言えません。あなたは仕える主に刃を向けようとしたのです。その場で切り捨てられてもおかしくありません。なのに今もこうして生き長らえているのは甚平様の海のように広い心があってこそなのです」
「……さより。貴様は俺の家来だろうが。寝返ったか!」
「さよりはあなたのお父様の代から鶴野に仕える女中でございます。これも主を思っての行動です。どうかしばらくここで自身を見つめ直してください。それと腹が空いては気が立つでしょう。おにぎりも置いていきます。これも竜宮家からのお恵みでございます。鶴野家の台所事情を話し、米をせがんだところ、その場で焚いてもらい握ってもらったものです。誰が食べるかは聞きませんでしたが竜宮家の皆様は察しがついていることでしょう」
「……ふん。年寄の長話に付き合ってられない。早々に去るんだな」
乙姫は声が途切れた後もしばらく物陰に隠れていた。
声が聞こえなくなってから洞窟の中に入っていく。まださよりが中にいると思ったからだ。だがさよりはとっくに出ていった後。
残っていたのは牢屋の中で涙を流しながらおにぎりにがっつくサンマだけだった。
「……どうして泣いているの?」
子供ながらにあまりに惨めな姿に映った乙姫はそう話しかける。
「お、乙姫様!?」
サンマは慌てて涙をぬぐい、残りのおにぎりを喉の中に詰め込んだ。
「う、う、げほっげほ! ど、どうしてここに?」
「さよりについてきた」
「さよりがここに連れてくるわけねえから、勝手についてきたんだな……」
「うん、そう」
「もうここにさよりはいねえ。それとここは子供の来るところじゃねえ! とっとと去りな!」
「でもサンマがひとりぼっちでかわいそう……」
「くっ、子供まで俺を惨めにさせるのか……」
拭き取った涙がまた流れてくる。
見かねた乙姫は言ってしまう。
「ねえ、サンマ。おとひめにできることはある?」
微笑ましい少女の優しさ。
しかし、サンマには悪魔の囁きに聞こえた。
「……そうだ、乙姫様を使えば、あるいは……さよりもなかなかどうして良い仕事をしてくれるじゃないか……ふっふっふ」
ぶつぶつと呟く。
「何か言った?」
「おっと独り言だ。気にしないでくれ。そうだ、乙姫様、お願いがあるんだ。俺をここから出してほしいんだ。ここは暗くて寂しい場所だろう? 早く出たいんだ。出たらさ、お父様にも謝りに行こうと思うんだ。手伝ってくれるか?」
「うん、わかった」
乙姫は檻を掴むと引っ張った。
「……開かないや」
「そりゃ開かないだろうね……乙姫様にやってもらいたいことがあるんだ。鍵を持ってきてほしい。たぶんさよりが持っていると思う。いつもの隠し場所では誰かに取られてしまう。ならば常に持ち歩いているはずだ」
「うん、わかった! さよりに言ってくる!」
「ちょいちょい待ったー! 直接話しても渡してくれるわけないだろう!」
「え、じゃあ、どうするの?」
「そりゃあ袖に手を突っ込んでだな」
「それって……ドロボーだよね?」
「……チガウヨ?」
「ドロボーだめ! ドロボーしないで、さよりとお話する!」
「やだよ~~~このままだとずっと牢屋の中だよ~~~~」
サンマはとっさに大泣きを始める。無論嘘泣き。
しかし乙姫には効果が絶大で、だんだんと可哀そうになり、罪悪感も忘れてしまう。
「……あとでドロボーしたこと、いっしょにごめんしてくれる?」
「うんうん、ごめんするよ」
「……わかった。でもだめだったらさよりとお話するからね」
「……刑はさらに重くなるかもしれんがやむを得ないか……」
「なんかいった?」
「なーんも言ってない」
「まっててね、すぐだしてあげるから」
乙姫は牢屋を後にしてさよりのもとへと向かった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる