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さよりと竜之助
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竜之助は嫌がる足をなんとか前に進ませ早速発見した洞窟の前までやってきていた。人工的ではない自然と偶然によって生まれた洞窟。祀られているような神聖さはなく、島民すら知らぬような、見捨てられたような不気味さ、不吉を感じさせる。中から冷気が吹き込んでくる。汗ばむ首元を冷やす。
根拠はないが勘が囁く。
この中に誰かがいる。
それがさよりなのか、または見知らぬ誰なのかはわからない。
(行くしかねえか……)
明かりのない洞窟の中に意を決して飛び込む。武器も明かりすらもない丸腰のまま。
ひんやりと冷たい岩壁を頼りに伝っていく。
(頼むから一本道であってくれよ……このまま迷子になって孤独と寒さで死んでしまうのはごめんだぜ……)
不安は杞憂に終わる。
洞窟は見た目の印象よりも深くはない。すぐに奥が見えてきた。
光も見えてきた。
ゆらりゆらりと静かに揺れる火の明かり。
鉄球を外したおかげで足音を殺したまま接近できる。
灯されたろうそく、そして倒れた人。
エビのように丸まった背中。目を凝らすと白髪交じりの老婆だとわかる。
「ばあさん! さよりのばあさん!」
慌てて駆け寄るその時、
「うわあああああ!!」
暗闇の中から、真後ろから男の声。さよりの所持していたナタを両腕で振り上げていた。
「こんな時に邪魔してくれてんじゃねえ!」
竜之助は身を屈めながら素早く振り返る。
そしてナタを振り下ろされる前に男のみぞおちに肘打ちする。
「か、あ……!」
ナタが手から落ちる。
無力化したが竜之助は手を緩めない。
男の首を掴むと岩壁に押し付けた。
「おい、てめえ、なにもんだ」
「げほ、げほ……!」
男はみぞおちに肘打ちを受けた影響がまだ残っている。
しかし竜之助はお構いなしにあらっぽく、空いてた手で男の前髪を掴んで揺らす。
男はうすくらい洞窟の中でも竜之助の凶悪さに顔を引き攣らせる。
「……目が見えてるってことは島の人間じゃねえよな。怪我や病気でもなけりゃ禿げた年寄だって駆り出されてるんだ」
「ま、まて、話を聞け……」
顔つきは若い。成人済みの男に見えた。着た衣服は海辺に流れ着いた物を拾ったかのようにオンボロ。痩せてはいるが筋肉質だった。
自分が言うのもなんだが、ますます怪しい。
「話は後で聞く。お前を締めてから遅くはない」
首を絞める力を強めると男は苦しみながらも慌てて弁明する。
「待て待て待て! 俺は、この島の住民だ。戦場に行くのが怖くてずっと隠れていたんだよ!」
竜之助はわずかに力を緩める。
「証拠はあるのかよ?」
「証拠は後で見せる……それよりも話を聞けよ、俺の……」
男は息を整え、
「ふー……はー……」
「それで話ってのはなんだ」
「話かい、話ってそりゃ……」
ニヤッと笑う。
「そこのばあさん、放っておいたら死んじゃうよって話」
「なにっ」
竜之助は振り返る。
「う、うう……」
さよりは呻き声を上げて震えていた。
「隙有り」
目下で男の足が素早く動く。
竜之助は金的を警戒して脛で防御する。
「ぐうう!」
「あ、君強いね。手に負えないや。ずらかろずらかろ」
竜之助の実力を瞬時に見抜いた男は手を振り払うと早々に洞窟から退散する。
(あの動き、手練れに違いない。傭兵か、なにかか……)
分析を進めたかったが今はそれよりも優先すべきことがある。
「ばあさん、無事か! 悪いがちょっと体を動かすぞ」
「う、うう、あなたは……さっきの……」
「喋らなくていい! 自分の体の心配だけしてろ!」
さよりは腹に切り傷を負っていた。ボロ布のような包帯に血が滲む。滲み方から浅く、長い切り傷とわかった。決して揉み合いになってできるような傷ではない。
「……あの野郎の仕業だな……」
思わず殺気立つ。地獄の果まで追いかけて後悔させてやろうかと行動に移してしまいそうになる。
しかし今はそれよりも優先すべきことがある。
「ばあさん、ちょっと痛むぞ」
大量の汗をかき呼吸の荒いさよりを背負い、高温のろうそくを手に握る。
「う、ううう!」
「痛むか、すまねえ。でも我慢してくれ。すぐにあかめさんのところまで連れて行ってやる」
明かりを手にしたとはいえ、手練れの男がいつ襲いかかってくるかわからない。
慎重にそれでいて急いで洞窟から脱出する。
「待ってろよ、ばあさん。すぐだ、すぐに着く」
竜之介は焦る。耳元の老婆の呼吸に荒々しさが消え、静かになろうとしている。
「ばあさん、しゃきっとしな。怪我治ったらやることがいっぱいあるんだろ。屋敷を見てきたぜ。どこ見てもぴっかぴかでよ、驚いちまったぜ。でも床下が腐ってただろ、あれは直さなくちゃだろ」
声をかける。それで命が吹き込まれるわけでもないとわかっていながらもそうせずにはいられなかった。
「……ありがとうねぇ……竜之助殿……でもね、私は……あなたが思ってるよりも立派な……人間じゃないのよ……」
「返事してくれなくたっていいんだって! 話し相手欲しさに話しかけてたわけじゃあねえ!」
洞窟の出口、光が見えてきた。そう安心するのもつかの間、
「いっつっ!?」
足裏に激痛が走る。
暗くてわかりづらかったがマキビシが撒かれていた。
「来るときはなかったのに……! あの悪趣味な男の仕業か……!」
痛みに耐えながらも光に向かって進む。
竜之助は必死だった。受けた恩関係なしに背負う老婆を助けたかった。
いつの日か叶わなかった無念をここで果たそうとしていた。
「……無理しないでくれ…………私なんかのために……」
「だから喋るなっての! 年寄ってのはおしゃべりだな、ほんと! ちょっとは我慢しろ!」
こんな暗くて寒い、不気味な場所で人は死んではならない。
「竜之助殿…………お願いが…………あります……」
「お願いだぁ!? 聞いても叶えはしないぞ、俺は! 俺はあんたが思ってるよりも立派な人間じゃないからな!」
こうして懸命に人助けしてるように見えるが違う。結局は自分のため、心のために動いている。
「こう見えて何人も殺してきてるんだ、だから、だから……」
願いを囁き終わるとさよりの腕はだらんと力なく垂れる。
「……最後まで……人の話を聞かねえばあさんだ……」
枝の間から眩い光が降り注ぐ。
さよりは光を見上げることはなかった。
根拠はないが勘が囁く。
この中に誰かがいる。
それがさよりなのか、または見知らぬ誰なのかはわからない。
(行くしかねえか……)
明かりのない洞窟の中に意を決して飛び込む。武器も明かりすらもない丸腰のまま。
ひんやりと冷たい岩壁を頼りに伝っていく。
(頼むから一本道であってくれよ……このまま迷子になって孤独と寒さで死んでしまうのはごめんだぜ……)
不安は杞憂に終わる。
洞窟は見た目の印象よりも深くはない。すぐに奥が見えてきた。
光も見えてきた。
ゆらりゆらりと静かに揺れる火の明かり。
鉄球を外したおかげで足音を殺したまま接近できる。
灯されたろうそく、そして倒れた人。
エビのように丸まった背中。目を凝らすと白髪交じりの老婆だとわかる。
「ばあさん! さよりのばあさん!」
慌てて駆け寄るその時、
「うわあああああ!!」
暗闇の中から、真後ろから男の声。さよりの所持していたナタを両腕で振り上げていた。
「こんな時に邪魔してくれてんじゃねえ!」
竜之助は身を屈めながら素早く振り返る。
そしてナタを振り下ろされる前に男のみぞおちに肘打ちする。
「か、あ……!」
ナタが手から落ちる。
無力化したが竜之助は手を緩めない。
男の首を掴むと岩壁に押し付けた。
「おい、てめえ、なにもんだ」
「げほ、げほ……!」
男はみぞおちに肘打ちを受けた影響がまだ残っている。
しかし竜之助はお構いなしにあらっぽく、空いてた手で男の前髪を掴んで揺らす。
男はうすくらい洞窟の中でも竜之助の凶悪さに顔を引き攣らせる。
「……目が見えてるってことは島の人間じゃねえよな。怪我や病気でもなけりゃ禿げた年寄だって駆り出されてるんだ」
「ま、まて、話を聞け……」
顔つきは若い。成人済みの男に見えた。着た衣服は海辺に流れ着いた物を拾ったかのようにオンボロ。痩せてはいるが筋肉質だった。
自分が言うのもなんだが、ますます怪しい。
「話は後で聞く。お前を締めてから遅くはない」
首を絞める力を強めると男は苦しみながらも慌てて弁明する。
「待て待て待て! 俺は、この島の住民だ。戦場に行くのが怖くてずっと隠れていたんだよ!」
竜之助はわずかに力を緩める。
「証拠はあるのかよ?」
「証拠は後で見せる……それよりも話を聞けよ、俺の……」
男は息を整え、
「ふー……はー……」
「それで話ってのはなんだ」
「話かい、話ってそりゃ……」
ニヤッと笑う。
「そこのばあさん、放っておいたら死んじゃうよって話」
「なにっ」
竜之助は振り返る。
「う、うう……」
さよりは呻き声を上げて震えていた。
「隙有り」
目下で男の足が素早く動く。
竜之助は金的を警戒して脛で防御する。
「ぐうう!」
「あ、君強いね。手に負えないや。ずらかろずらかろ」
竜之助の実力を瞬時に見抜いた男は手を振り払うと早々に洞窟から退散する。
(あの動き、手練れに違いない。傭兵か、なにかか……)
分析を進めたかったが今はそれよりも優先すべきことがある。
「ばあさん、無事か! 悪いがちょっと体を動かすぞ」
「う、うう、あなたは……さっきの……」
「喋らなくていい! 自分の体の心配だけしてろ!」
さよりは腹に切り傷を負っていた。ボロ布のような包帯に血が滲む。滲み方から浅く、長い切り傷とわかった。決して揉み合いになってできるような傷ではない。
「……あの野郎の仕業だな……」
思わず殺気立つ。地獄の果まで追いかけて後悔させてやろうかと行動に移してしまいそうになる。
しかし今はそれよりも優先すべきことがある。
「ばあさん、ちょっと痛むぞ」
大量の汗をかき呼吸の荒いさよりを背負い、高温のろうそくを手に握る。
「う、ううう!」
「痛むか、すまねえ。でも我慢してくれ。すぐにあかめさんのところまで連れて行ってやる」
明かりを手にしたとはいえ、手練れの男がいつ襲いかかってくるかわからない。
慎重にそれでいて急いで洞窟から脱出する。
「待ってろよ、ばあさん。すぐだ、すぐに着く」
竜之介は焦る。耳元の老婆の呼吸に荒々しさが消え、静かになろうとしている。
「ばあさん、しゃきっとしな。怪我治ったらやることがいっぱいあるんだろ。屋敷を見てきたぜ。どこ見てもぴっかぴかでよ、驚いちまったぜ。でも床下が腐ってただろ、あれは直さなくちゃだろ」
声をかける。それで命が吹き込まれるわけでもないとわかっていながらもそうせずにはいられなかった。
「……ありがとうねぇ……竜之助殿……でもね、私は……あなたが思ってるよりも立派な……人間じゃないのよ……」
「返事してくれなくたっていいんだって! 話し相手欲しさに話しかけてたわけじゃあねえ!」
洞窟の出口、光が見えてきた。そう安心するのもつかの間、
「いっつっ!?」
足裏に激痛が走る。
暗くてわかりづらかったがマキビシが撒かれていた。
「来るときはなかったのに……! あの悪趣味な男の仕業か……!」
痛みに耐えながらも光に向かって進む。
竜之助は必死だった。受けた恩関係なしに背負う老婆を助けたかった。
いつの日か叶わなかった無念をここで果たそうとしていた。
「……無理しないでくれ…………私なんかのために……」
「だから喋るなっての! 年寄ってのはおしゃべりだな、ほんと! ちょっとは我慢しろ!」
こんな暗くて寒い、不気味な場所で人は死んではならない。
「竜之助殿…………お願いが…………あります……」
「お願いだぁ!? 聞いても叶えはしないぞ、俺は! 俺はあんたが思ってるよりも立派な人間じゃないからな!」
こうして懸命に人助けしてるように見えるが違う。結局は自分のため、心のために動いている。
「こう見えて何人も殺してきてるんだ、だから、だから……」
願いを囁き終わるとさよりの腕はだらんと力なく垂れる。
「……最後まで……人の話を聞かねえばあさんだ……」
枝の間から眩い光が降り注ぐ。
さよりは光を見上げることはなかった。
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