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 その夜、いつも通りに仕事を終えて帰り道を警戒しながら歩いた。

 最近この辺りは何かと物騒らしいので、周りを注視しながら歩を進める。知り合いはこの辺で痴漢に遭ったらしい。だから少し怖くなって歩くスピードもいつもより早めだ。

 周りの気配に神経を研ぎ澄ませていると、背後から人の気配がする。それだけなら同じ方向へ向かうただの通行人だと思えるが、足音や歩くペースがまんま自分と同じだった。

 ゆっくり歩けば背後の者もゆっくり歩き、小走りすれば背後の者も小走りする。なんだか付けられている気がしてひどく不気味に思えた。

 もしかして痴漢か――!?

 私は意を決して振り返った。が、相手はいきなり振り返った私に驚いたのか脱兎のごとく走り去る。ニット帽をかぶってマスクをしているので顔はよくわからなかった。体格的に成人男性だ。逃げる時点でやましい事目的だろう。

 自分のようなブスを狙う物好きもいるものだな。と、この時は大して気にもしなかった。




 それから何事もなく自宅に帰って疲れた顔でベットにダイブ。仕事の疲労と精神的なものに脱力する。

「直君……」

 ぼそっと好きな人の名前を呟きながらスマホのトーク画面を開く。何かを打ち込もうとしたがすぐやめる。

 彼はいつでも送ってきていいと言ってくれたが、妹と今頃デート中だと思うと送っても意味がない気がする。むしろ、送ってなんの意味があるんだろう。

 どうせ妹と直君は――……

 だけど、妹がただ出まかせを言っただけかもしれないし……と、そう考えていると妹からメッセージが届いた。嫌な予感がして開くと、Vサインをしている妹とこちらを見つめている直君の画像だった。

 やっぱり……デートだったんだ……。
 二人して会っていたんだ……。
 
 嫉妬と悲しさに乾いた笑いがこみあげてくる。彼から妹の方に乗り換えたと言われるのも時間の問題だ。


 
 もう……どうでもいいや……。

 
 フラフラと立ち上がったその時、玄関の戸からコンコンと誰かがノックをする音がした。

 こんな時間に誰……?

 夜更けにチャイムじゃなくてノックをするあたり怪しさ倍増だ。やっぱり巷で有名な痴漢かもしれない。

 どうしよう。怖いな。

 居留守を使おうかと考えたが、何度もノックをしてくるのでいるのがわかっているのだろう。放置ができず、音を立てずにそっと玄関へ向かう。
 
 痴漢だったらとりあえず傘で殴って対処しよう。それからすぐに警察に……

 そうして緊張しながら玄関ののぞき穴を覗くと、誰もいなかった。いつの間にかノックも止んでいた。それに少しほっとして脱力しそうになる。

 アパートの住人が部屋を間違えたのかな。

 怪訝に思いながら寝室へ戻ろうとする。と、突然扉が開いて、さっき遭遇した痴漢男が立っていた。私は言葉にならない悲鳴をあげそうになり、後ずさった。

 しまった。鍵をかけ忘れた。


「おい、なんで怖がるんだよ」

 え、え、その声は……元彼?

 痴漢男は帽子とマスクを徐にとって正体を見せた。やはり元彼だった。


「せっかく逢いにきてやったのによ、彼氏様にビビるなんてひどくね?」
「あんた……っ」

 そりゃあビビるだろうよ。こんな時間だ。何時だと思っている。そもそも彼氏様ってなんだ。

「お前の妹と彼氏をとっかえる条件をのんでやったのに」
「はい……?」

 何を言っている。彼氏をとっかえる条件?なんだそれ。妹とグルだったという事?

「何を……言っているの。ていうかさっき怪しさ満載でこちらに近づいて来たくせになんなの。痴漢かと思ったじゃない。突然逃げたりもしてさ。そりゃあ怖がるに決まってるでしょ」
「怪しく近づいたのは悪かったよ。時間も時間だから警察呼ばれると思ってよ、つい逃げちまった」
「そもそもこんな時間に来るのが悪いんでしょ。あんた妹とグルだったの?」
「あー妹ちゃんはどうしてもお前のイケメン彼氏と付き合いたいみたいでな、婚約破棄する代わりにお前をあげるって押し付けてきたんだ。これが彼氏とっかえの約束。まあ、これで元鞘に戻ってめでたしめでたしって事なんだよ」
「何それ。勝手に決めたそんな約束は無効だよ。私はOKしてないし……大体、こんな時間に言いに来る事じゃないでしょ。とりあえず帰ってよ!」

 帰れと促しているのに、元彼はなぜか私に近寄ってきた。

「帰るわけないだろ。お前なんかの元鞘に戻ると言ってんのに言う事きけよ。手間取らせんな地味ブスが」
「ッ――だから勝手に決めないでよ!虫がよすぎるでしょ!妹にホイホイ乗り換えたあんたなんて願い下げ!死んでも嫌だねっ!」
「なんだとっ!」

 元彼の目が据わる。私との距離を縮めるようにどんどん近づいてくる。気持ちが悪くて後ずさるが、なおも元彼は近づいてきて、逃げ腰の私の両肩を掴んでその場で押し倒した。

「いやだっ!」

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