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 不安そうな直の表情に対し、自分の顔は茹蛸のように真っ赤になっているのが手に取るようにわかる。それだけ熱烈に想われていた事を知れば、躊躇う必要なんてない。

「こ、こんな年上の行き遅れ確実の私でいいなら……」
「自信がなさすぎるのも考え物だけど……でも、甲斐の良さがわかるのはオレだけで十分。モテられても困るし、オレが心配で夜も眠れなくなりそうだから」
「そこまで心配するもんなの?」
「するよ。オレの原動力は甲斐がいるかどうかにかかってるんだ」

 直の大きな手が頬に寄せられて、気が付けば優しいキスをされていた。


 
 夢じゃないよね……。

 仕事中に昨日の直とのひと時を思いだして一人悶絶していると、見知った顔が来客した。妹の婚約者であり、一応自分の元彼であった男だった。

 私は主に厨房担当なのだが、手が離せない店長に接客をお願いされて仕方なく対応する事になった。

「いらっしゃいませ、お席はこちらになります」

 妹の婚約者といえど、今は仕事中なので接客モードに徹する事にする。

「甲斐、聞いてくれよ!お前の妹が最近電話に出てくれなくて、会ってもくれなくて……」
「今は仕事中ですので、私情でのご用件は後でにお願い致します。それでご注文は?」
「だから、お前の妹が最近電話にも出てくれねーし、家に行っても無視されてしまいには暴言吐かれたんだよ。婚約者なのにひどくないか?プロポーションよくてセックスも気持ちいいから付き合ってやったのに間違いだったよ。甲斐の方がよかったって今更ながら気づくなんて」

 元彼の自分勝手な台詞に開いた口が塞がらなかった。
 何を今更……と、言い返しそうになったが自制心を働かせた。そもそも、お客さん達の前でなんて下世話な話をするものだとドン引きだ。

「お客様、大声での会話は他のお客様のご迷惑になりますので慎んで「なんだよ!!」
「お前元俺の女だろ!?俺を慰めてくれよ!たしかに快楽に負けてお前の妹に走ってしまったのは悪いと思ってるよ!だけどお前も俺の元女なんだしさ、まだ時効過ぎてないよな?元鞘に戻れよ。俺、やっと真実の愛に気付いたんだ。お前の方が地味だけど優しくて料理も上手で空気も読める女だって事。ビッチな妹より中身が大事なんだってわかったんだ!」

 元彼は私の手首を掴んで尚も大声で話すのを止めない。周りのお客さんからこちらを困惑した様な目で見る者や好奇で見る者等様々で、こちらとしても周りの視線が我慢ならない。大迷惑だ。

 そもそも何が真実の愛だ。都合が悪くなったから戻って来いって虫がよすぎる。こちらを舐めるのもいい加減にしろと思う。

「あの、離してください。他のお客様のご迷惑になります。騒ぎ立てないでください。これ以上騒ぐようなら警察を呼びます。威力業務妨害ですよ」
「ちっ……待ってるからな!仕事終わった頃にまた来る」

 警察と聞いてさすがに部が悪くなったのか、元彼はそう言い残して去って行った。
 先ほどのやりとりのせいで、あらぬ噂を立てられてこのお店にいずらくなってしまうかもしれない。




「さっきの事だけど、いきなり店に来るのはやめてほしい。あんな大勢の場で話す事じゃないでしょう!」

 仕事が終わった後、やはり元彼は店の外で待ち構えていた。この際なのでしっかりケリをつける事にする。婚約している立場の妹といい、この元彼といい、こちらは第三者としてかなり迷惑しているのだ。

「悪かったと思ってる。でもお前の妹が非常識だからだろ。婚約者を放っておいてどうなってんだよお前の家族」

 妹はともかく、お宅も相当非常識だろうと特大ブーメランをかましたいが、あえて突っ込まない。

「妹や家族とはほとんど連絡をとってないから知らない」
 
 ぶっちゃけ縁を切りたい。それほどまでに嫌悪している。両親は妹の味方ばかりで私をほぼ空気扱い。暴力はそこまでないにしろ虐待レベルな事はよくされた。そんな両親にここまで育ててくれた感謝はあれど、情なんてこれっぽっちもない。

「とにかく、私は妹の事は知らないし関わりたくもない。か、彼氏だっているのであんたと付き合う事もないから放っておいてください!」

 それだけ言い放ち、元彼の様子を見ないでその場を大股で後にした。

 これから直と食事デートの約束をしているので、急いで自宅に帰って身支度を整えなければ。煩わしい元彼と妹の事なんてさっさと忘れて楽しもう。
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