ソナチネ

透子

文字の大きさ
上 下
21 / 44
第二章

21

しおりを挟む

さくらちゃんを寝かしつけ、旦那さんのお母さんが帰り、旦那さんが布団に入った後、三上さんは九条の所へ俺を預かることを報告しに行った。

その間、俺は一人でソファーに座って三上さんを待っていた。

棚の上に並ぶ写真を眺める。どの写真もとても楽しそうで、幸せそうだ。俺の家にはこんな幸せそうな写真は一枚もない。前の父との写真は母が離婚する時に全て捨ててしまったし、九条と再婚してからは写真を撮ること自体なかった。

幸せそうな写真が並ぶこの家に俺はいてはいけない。ずっと憧れていた壁の向こうの明るい世界に、やっぱり俺は似合わない。




しばらくして、三上さんが戻って来た。

「九条さん、良いですよって言ってくれたよ。」

三上さんが俺の隣に腰掛ける。

「………すみません。」

俺は頭を下げる。

「葵くんが謝ることじゃないって!私が勝手に葵くん預かるって決めたんだから!」

三上さんは明るくそう言ってくれた。

「あ、葵くん、今日は私の布団で寝ていいよ!私、ソファーで寝るから!」

三上さんは何か慌てた様子だった。俺はそれを不思議に思いながらも、

「いえ、俺がソファーで寝ます。」

と、答える。

「預かってるのにソファーで寝かすわけにはいきません!」

「ソファーでいいです。」

「ダメ!」

「ソファーでいいです。」

「ソファーで寝たら風邪引くよ?」

「大丈夫です。ソファーでいいです。」

「………はあ、分かった。じゃあ、葵くんはソファーで寝て。」

三上さんは俺をどうしてもソファーで寝かすわけにはいかなかったらしいが、俺の固い意思に負け、俺をソファーで寝かすことを許してくれた。

「もし、何かあったら私起こしていいからね。あ、パジャマ、旦那の貸そうか?」

「いえ、この格好で大丈夫です。」

「そっか。じゃあ、ちゃんと布団被って寝てね。おやすみ。」

立ち上がって寝室へ向かおうとする三上さんの手を、俺は反射的に掴んでいた。

「あの!」

「ど、どうしたの…?」

三上さんは突然俺に腕を掴まれ、とても驚いていた。

「………あの、ありがとうございます。」

何でたったそれだけの言葉のために腕を掴んだのか、自分でもよく分からなかった。

「……………あ、ああ、うん。」

三上さんも拍子抜けした様子だった。

そして、今度こそ三上さんは寝室へと向かい、ドアを閉め、眠りについた。

三上さんの腕を掴んだ自分の手のひらをじっと眺める。どうしてあんなことをしたのか。分からないふりをしていても、本当は分かっている。ただ、触れたい。それだけだった。

あの優しさに、あの温かさに、あの明るさに、俺は触れたかったんだ。



翌朝、誰も起きてこない時間帯にメモを残し、そっと三上さんの家を出た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

処理中です...