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44.妊娠
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「そんなお前を泣かせる奴のがいいってのかよ」
「は……いや、これは無意識で」
「泣くって事は何か嫌なことがあったんだろ。悲しい事があったんだろ」
「や、たしかにそうだけど」
ごしごしと腕で涙を拭う。たしかに悲しい事ではあるけれど、それを全て悲しいで片付けられないものだと思う。幸せなひと時だってたしかにあったのだ。
「そんな奴、忘れちまえよ」
「っ」
それがすんなり出来たら苦労しない。むしろ、忘れる事が怖い。忘れたくない。あの人の事を。大好きで仕方がない愛しい人を。
「たしかに失恋かもしれないけど、そう簡単に忘れろだなんて言うな」
「だって泣くほどつらいんだろ?なら、忘れるしかねーだろ」
「忘れるだなんて、そんな事っ、……う」
突然、視界が歪む。眩暈がして、吐き気もする。どうしてか立っていられなくて、私はそのままその場で気を失った。
「おい!カーリィ!どうしたんだよおい!誰かっ」
「少し貧血なのと疲れもありますねぇ」
医者のハゲ二号機先生の言葉に「そーですか」と寝台の上でぼんやり返事をする。いつの間にか近所の診療所に運ばれていたようで、今しがた目を覚ましたばかり。最近元気が出なくて、あんまり食欲がわかなかった事が影響しているみたいだ。
しかも、なぜか料理のにおいを嗅ぐとやたらと気持ち悪くなる事が多くて、ますます食べる気力がわかなくなっている。朝食の時なんてつい吐いてしまって、オジーに「拾い食い」でもしたのかと心配されたばかりなのに。
「カーリィは大丈夫だったのか先生!」
「これ、カルロ!騒ぐでない」
カルロとオジーが慌てた様子で診療室に入ってきた。
「ただの貧血と疲れだよ。大したことないって」
私はゆっくり起き上がる。
「まあ、それほど問題ないけど……まさかねえ……」
ハゲ二号機先生がグルグル眼鏡をくいっと上げている。毛根が死滅した頭部の光加減がまぶしくて見ていられないが、何か含みのある言葉尻に訝しむ。
「え、どっか悪いんですか先生」
「おめでただよ、カーリィ」
「………へ」
おめでた?おめでたねえ……おめでた……って、
「まじですか!?」
「まじです」
「冗談でもなく?」
「冗談なんて言えば医者としての沽券に関わるよ」
狼狽える私にハゲ二号機が眼鏡をキラリとさせている。
「お、おい……おめでたって……か、カーリィが!?」
「な、な、な、カーリィっ!お前いつの間にそういう男を作ったんじゃ!わしに言わないでっ!!びっくりンゴで血圧が上がったではないか!!」
当然ながら二人は仰天している。私も仰天だ。まさか自分が妊娠しているなんて。一応、毎回避妊薬を飲んでいたはずなのに。
「おい、相手は誰なんだよ!お前をキズモノにした野郎はっ!許せねえっ!ぶっ殺してやる!!」
茫然としている私にお構いなく詰問してくるカルロ。なんであんたがそんなに怒ってんだよ。しかもブッコロとか不穏な事言って怖い。あといきなり襟袖を掴んでくるな。首が締まって苦しい。
「ちょ、カルロ苦しいってば」
「相手を言えよ!誰だ!どうせロクな奴じゃないんだろ!なら俺が腹のガキごともらってやる」
「は!?ちょ、なんでお前のものにならないといけないんだよ」
「おい、カルロやめんか!診療所で騒ぐでないと言うとろうが!」
オジーに抑えられても騒いでいるカルロ。あまりの騒ぎように我慢ならず、しまいにはハゲ二号機に冷静に蹴り出されていた。なんなんだよカルロの奴。なんで興奮してんだか。
まあ今はカルロの事なんてどうでもいい。子供ができちゃった事が大問題だ。ノア君の子供が……。
もう二度と逢う事のない彼との子供をこの身に宿してしまった。嬉しいようで、どうしたらいいのやらと不安が大きくなる。
こんな自分が母親になれるのかとか、父親がいない中でのシングルマザーでいいのかとか、いろいろ思い悩む事が多すぎて、私はまた疲労で倒れて体調を崩したのは数日後の事。
*
「アラン、隣国はどうだった?」
「そんな事どうでもいい!カーリィは……カーリィはどこだ!」
三か月ぶりに帰ってきた皇宮内はさして変わりはない。隣国の視察も皇太子としての仮面をつけて義務的に公務を行い、昨日飛んで帰ってきたばかりだ。
到着したばかりの昨日、陛下や宰相らの歓迎を受けて視察結果の報告で忙しかったが、やっとそれらに解放された今日は久しぶりに非番の日。だから逢いたくてたまらなかった彼女を探しに、掃除を行っているであろう場所を虱潰しに巡っている。が、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。
「カーリィ?ああ、お前の初恋の……」
ジャレッドの顔が徐々に曇っていくのを見て何かあったのだと察する。
「何か知っているのか」
「……帰ってくるまでお前は知らなかっただろうが、彼女は……カーリィはもうここにはいない」
ジャレッドが何を言っているのかよくわからなかった。
「は……いや、これは無意識で」
「泣くって事は何か嫌なことがあったんだろ。悲しい事があったんだろ」
「や、たしかにそうだけど」
ごしごしと腕で涙を拭う。たしかに悲しい事ではあるけれど、それを全て悲しいで片付けられないものだと思う。幸せなひと時だってたしかにあったのだ。
「そんな奴、忘れちまえよ」
「っ」
それがすんなり出来たら苦労しない。むしろ、忘れる事が怖い。忘れたくない。あの人の事を。大好きで仕方がない愛しい人を。
「たしかに失恋かもしれないけど、そう簡単に忘れろだなんて言うな」
「だって泣くほどつらいんだろ?なら、忘れるしかねーだろ」
「忘れるだなんて、そんな事っ、……う」
突然、視界が歪む。眩暈がして、吐き気もする。どうしてか立っていられなくて、私はそのままその場で気を失った。
「おい!カーリィ!どうしたんだよおい!誰かっ」
「少し貧血なのと疲れもありますねぇ」
医者のハゲ二号機先生の言葉に「そーですか」と寝台の上でぼんやり返事をする。いつの間にか近所の診療所に運ばれていたようで、今しがた目を覚ましたばかり。最近元気が出なくて、あんまり食欲がわかなかった事が影響しているみたいだ。
しかも、なぜか料理のにおいを嗅ぐとやたらと気持ち悪くなる事が多くて、ますます食べる気力がわかなくなっている。朝食の時なんてつい吐いてしまって、オジーに「拾い食い」でもしたのかと心配されたばかりなのに。
「カーリィは大丈夫だったのか先生!」
「これ、カルロ!騒ぐでない」
カルロとオジーが慌てた様子で診療室に入ってきた。
「ただの貧血と疲れだよ。大したことないって」
私はゆっくり起き上がる。
「まあ、それほど問題ないけど……まさかねえ……」
ハゲ二号機先生がグルグル眼鏡をくいっと上げている。毛根が死滅した頭部の光加減がまぶしくて見ていられないが、何か含みのある言葉尻に訝しむ。
「え、どっか悪いんですか先生」
「おめでただよ、カーリィ」
「………へ」
おめでた?おめでたねえ……おめでた……って、
「まじですか!?」
「まじです」
「冗談でもなく?」
「冗談なんて言えば医者としての沽券に関わるよ」
狼狽える私にハゲ二号機が眼鏡をキラリとさせている。
「お、おい……おめでたって……か、カーリィが!?」
「な、な、な、カーリィっ!お前いつの間にそういう男を作ったんじゃ!わしに言わないでっ!!びっくりンゴで血圧が上がったではないか!!」
当然ながら二人は仰天している。私も仰天だ。まさか自分が妊娠しているなんて。一応、毎回避妊薬を飲んでいたはずなのに。
「おい、相手は誰なんだよ!お前をキズモノにした野郎はっ!許せねえっ!ぶっ殺してやる!!」
茫然としている私にお構いなく詰問してくるカルロ。なんであんたがそんなに怒ってんだよ。しかもブッコロとか不穏な事言って怖い。あといきなり襟袖を掴んでくるな。首が締まって苦しい。
「ちょ、カルロ苦しいってば」
「相手を言えよ!誰だ!どうせロクな奴じゃないんだろ!なら俺が腹のガキごともらってやる」
「は!?ちょ、なんでお前のものにならないといけないんだよ」
「おい、カルロやめんか!診療所で騒ぐでないと言うとろうが!」
オジーに抑えられても騒いでいるカルロ。あまりの騒ぎように我慢ならず、しまいにはハゲ二号機に冷静に蹴り出されていた。なんなんだよカルロの奴。なんで興奮してんだか。
まあ今はカルロの事なんてどうでもいい。子供ができちゃった事が大問題だ。ノア君の子供が……。
もう二度と逢う事のない彼との子供をこの身に宿してしまった。嬉しいようで、どうしたらいいのやらと不安が大きくなる。
こんな自分が母親になれるのかとか、父親がいない中でのシングルマザーでいいのかとか、いろいろ思い悩む事が多すぎて、私はまた疲労で倒れて体調を崩したのは数日後の事。
*
「アラン、隣国はどうだった?」
「そんな事どうでもいい!カーリィは……カーリィはどこだ!」
三か月ぶりに帰ってきた皇宮内はさして変わりはない。隣国の視察も皇太子としての仮面をつけて義務的に公務を行い、昨日飛んで帰ってきたばかりだ。
到着したばかりの昨日、陛下や宰相らの歓迎を受けて視察結果の報告で忙しかったが、やっとそれらに解放された今日は久しぶりに非番の日。だから逢いたくてたまらなかった彼女を探しに、掃除を行っているであろう場所を虱潰しに巡っている。が、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。
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ジャレッドの顔が徐々に曇っていくのを見て何かあったのだと察する。
「何か知っているのか」
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