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46.不安

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 男という生き物は、好きな子ほどいじめたくなるものだとよく言うが、された側からしたらむしろ逆だ。嫌がらせされてまず好印象を抱くはずがない。

 このカルロを筆頭に、私はいつも近所の悪ガキ共からいじめられていた。

 仲間外れにされたり、物を取り上げられたり、悪口を言われ続けたり、今思い出せばガキらしくて大した事ないと思うけど、当時は本当に嫌で屈辱でたまらなかった。

 そんな屈辱を受けたおかげで男共に負けたくないという気持ちが大きくなり、村の誰よりも強くなった。嫌がらせにも屈しなかった。

「そ、それはまあ……お前に構ってほしくて」
「あの時マジで頭にきたし迷惑だったんだけど。お前が一番大嫌いだった」
「うぐっ……ま、まあそんなガキの頃の事なんて水に流せよ!俺は小さい頃からお前の事が「おーい!!帝都からの号外新聞が貼り出されたぞー!!」

 牛乳配達のおじさんが村の掲示板前で声をあげている。帝都の号外だなんて珍しいなとカルロを突き飛ばしてそちらに向かう。カルロは「ちくしょう」とか後ろで喚いているが無視した。

「まさか皇太子様がな……」

 掲示板の周りには既に村人の大半が集まって新聞に釘付けだった。その顔はどれも深刻そうな表情ばかりだった。

「皇太子様に何かあったんですか……?」

 ノア君に何かあったのだろうか。恐る恐る訊ねると、

「皇太子様が階段から足を踏み外して昏倒してしまったらしい」
「……え」

 背筋が凍り付くと同時に、私も新聞を眺めた。

『アラン皇太子殿下が昨日の昼13時頃に一階への大階段から転落。頭を強く打っての意識不明の重体。殿下は隣国の視察に帰郷したばかりで、関係者や目撃情報によると、疲労による足の踏み外しが原因と断定。転落する前は何かをうわ言のように呟き、ひどく顔色が悪かったと周辺関係者が話す。殿下の容態によっては、後継者問題が急浮上する事に皇室関係者は頭を悩ませるだろう』

 それを読み終えて、私はショックで気が遠くなってその場で倒れそうになる。が、背後にいた近所の老夫婦に支えてもらった。

「大丈夫?急に倒れそうになるから」
「すみません……ちょっとぼうっとしてました」
「妊娠中なんだから気を付けて」

 そのアラン殿下……いや、ノア君の子供の命が宿っているお腹を数度さする。

 ノア君……ノア君……。

 もしかして、私がいなくなったのを知って気が動転しちゃったの……?私が離れたから……?



「おーい!帝都のお偉いさんがカーリィに用があるって来てるぞ」

 村の入り口方面から守衛の人が慌てた様子で走って来た。入り口前には都会でしかお目にかかれないような立派な馬車が停まっている。

「帝都の……お偉いさん……?」
「ジャレッド様っていう帝都の使いで侯爵令息様だ。上位お貴族様でたまげたよ」

 その名前を聞いて驚く。ジャレッドさんがどうして……

「シェ~っ!お前侯爵様と知り合いだったのか?」
「帝都で掃除婦してたから成り行きで知り合いになったんだよ」
「おいカーリィ!まさかその侯爵令息がお前の相手だって言うんじゃないだろうな!?」

 カルロこいつは本当にどうしてこうも私の相手を知りたがるんだか。マジで鬱陶しい。いくらなんでも彼氏でもないのに干渉しすぎだ。私はこいつを盛大にスルーして入り口前へ向かった。

 馬車の前まで来ると、馬車から降りたであろう長身の男性が待ちわびていた。三か月前に世話になった顔だ。

「久しぶりだな、カーリィ」
「お久しぶりです」

 彼は少しやせたような顔つきだ。帝都では皇太子転落事故が起きたばかりで疲労の色を隠せないだろうと思う。最近の事や他愛ない話もそこそこに、今回訪れた用件を訊ねた。

「それで、はるばる私にご用件というのは……」
「……ああ。なんとなく察していると思うが、アランの事だ」

 わかっていた事だが、彼の話が出てドキリとする。

「アラン様が、まさか……」

 体が小刻みに震える。

「生きているよ」

 慌てて言うジャレッドさんの発言にホッとする。よかった。生きていてくれた。だけど、ジャレッドさんの顔は依然と曇ったままだ。

「アランが階段から転落したのは知っているな?」
「はい……」
「傷は大した事がなかった。だが、目覚めないんだ」
「え……!」
「階段から落ちてから、アランは目覚める気配がない」

 新聞によれば転落から三日以上は経っている。容体は思いのほか絶望的だった。

「頭が少し切れただけで大した事がなかったのは幸いだったが、一向に目覚める気配がない。何かの病気か、脳の損傷によるものか、身体を他の医者と一緒になって調べに調べ尽くしたが……原因が全くわからないんだ。時々、あんたの名前をうわ言のように呟いてうなされているだけ」
「っ……」

 医師免許を持つジャレッドさんの表情は終始苦渋なものだ。そこまでアラン様は、ノア君は……私を……

「階段から転落する前、あんたが仕事を辞めたと聞いてひどくショックを受けていた。よほどあんたがいなくなった事を受け入れられなかったんだろう。顔色真っ青になって、令嬢に憎しみをぶつけていた程に。その後は新聞通りだ」
「…………」
「あんたはアランの心の拠り所だった。話す内容はいつもあんたの事ばかりだったよ。10年前からずっと、忘れられない初恋相手がいると想いを馳せていた。どうせ初恋だからと実らずに風化していくと思っていた俺も、アランがどれだけあんたに想い焦がれていたかが今頃になってわかった。初恋如きと軽く考えてどこか本気で向き合っていなかった。もっとそれに早く気づいていれば、今とは違ったマシな状況になっていたのにな」
「ジャレッドさん……」

 あのまま彼を一人にしてしまったらと思うと不安だった。変な気を起こすんじゃないかって。だけどそれは現実になってしまった。

 今の私にはどうすることもできない。私はもう帝都には戻れないのだから。
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