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14.近くて遠い

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「あー素敵な舞踏会だったァ。美形な男爵の方と踊れたの」
「いいなあ。あたしなんて仮面取って見れば不細工な髭面でさー。50代のジジイだったの」
「えーあたしなんて成金超絶ブ男だったわよ。性格も俺様系なんだけどよく考えればモラハラ気質でぇ」

 舞踏会に参加した同僚たちの感想を何気なく聞いている。友人のアンはとても満足そうな顔をしていたのでいい出会いがあったのだろう。

 あの後、なんとか出口を見つけて仕事着に着替えて仕事に戻った。ギリギリだったけど一夜漬けで全行程を終わらせて、今からやっと寮に帰れるという所。

 昨日の皇太子様とのやり取りが完全に眠気を吹っ飛ばしてくれて、今でさえあまり眠くない。それくらい記憶に残る一夜で、こうして思い出すだけでまだ胸はドキドキしている。

「またあの人と出会えたらいいなあ」
「私は二度と逢いたくないわっ。ストーカーされそうになったしっ」

 楽しかったと言う女子もいれば散々だったと嘆く女子もいる中で、私はどうだったんだろうと客観的に考えてみた。

 二度と訪れない夢のような時間だった――という感想だろうか。

 苦手な性悪皇子の隠された一面を知って、あの人に対する見方が変わった。
 俺様で強引だけど、笑うと可愛くて、時々寂しい目をしていた気がする。誰に対してもあんなにツンツンしていた態度は、寂しさに対する裏返しなのかもしれない。

 

「きゃーアラン様よ」
「こんな近くで生で見れるなんて幸せ―」

 ぼうっとしていると、向こうの方から黄色い声援が聞こえてきた。
 私は挙動不審みたいにビクっとしてしまって、堂々としていればいいだけなのになぜか落ち着かなくなった。

 今からここを皇太子様が通る。私は下を向きながら無関心を装ってモップがけを行う。別に顔がばれているわけじゃないのに、なんとなく顔を上げられない。気づかれないはずなのに。

 そんな中でやっぱり気になってそっと顔をあげると、いつもの無表情の皇太子様が通り過ぎて行った。

 昨日の事なんて嘘のような、いつも通りの様子に寂しいようなほっとしたような、そんな複雑な気持ちを抱いた。

 何を焦っているんだろう、私……。
 仮面をつけていたからバレるはずがないのに。胸の鼓動はなかなか鎮まらなかった。


 *

「アラン、今日はいつもよりそわそわしているが……」
「別に何も」
「何かを探しているのか」
「何も探してなんてない」

 ここにはいないとわかっているのに、朝から不思議なくらい視線を彷徨わせて探してばかりだった。あのバルコニーで逢った少女を――……。
 
 きっと、あの女はカーリィだ。自分のカンがそう言っている。間違いない。

 せっかくあえたのに……お前は今一体どこにいるんだよ。逢いたいよ。あの村に帰ってしまったのだろうか。いやでも、あの村はさすがに遠すぎるからまだこの帝都にいるはず。そう信じたい。

 はやく、逢って自分の気持ちを伝えたい。
 今度こそ、放してやらない。無理にでも……お前を俺のものにするって。


 *

「はあ……」
「ねえ、カーリィ」

 さて、帰ろうと着替えている時、

「さっきからため息ばかり吐いてるけど……もしかして恋?」
「え!?」

 何度目かのため息が漏れ出て、それをアンに突っ込まれてしまっていた。

「なんか思い悩んでる感じだし。舞踏会で気になる人がいたとか」
「いやいや、そんなわけないよ。仕事してたし。一夜漬けだったから疲れただけだよ」

 あの皇子とは一夜限りのワンナイトってだけの関係だ。もう会う事だってそうそうないだろうし、気軽に話せる相手でもない。

 ただの見窄らしい平民の掃除婦と、次期皇帝陛下に即位される皇太子殿下。月とスッポンだ。身分違いにも程がある。

 あのバルコニーでの二人きりのダンスはアラン様の気まぐれで、ただあそこに私がいたから運が良かっただけなんだって、そう思うことにする。でなきゃ変に期待してしまうから。

 はやく思い出にして、私には初恋の相手だけだって気持ちを押し殺さないと。浮気みたいでノア君に顔向けできない。
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