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新生活と詐欺と借金と

ピアニーの新たな人生

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「これはどういう状況か説明してもらおうか、アレグロ」
「……いやあ、どうも年を取ると説教くさくなってならねえ」

 説教と呼ぶにはあまりに悲惨。
 街の一角が浸水したかのように荒れ、屈強な男たちが水を吹き出しながら目を回している。
 水に流されたのか道のレンガがところどころ抜けている。
「ブキカでも街は街! 賠償金払うのはシュバルツカッツェ家だぞ!」
「仕方ねえだろ、主人を守るためだ」
「お前がいなくても自分の身くらい自分で守れる」
「女を守りながら戦えるか?」
「……それはまあ、なんとかする」
「万全の状態ならなんとかなるだろうさ。でも事の真っ最中に突入されたらどうする? 従者として主人をソーセージ丸出しで戦わせるわけにはいかないでしょう」
「だ、だれがソーセージだ! ズッキーニくらいあるわ!」
「はっはっは、誰が見ても嘘だと分かる嘘はおやめください。実際どうったんです、ピアニーさんよぉ」

 軽快な会話についていけず、ピアニーはぽかんとする。

「本当にアレグロさん……ですか?」
「おっとこっちと喋るのはこれが初めてか」
「あっちのいい感じに枯れたおじさまは!?」
「演技に決まってるじゃないの。でもこっちの俺もいかすだろ?」
「で、でも、紅茶淹れる仕草とかすごい様になってて」
「こいつ、執事として働き始めてまだ一年半だぞ」
「え、え、え~……」

 ピアニーの頭からそろそろ煙が吹きそうな勢い。

「それよりもだ、アレグロ。この状況の原因を説明しろ」
「おっと誤魔化せねえか……仕方ねえ。おい、そこのカーシャ嬢。隠れてねえで説明したらどうだ」
「ちっ……」

 建物の陰に隠れていたカーシャが姿を現す。

「……これは賠償金だよ!」

 そしてフォルテに向かって投擲。

「おっと」

 アレグロは瞬時に主人の前に水の盾を作って投擲物をキャッチする。

「これは……大金貨三枚?」
「それに加えてピアニー・ストーリーの所有権をあんたに無料(タダ)で譲渡してやるよ! これで満足かい?」
「おい、全然説明になってないぞ。勝手に話進めんじゃないよ」
「ぼっちゃまの言うとおりだぜ。ここは素直に謝ったほうが身のためだぜ、嬢ちゃん」
「……ちっ」

 カーシャはフォルテに対してもそうであるようにアレグロにも、それ以上の怒りを込めて睨みつける。

「おっと嬢ちゃん呼びは癇に障ったかな」
「……ブキカのガーゴイルともあろう者が貴族の犬に成り下がるだとぉ……!」
「あー、そっちの件か。怒るのは自由だがそもそも俺はブキカを守るために暴れていたわけじゃねえ。その名前も俺が名乗ったもんじゃなくて自分のために暴れまわってたら勝手についてきた通り名よ」
「では問おう。今のお前はブキカ、貴族。どっちの味方だ」
「なんだい、その質問。どう答えたってお前さん怒るに決まってるじゃないか」
「答えろ!」

 アレグロは頬を掻きながら軽い調子で答える。

「俺はいつだって強いもんの味方だよ」
「……あたしはあんたを軽蔑するよ」
「振られちまったか。世界中の女から愛されたい俺にとってこれほど悲しいことはない」

 カーシャはアレグロの軽口を無視してフォルテを睨む。

「ピアニーとの契約を切った以上、あんたはもううちの客じゃない。ゴミ虫と呼んだこと後悔させるよ」

 カーシャは言うだけ言って走り去る。

「おい待て! 話は終わってないぞ!」

 追いかけようとしたが次の瞬間、目の前で煙幕が広がる。

「この煙幕には胡椒が混ざってるぜ! 目に入らないように気を付けな!」

 屋根上にはカーシャの部下のゴブ男がいた。彼が煙玉を投げて足止めをしていた。

「胡椒くらい、ちょっと我慢すれば!」
「馬鹿野郎! 毒がまじってるかもしれねえだろうがよ!」

 アレグロは煙の中に飛び込もうとするフォルテの身体を抱える。
 同時に人が入れるほどの大きな泡を地面から生やす。

「ピアニーさんもこっちに来て!」
「は、はい」

 泡はシェルターの役割をしていた。中に入っても呼吸は苦しくないが時間の問題。

「アレグロ、どうするんだ。煙が晴れるまで悠長に待ち続けるのか」
「今やってるところだ! いちいち話しかけんな!」

 アレグロは地面にてのひらを叩きつける。すると空中に霞が発生し、次第に霧、雲へと密度を増しながら巨大化していく。
 雲から降り注ぐ豪雨。煙幕を一粒残さず消し去っていく。
 視界がクリアになると水の泡がぽしゃんと割れる。

「ちっ……逃がしたか」

 フォルテは辺りを見渡したがカーシャもゴブ男の姿はなかった。

「毒は入ってなかったようだな。処置の手間が省けたぜ」

 アレグロは倒れていた男たちの様子を見て無毒だったと判断する。

「……カーシャ一味の件は俺に任せてください。ブキカにはまだ知り合いがおりますので」
「深追いはしなくていい。だが近づけはするなよ」
「わかってますって。それよりぼっちゃま」
「なんだ」
「……ゴミ虫って呼んだのはほんとのことですかい?」

 アレグロは重々しく尋ねた。

「ああ、そうだが?」

 フォルテはけろっとした態度で返す。

「……そうですかい……やれやれ……」

 アレグロは口に指を挟み口笛を鳴らす。
 パカラ、パカラ。
 足の長い葦毛の馬が馬車を引いてやってくる。

「大きい……馬ですね……こんな大きい子は初めてです」
「グランドグラウンド大陸産の馬を取り寄せた。あそこは田舎だが馬は一級品だ」

 フォルテは補助なしに馬車に飛び乗って扉を開ける。

「さあ帰るぞ」

 そしてピアニーに向けて手を差し伸べる。
 二人は自然と同じ目線の高さになる。

「帰る……ですか。あの私、お家が」
「知ってる。だからお前は俺の屋敷に住んでもらうぞ」
「……え?」
「ただし客としてではない。メイドとして住み込みで働いてもらう。拒否権はない。こき使われても文句は言うなよ」
「……嬉しいのは山々なのですが……よろしいのですか? 私、すこしピアノが弾けるだけの田舎娘で」
「俺が良いって言ってるんだ、早く来い」

 フォルテはピアニーの手を掴み、引っ張り上げる。

「あ……!」

 蘇る一か月前の出来事。

『お前、ピアニー・ストーリーだな?』
『はい、その通りですが……あなたは?』
『遠くから見ても貧相だとわかったが近くから見るとなおのことだな』
『あ、あの……あなたは?』
『俺の名前はフォルテッシモ・シュバルツカッツェだ。ピアノを弾ける家庭教師を探していた。どうせ暇だろう。うちで雇ってやる』
『……嬉しいのは山々なのですが……よろしいのですか? 私、すこしピアノが弾けるだけの田舎娘で』
『俺が良いって言ってるんだ、早く来い』

 あの時も同じように手を引いてくれた。
 
(暗闇の中の私を……太陽のように温かい手で、日なたへと引き入れてくれた……私はなんて果報者なんでしょう)

 フォルテの手を両手で優しく包み込む。

「な、なんだ、どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません。ただ、ぼっちゃま」
「おう、ただ、なんだ」
「……これからもよろしくお願いいたします」

 こうしてピアニーの新たな人生が始まった。
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