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第二章
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しおりを挟むさくらちゃんを寝かしつけ、旦那さんのお母さんが帰り、旦那さんが布団に入った後、三上さんは九条の所へ俺を預かることを報告しに行った。
その間、俺は一人でソファーに座って三上さんを待っていた。
棚の上に並ぶ写真を眺める。どの写真もとても楽しそうで、幸せそうだ。俺の家にはこんな幸せそうな写真は一枚もない。前の父との写真は母が離婚する時に全て捨ててしまったし、九条と再婚してからは写真を撮ること自体なかった。
幸せそうな写真が並ぶこの家に俺はいてはいけない。ずっと憧れていた壁の向こうの明るい世界に、やっぱり俺は似合わない。
しばらくして、三上さんが戻って来た。
「九条さん、良いですよって言ってくれたよ。」
三上さんが俺の隣に腰掛ける。
「………すみません。」
俺は頭を下げる。
「葵くんが謝ることじゃないって!私が勝手に葵くん預かるって決めたんだから!」
三上さんは明るくそう言ってくれた。
「あ、葵くん、今日は私の布団で寝ていいよ!私、ソファーで寝るから!」
三上さんは何か慌てた様子だった。俺はそれを不思議に思いながらも、
「いえ、俺がソファーで寝ます。」
と、答える。
「預かってるのにソファーで寝かすわけにはいきません!」
「ソファーでいいです。」
「ダメ!」
「ソファーでいいです。」
「ソファーで寝たら風邪引くよ?」
「大丈夫です。ソファーでいいです。」
「………はあ、分かった。じゃあ、葵くんはソファーで寝て。」
三上さんは俺をどうしてもソファーで寝かすわけにはいかなかったらしいが、俺の固い意思に負け、俺をソファーで寝かすことを許してくれた。
「もし、何かあったら私起こしていいからね。あ、パジャマ、旦那の貸そうか?」
「いえ、この格好で大丈夫です。」
「そっか。じゃあ、ちゃんと布団被って寝てね。おやすみ。」
立ち上がって寝室へ向かおうとする三上さんの手を、俺は反射的に掴んでいた。
「あの!」
「ど、どうしたの…?」
三上さんは突然俺に腕を掴まれ、とても驚いていた。
「………あの、ありがとうございます。」
何でたったそれだけの言葉のために腕を掴んだのか、自分でもよく分からなかった。
「……………あ、ああ、うん。」
三上さんも拍子抜けした様子だった。
そして、今度こそ三上さんは寝室へと向かい、ドアを閉め、眠りについた。
三上さんの腕を掴んだ自分の手のひらをじっと眺める。どうしてあんなことをしたのか。分からないふりをしていても、本当は分かっている。ただ、触れたい。それだけだった。
あの優しさに、あの温かさに、あの明るさに、俺は触れたかったんだ。
翌朝、誰も起きてこない時間帯にメモを残し、そっと三上さんの家を出た。
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