上 下
34 / 51

34.令嬢の涙

しおりを挟む
 柱のそばで綺麗な貴族の女性が膝をついて泣いている。

 おそろしく高そうなドレスを纏い、キラキラ反射して輝くアクセサリーがまぶしく映る。まるで今からパーティーにでも行く格好だ。

 こんな綺麗な女の人を泣かすなんて罪な人もいるもんだなと思いつつ、声をかけようか迷った。平民の自分が貴族の女性相手に話しかけるなんて失礼に当たるかもしれないし、だからと言って泣いている女性をそのままにしておくわけにもいかない。
 
 そういえばこの人から金木犀の香りがする……。ノア君が私と出会う前につけていた香りだ。もしかして……

「あの、大丈夫ですか?」

 良心が優先されて声をかけた。女性はピクリと肩を微動させてゆっくり振り返る。涙目になっている赤い眼がこちらを捉えた。

「あなたは?」
「た、ただの通りすがりの下働きですけど……こちらで貴女が泣いているのが気になりまして……あの、これどうぞ」

 綺麗めのハンカチを差し出した。
 女性は「ありがとう」と小声で頷き、私のハンカチを受け取って涙を拭く。涙を拭きながらしゃくりあげて泣く女性はよっぽどの事があったんだろう。

「ごめんなさい……恥ずかしい所を見られてしまいましたわ。ハンカチありがとう。後日、新しいのを用意させてお返ししますわ。最高級の素材を使った今流行りのシルクのハンカチを」
「さ、最高級……ですか。あーいや、あの、別に返さなくて大丈夫です」

 ただの安物のハンカチ程度に大げさだ。

「あら、最高級の素材を使ったレースとシルクの可愛らしいものをご用意しようと思うのですけど、それじゃあお気に召さないかしら?」
「そ、そういうわけではないのですけれど、間に合ってますので大丈夫です」

 女性はポカーンとしている。

「あなた、変わっていますわね。平民で最高級と聞いたら誰でも欲しがり、嬉しそうにするのですけど……。では、最高級のストールにいたしましょう。どう?これならあなたもさすがに嬉しいでしょう。国一番の職人に作らせるストールですから皆とっても欲しがるの。今若い女性貴族の間で大ブームですのよ」
「は……はぁ……」

 いつの間にかハンカチから飛躍している。そもそも最高級とかそういうの興味ないし、ぶっちゃけいらない。って貴族相手に不敬にあたるのではっきり言えないが。

「いや、本当に結構ですよ。ただ、私はごく当たり前の事をしただけなんでお気になさらず」

 そう笑顔で返すと、なぜかまた女性はポカンとした顔で驚いている。

「……やっぱり、あなたは変わっていますわ」
「そうですかね……?」

 貴族の間では私の行動は変わっているのだろうか。平民の田舎者だしな。

「ですが、そこまで言うのであればわたくしは何も致しませんわ。せっかくの人の好意を蔑にするなんて貴女は罪な人。それでは社交界では生き残れませんわよ」
「…………」

 この人ってちょっとズレているのだろうか。社交界の事はよくわからないが、平民に社交界もクソもないんだけど。世間知らずな人?

「でもあなたのハンカチで慰められたのも事実。せめて話し相手にはなって頂戴」
「話し相手ですか……」
「わたくし、さっき大変不幸な事がありましたの。小さい頃から好きだった殿方にフラれてしまいましたの。大好きな方だったのに……」
「そうなんですか」

 だからそんな悲しそうに泣いていたのか。失恋はたしかに悲しいよね。私もノア君にフラれたら一か月は泣いて引きずってそうだなとか想像する。

「その方は仕草も行動も流麗で、手足が長くて、身長も高くて、眉目秀麗なハンサムで、頭脳明晰な所はもちろん、帝国軍人最強の男といわれている陸軍大佐を破るくらいとってもお強いの。その方はもうお分かりの通りアラン皇太子殿下なのよ」
「え……」

 私は驚きに固まった。この人がノア君の婚約者!?

「そりゃあ驚きますわよね。あんな美しく気高い方からフラれたんですもの。まあ、フラれても当然ですわ。あの方をお慕いしている方は私以外に何千何万という女性がいらっしゃいますもの。あの方からすればわたくしはただのお飾り。女性達からの妬みや反感を抱かれてもしょうがないですわ。だけど、私……小さい頃からずっと……本当に大好きだったの。大好きでずっとずっとアラン様だけを想っていたの。でも……あの方は勝手に婚約者にされた事をとても怒っていて……まあ、それはわたくしが無理やり新聞記者にそう書かせたのが悪いのですけれど、女性がとても苦手でいらっしゃったようで、今まで私といるのが辛かったみたいなの。だから、子供なんて作れないから諦めてくれって。新しい男性を紹介すると言って……私の前から消えていかれました」

 女性は再び涙ぐみ、何度も何度もハンカチで涙を拭っている。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...