上 下
41 / 51

41.最後の一晩

しおりを挟む
 その夕刻、メイド長と私は令嬢の豪邸を訪れていた。自分の給料からいくらかを出して、城下で売っている流行りの菓子折りを持参して玄関のチャイムを鳴らす。

 正式な婚約の儀を結んでいないながらも、殿下とは噂が多々あがる影響力のある伯爵家だから謝罪だけはしておけと言われての訪問だった。


「ファンティーヌ様。この度は大変申し訳ありませんでした」
「私の教育が行き届いていなかったばかりに……」

 豪勢な一階の応接間に通されて、開口一番に二人して土下座での謝罪から始まった。そんな私達の誠心誠意の謝罪も、ファンティーヌ嬢には届いているのかいないのか、こちらをつまらぬものと冷めた視線で見おろしていた。

「本当にそうだわ。まさか慰めてくれたあなたがアラン様を横取りなんて。やってくれるわね」

 泥棒猫とでも言わんばかりな敵意の眼差しが向けられる。

「……そう、言われても仕方がない事をしました……」
「陰で笑っていたんでしょう?私がアラン様をお慕い申している横でアラン様といい関係になっている事に優越感を抱きながら」
「そんな事はございません!」
「じゃなかったら、どうしてアラン様に手を出したんですの。どうしてよりにもよって皇太子様なの。泣いている私を裏切るような真似をして……あなたには失望しましたわ」
「……本当に、申し訳、ありませんでした……っ」

 ひたすら彼女に頭を下げる事しかできなかった。弁解の余地なんてない。調子に乗った自分が悪いのだ。

「まあいいですわ。あなたはもう二度と皇宮では働けない。アラン様と逢う事もない。十分罰を与えたと言ってもいいでしょう。普通なら皇宮どころか国外追放処分と言い渡したいところですが、将来の皇妃として、国母として、時には寛大な心で処遇を決めるのも私の役目。あなたが二度とアラン様と関わらないで済むならもう何も言いませんわ」
「っ……寛大な処遇、ありがとうございます」
「ありがとうございます……」

 メイド長が私に代わり頭を深く下げた。私もまた頭を下げる。終始、ファンティーヌ嬢の鋭い視線に私は居た堪れない気持ちだった。

「あなたはアラン様の心を奪った罪深い人。私相手ではいくら頑張ってもあの方は全く振り向かなかったのに、どうしてあなたにだけ……ほんと、どうして。羨ましいわ。……憎らしいほどに」

 ファンティーヌ嬢は悔しさからか目を潤ませている。好きな人に振りむいてもらえない悲しさと、鋭くこちらに向ける猜疑心をその表情いっぱいに露にしていた。


「さあ、もう用はないでしょう。出て行ってくださいませ。泥棒猫の顔なんて金輪際見たくないんですの」
 
 令嬢の一言に執事と侍女達から半ば無理やり追い出されたのだった。



 その晩、女子寮の自室の片づけを行いながら時計を眺めた。もうすぐ深夜の1時過ぎだ。あらかた荷物を運び出し、あとは床のモップがけと棚を拭くだけ。早く終わらせないと、明日やってくる別の新人の子に部屋の引き渡しができない。

 私のクビが決まってから、もう新しい子が次々と掃除婦として雇われてくるらしい。重労働だからこそ出入りが激しい職場だから無理もないが、ここで過ごした事がもう過去の出来事になっていくと思うと寂しさはある。

 私の初恋の記憶も思い出になるんだ――……。

 そうふと考えていたら、ハッとしてノア君の事を思い出した。昼間にずっと待ってるって言っていたけど、本当にまだ待っているのかな。さすがにこんな時間だし、外は雪だってしんしんと降って積もってきている。待っているはずなんてないだろう。朝から隣国へ出発だって話だから、そんな暇なんて……

 それでも、ノア君は一途に私をいつも想ってくれている人だった。俺様で意地悪かと思いきや、いつも私を優先して、寂しがりやで、可愛くて、けな気な人。

 ノア君に最後だけは……逢いたい。

 私は残りの床拭きを恐ろしい速さで終わらせて、すぐに女子寮を後にした。


 寒い。凍えるように寒い夜だ。中庭とはいえ外なのでそれなりに雪も積もっている。さすがに深夜遅くだし、見張りや衛兵も雪で警備はおろそかでほとんどいない。広い中庭は季節によっていろんな花や木々が彩るが、今はその花も木々も雪に覆われて一面銀世界。こんな雪の中に誰かいるなんて……と、思いながらも足を進めるのを止めない。

 真っ白で何もない雪道に足跡をつけて辺りを確認すると、向こうの方に建っている小屋から小さな明かりが見えた。庭師が泊まり込みで作業をするための簡易宿泊所だったはず。今はこの寒い季節で泊まり込みはないはずなのに。

 もしかして――と、胸を高鳴らせながら雪の中を駆けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...